獏だって夢をみる?
<少し前>
幼い魔女が火車車に追われながら、走っていた。
彼女の周囲ではゾンビが徘徊し、一旦木綿が飛び交い、狼男が吠えていて、ホッケーマスクをした男が鉈を手にゾンビを襲っていた。
少女の進行方向には家が建っていた。その家は不気味に黒い。
よくよく見ると、髪の毛で家が覆われていた。黒いのは、そのためだ。
家の脇には井戸があって、そこから着物を着た女性が這い出てきていた。
青年が、空からそれらを眺めていた。その手には巨大なフォークが握られている。
身の丈ほどあるので、クワのようにも見えた。
――悪くないね。中々美味そうな悪夢だ。
青年はご馳走を前に舌なめずりした。
「見つけたわ!」
唐突に魔女が叫んだ。見ると、彼女は青年を真っ直ぐに指差している。
再び魔女は叫ぶ。
「バート! あなた、あたしの使い魔になりなさい!」
「は?」
<現在>
「君って本当魔力の無駄遣いするねぇ。わざわざ僕を呼び出してやることがコレとは!」
バートはアリサの隣に座って。気分を高揚させながら、万歳をしていた。
「いいじゃない! 楽しいんだから!」
同じように万歳をしながら、アリサは楽しそうに叫ぶ。
二人を乗せた巨大な船は、それなりの高度と速度を持って大きく揺れていた。
まぁ、要するに二人はバイキングに乗っていたのである。
――ここ一週間やったことと言えば、一緒に遊ぶことだけ。本当に凄い無駄遣いするよなぁ。
楽しげに悲鳴をあげながら、バートは隣に居るアリサを視てぼんやりと思った。
獏は、使い魔に向かない。
理由は簡単。彼らが夢の中でしか生きられないからだ。
獏を現実世界で使役する場合、無理やり現実世界に召喚してその体を維持しなければならない。
常に獏に魔力を供給しなければならず、枯渇すれば獏はすぐさま消えてしまう。死んでしまうと言ってもいいだろう。
今こうして一緒にバイキングに乗っているだけで、アリサは魔力を消費し続けているのである。
そこまでするメリットは、特にない。
獏が出来る事といえば悪夢を食べること、夢を自由自在に移動できること、後は多少他人の夢に介入することぐらい。
憎い相手に悪夢を見せる位はできるかもしれないが、それ以外は基本役に立たない。
それを承知の上で、アリサはバートを使い魔にした。
そこまでする何かがアリサにはあるのかと思い、バートは何故自分を使い魔にしたのか一度尋ねたことがある。後、初めから自分の名前を知っていたのも気にかかった。
その二つの疑問に対する答えは、
「……秘密。自力で思い出しなさい」
だった。
<過去>
少女は追われていた。背後には、包丁を持った殺人鬼。
足音もなく走る殺人鬼。けれど、振り返らなくても殺人鬼がすぐそこに居ることが少女には分かる。
だって、これは夢なのだから。
そんな少女の進行方向に、青年が立っていた。その手には巨大なフォークが握られている。
青年は手にした巨大なフォークを地面に突きたてた。それをクルクルと回すと、地面が渦を巻いてフォークにまとわりついてく。
動き出した地面に引っ張られて、少女以外のあらゆるもの、殺人鬼や、周囲にあった町の風景なんかもフォークに巻き付いていった。
巻き付いた世界は圧縮され、最終的に大きな球体になる。
――スパゲティを巻いてるみたい。
少女はそんな感想を抱きながら、その光景を不思議そうに眺めていた。
町がなくなったことで、世界にはただ闇だけが広がっていた。けれど、青年と自分の姿ははっきりと認識できた。
その世界で青年はホォークから球体を取り外し、もぐもぐと美味しそうに食べ始める。
フォークは地面に突きたてられていた。
「そこは、フォーク使わないのね」
「あ、やっぱそこ気になる?」
少女が声を掛けると、青年が微妙な顔でフォークに目をやった。
「あなた、何者なの? それ美味しい?」
「ああ、美味しいよ。僕はバート。獏っていう悪夢を食べる生き物だよ、知っているだろう?」
「バク……」
少女は、動物の方の獏の姿を連想する。すると、バートは瞬く間に動物の獏の姿になっていた。
彼が手にしていた悪夢が、コロコロと音を立てて足元を転がっていく。
「こっちの獏じゃないから! 戻して!」
「戻せるの?」
「この世界の主は、あくまで君だからね。君の記憶とか思考とかそういうのが直に影響されるんだよ」
少女はバートの元の姿を思い浮かべる。すると、獏はすぐに青年の姿に戻っていった。
バートは足元に落ちた悪夢を拾い上げ、その場に座って再び食べ始める。
少女は手持無沙汰になり、とりあえずバートの隣に座ってみた。
「あたしの悪夢を食べてくれて、ありがとう。でも、獏が本当に夢を食べるなんて思わなかったわ」
少女は不思議そうにバートを見つめた。獏の存在は知っていたが、信じてはいなかったのだ。だって、会ったという話を聞かない。
それをバートに言うと、そりゃそうだ、と彼は頷いた。
「僕たち獏は夢の世界に生きているんだよ。君達が普段生活しているような世界には行けないんだ。だから、僕たちに出会えるのは夢の中だけ。
でも、人間は夢の大半を忘れてしまうだろう? 僕たちに会ったという事実は忘れてしまうさ。
偶に覚えていることもあるだろうけど、ただの夢として処理されるのがオチだよ」
「なんだか寂しいわね」
少女は、自分が今バートに会った事も忘れてしまうのだろうか、と思った。
そうだねぇ、とバートは頷きました。
「バートが外の世界に来れればいいのに」
「僕もそう思うよ。ここはなんでもあるけど、外の世界でしか見れないものだって沢山あるはずだしね。
僕はそういうものを見て、色々な事を楽しみたい。
でも、それは無理だ。魔女が僕を使い魔にでもしてくれればいいけど、そんな酔狂な魔女いないんだよねぇ」
――なるほど、使い魔にすればいいのか。あ、でもまず魔女にならなきゃ。
少女はそんな風に考えて、起きたら魔女になってバートを使い魔にしよう、と決めた。
それは、バートにとっては翌日にでも消えてしまうような些細な記憶。
少女――アリサにとっては、大切な思い出となった夢の話。
<現在・再>
アリサとバートは、花火を見ていた。
この時期、夏のシーズンだけこの遊園地は花火を上げるのだ。
初めて花火を見るバートは、その光景にぼんやりと口を開けて見入っていた。
最初の方こそかなりのハイテンションで、綺麗だのなんだの言っていたが、もはや喋る事すら忘れてしまっているらしい。
そんなバートの姿にアリサは満足して、そして尋ねてみる。
「ねぇ、バート今日は楽しかった?」
「え? ん? そうだね。今日も楽しかったよ」
バートは素直に当然のようにそう答えた。
獏と魔女は、昨日も今日も明日も面白おかしく生きていく。
自給自足。後、場面転換しまくるのをやりたかった。




