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ただいま、と久しぶりの実家で言えば、誰も答えない。
荷物を置いて、途中で買った物を冷蔵庫に入れて、上着を脱いでから、やり直す。
通る部屋ごとに電気を点け、居間の電話を手に取る。
ただいま、と電話越しに弟に言えば、おかえり、とさして驚いた様子もなく返ってくる。
「ということで、帰って来なくていいよ」
『なんで里帰り早々乗っ取り宣言してんだよ』
子機を耳と肩に挟んで、ひっそりと歩いていく。携帯電話だと薄すぎて固定が悪いのだ。
母が閉めていった雨戸のせいで、外の気温は高くなかったのに蒸している。もう夕方だから、と胸の中で弁解して、雨戸はそのままに網戸付きの小窓だけを開ける。
『というか悪い、見た?』
「何を?」
『部屋。姉貴の』
「まだだけど。2階暑いし。何、なんか見られたくないもの?」
『ほんと悪い。今かなり散らかってる』
片づけ上手とはお世辞にも言えない弟が、かなり、と念押しするところを見ると、部屋に上がるのは諦めた方がよさそうだ。
玄関に一番近い、普段は使わない和室にも灯りを点け、玄関に下ろしたままだった荷物を放り込む。
「なんでよー、帰ってくるって言っといたのに」
『昨日の夜中急に思い出して探しものしたから』
「で、間に合ったの?」
『間に合わせた』
「ならいいけど」
台所を通るついでに、水を汲んで片手鍋を火にかけた。
『今お袋いる?』
「もう出たみたい。車なかったけど、乗っていったのかな」
『いや、お袋は電車。親父だけ車で追いかけるらしい』
実家に戻ってきた理由のひとつが、留守番だ。親戚連とお盆の打ち合わせを兼ねた旅行に行くという両親についでにと頼まれた。
「今ひとりなの?」
『ん、まあ。これから友達と合流するけど』
「お、ちょうどいい。一緒に外で遊んできなよ」
『この片田舎のどこでだよ』
この町の名と場所をすぐに了解するのは同じ県の人ばかりで、隣県の者ですらだいぶ怪しい。自己紹介で述べる出身が都道府県の単位になる、大学に入ってから知った事実だ。
「小学校の校庭とか」
『おっさん達が野球やってる』
「中学校の校庭とか」
『おばさん達が花笠踊りの練習してる』
「高校の校庭とか」
『天文部がテント張ってる』
「テント? そんなに部員増えたの?」
『増やそうとしてる段階だろ。今回は山岳部との合同企画らしいから』
「へえ、頑張るねえ。となると、どこも空いてないか」
ちなみにこの界隈は小学校や中学校がひとつきりしかないほど寂れてはいない。縄張り意識の問題で、母校以外はアウェイな気がするのでいくら近所でも入り込まないものである。
『そもそもなんでそんな校庭ばっかなんだよ』
「なんとなく健全な気がして」
『まっすぐ帰るのが一番健全だろうが』
んん、とわざとらしい咳払いをしてみると、仕付けないせいか喉に引っ掛かった。