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私は夢を見ている、と夢の中で思う。
熱のときに見る夢は、目覚めるまでの焦燥と目覚めてからの喪失感がいつも似通っている。
白いから病院だ、と断定してしまえるくらい、病院には特有の白さがある。
「お名前はもうお決めになったんですか?」
よそいきの色をのせた声で問う母の腹は、ふくらみがだいぶ目立つ。
わけもなく袖を引くと、顔を向けないまま頭をぽんと撫でられた。
「はい、エイイチ、と。英語のエイに、数字のイチと書きます」
待合室の長椅子に並んで座っているから、母の陰になって田処夫人の姿は見えない。
その腕に抱かれているのであろう赤ん坊を見ようと首を伸ばすと、柔らかそうな白いおくるみだけが目に入った。
「エイイチくん。良い名前ですね」
「ええ、主人と考えたんですが、向こうの両親もすぐ賛成してくれまして」
そこまで口にしてから田処夫人は、ほかにも何組か子連れの人がいる場をはばかったのか声を低くする。
「今時の名前というのはほら、妙に凝っていて読めなかったりするでしょう? ですけどね、やっぱりこれくらい簡単な方がいい、と主人も言いまして」
「そうですねえ。やっぱり、一生付き合っていく名前ですからね」
相槌を打つ母の陰で、首をかしげる。
――英語のAに、数字の1。
いや奥さん、なかなかどうして思い切った名前である。
しかし慎ましやかな子供であった私は、母に叱られない程度に足をぷらぷらさせるに留めた。
3歳になるかならないか、弟が生まれるのはもう少し後のことだ。