折れた聖剣(01)
†††
――おにい、ちゃ……
――おにい、ちゃん……死んじゃ嫌だあ……
伊織。
俺の、たったひとりの妹。
焼き崩れた家の下敷きになって、俺は意識を失うまで、妹の掠れた声を聞いていた。
どうして俺がこの世界に、剣となって転生して、気が狂ってもおかしくない状況で、それでも自我を保っていられたのか。
それは――知っていたからだ。
俺たち兄妹――魔剣と聖剣の一組の剣は、最初から、共鳴していた。
どこかで、お互いの魂がこの世界に生まれ変わったことに、気付いていた。
それが。
それがもう、感じられない。
俺の中に、大きな穴が開いてしまったかのように。何も聞こえない。
白い少女は、冷たく微笑んだまま、真っ白な剣を、二つに折れた剣を眺めていた。
「ふふふ……」
白い少女は、手に持っていた剣の欠片を、地面に投げ捨てた。
カラン、と軽い音を立て、地面に転がる。
それを見た瞬間――俺の中で何かが切れた。
†††
「きゃあああっ!」
ノエルは悲鳴を上げた。手の中の魔剣が急に震えだしたと思えば――急激な風を巻き起こし、ノエルを吹き飛ばした。
目も開けていられないほどの暴風の中、黒く輝く剣は宙に浮かび、凄まじい竜巻を発生させる。
舞い上がる土煙で太陽の光がさえぎられ、あたりは暗くなる。
「っ――!」
セラもまた、突然の暴風になすすべもなく、地面に這いつくばることしかできない。
一体何が起きているのかわからない。急に白い少女がどこからか飛び降りてきたかと思うと――セラの見間違いでなければ、手刀で、セラの聖剣を叩き折ったのだ。
そして、突然の刺客に驚く間もなく、魔王の少女の持つ魔剣が、辺り一面を巻き込む嵐のような暴風を起こしたのだ。
一体何が起きているのか分からない。
何が敵で、何が味方なのかさえ。
白い少女だけが、平然と魔剣を見上げ、小首を傾げていた。
「……? 魔剣がどうしてこんなことに? まあ、いいわ……」
そして、暴風をもものともせず、ゆっくりと歩き去る。
「待て! 一体――!」
セラは必死に叫ぶが、はっとして体勢を低くしたまま駆けだす。
そして強風に動けないでいたノエルを抱きかかえるようにして、地面を転がった。
暴風によって崩れた遺跡の一部が、ノエルの座っていた場所に、叩きつけられるように落ちて砕けた。
「……ここは危ない! 逃げよう!」
セラはノエルの耳元で、風の音に負けないように叫ぶ。長い栗色の髪はもはや引きちぎられそうなほど忙しく風に流れる。
セラは自分の無力さに歯噛みした。聖剣様がいてくだされば、どうにか守れるのに。
「だ、だけど――これを放っておけぬ!」
ノエルは荒れ狂う風の中、竜巻の中心にあるはずの魔剣ラグナロクの姿を探した。
「だけど……!」
「教えてくれ、そなた、自分の剣に呼びかけておったな!」
ノエルは自分を抱くセラに、大声で尋ねる。
「我が剣は――心を持っているのか!?」
†††
キースとケルンは、絶句した。
「一体……!」
さっきまでノエルとセラがいたはずの場所。そこは真っ黒な風が吹き荒れていた。
「姫様っ!」
ケルンは主を呼び、暴風の中に突っ込む。
キースも、マジすか? と言いながら、その後に続いた。
砂煙で前が見えない中、ケルンとキースは、必死にそれぞれの連れを探す。
そして二人が見たものは――両手を広げて堂々と立つノエル、そしてそれを吹き飛ばされないよう、後ろから抱きかかえて支えるセラの姿だった。
†††
「――魔剣ラグナロク! 我が名は魔王、ノエル!」
目を開けているのもやっとの程の暴風の中、少女は必死にその両目を見開き、自分の剣に呼びかけていた。
「我は――お主にとって、満足な主ではない! 力もないし、強くもない!」
口に砂利や砂が入るのもかまわず、喉が割けんばかりに叫ぶ。
「お主が我を主として認めなくてもいい! だけど、だけど――聞いてほしいのだ!」
その少女の両目から流れる涙は、目に入る砂のせいばかりではないはずだ。
「このまま、お主が破壊を続ければ――我が民に犠牲が出るのだ!」
そう叫ぶ間にも、うねる風は勢いを増す。暴風は遺跡を崩し、壊し、その範囲を広げていた。
ガラガラと、遺跡が崩れ、キースとケルンは、それを避けながら、必死に二人の元へと向かう。
「我が命をお主に捧げてもかまわぬ! だから――お願いだから、もう、止めてくれえっ!」
†††
――ああ。
ごめんよ、ノエル。
お前に、そんなこと言わせてしまって。
わざとじゃないんだ。
ただ、痛みなんて感じないはずのこの体でも、胸がどうしようもなく痛むんだ。
風を止めた俺は、そのまま――ただ落下する。
ザクリ、と地面に突き刺さった俺の側には、金色の光に纏われていない、二つに折れた聖剣が転がっていた。
涙も流せない。叫べない。
動かない体がこんなに辛いのは、初めてだった。




