第七話 『魔王の片鱗』
破魔の天靴は、エルフィスザークの頭の中で管理して貰うことになった。
行動を共にする仲間になったのだ。
大切な道具だが、彼女を信頼して預けることにしよう。
頭の中へズブズブと靴を沈める姿は、
やはり映像的にショッキングな物だったが。
「あの龍の骸から色々と剥ぎとったみたいだな。
ついでにそれも私の中に入れておこうか?」
靴を頭に入れたエルフィスザークが、
俺の持つバルギルドの牙を見てそんな提案をしてきた。
渡りに船である。
「龍から取れる素材は役に立つから、そうして貰えるとありがたいな」
「了解した」
エルフィスザークは頷くと、バルギルドの亡骸へ近づく。
そして俺が取り残した魔石などを回収し始めた。
俺も彼女の元へ行き、一緒に剥ぎ取りを手伝う。
しばらくして、俺は自分が無神経だったことに気付いた。
「土魔将といえば、元はお前と同じ魔王軍の奴だったな。
死骸から剥ぎ取るような真似をさせてすまない」
「気にするな。こいつが人間を片っ端から殺していたせいで、
私は長い間封印され続けてきたのだ。むしろせいせいする」
そう言うエルフィスザークには、本当に気にした素振りはない。
淀みのない手つきで素材を剥ぎ取り、次々に頭の中へ突っ込んでいく。
「それに、そもそもそいつは私の部下ではない。
倒すことに抵抗はないさ。気を遣う必要はない」
「そうか……」
「まあ、そうした気遣いは嬉しく感じるがな」
そう言って微笑んだ後、ふとエルフィスザークが採取の手を止めた。
何かを思い出したように、「あ」と呟きを漏らす。
「どうかしたか?」
「いや、どうやら私はまだ魔王気分が抜けていなかったようだ。
さっき名乗った名前には、誤りがあった」
先ほど、彼女はエルフィスザーク・ヴァン・ギルデガルドと名乗っている。
特におかしな所はなかった筈だが……。
「”ヴァン”というのは、魔王のみが名乗ることを許された称号だ。
その座から降りた私にはふさわしくないと思ってな」
「ああ、確かオルテギアの名前にもヴァンが付いていたな。
なるほど、そういう意味があったのか」
貴族の人間にあるような、階級を表わす『フォン』とかと似た感じなのだろう。
魔族にも色々あるんだな。
「ということで、今の私の正式な名前はエルフィスザーク・ギルデガルドになる」
「分かったよ」
名乗り直して満足したようで、
エルフィスザークは剥ぎ取りを再開した。
自分の名前だし、元魔王としてしっかりとけじめを付けたかったのだろう。
それから数分後、バルギルドからの剥ぎ取りは終了した。
武器の代わりとして俺が持っている牙を除き、
ほぼ全てがエルフィスザークの頭の中に入っている。
便利な頭だ。
収納魔術は、主に鞄などに付与される魔術として知られている。
確か、冒険者や傭兵などが好んで使用していた。
もっとも、収納出来る量には限りがあるし、
生物は入れることが出来ないなどの制限もある。
しかし、収納魔術を応用して体に持ち物をしまう奴は初めて見たな。
「どれくらい頭の中に入るんだ?」
「大体小部屋に入るくらいが限界だな。
あまり入れ過ぎると頭から溢れてしまう」
指で頭を指差しながら、エルフィスザークがそう答えた。
入れ過ぎた場合は、通常の収納魔術と同じ現象が起きるらしい。
頭部から物が溢れる光景か。
なんだろう、少し見てみたい気もする。
それから、俺達は今後の行動についての話し合いを開始した。
五大迷宮を踏破し、破魔の武具とエルフィスザークの体を回収すること。
それが俺達の目的だ。
次にどの迷宮に向かうか、どうやってここから脱出するのかなど、
話さなければならないことは沢山ある。
「その二つに関しては、私から提案がある」
話を聞いてみると、この迷宮内には外へと通じる魔法陣があるらしい。
それもただ外へ出るのではなく、他の目的地の近くに転移出来るという。
「レイテシアの西部に、ボルカニア連合国という国がある。
この迷宮の最下層には、ここから西へ転移する魔法陣があったはずだ。
これを使って連合国へ向かうぞ」
「連合国といえば、確か煉獄迷宮がある所か」
五将迷宮の一つで、炎魔将が管理している迷宮だ。
連合国にある火山の内部に存在している。
「そうだな……王国から連合国へ行く手間も省けるし、賛成だ」
それに正直な話、王国内部を通りたくないからな。
外に出て、クラスメイトに会ったら面倒なことになる。
あいつらとは二度と顔を合わせたくない。
それに俺が生きていると知れば、
国王が俺を利用しようとしてくるかもしれないからな。
面倒事を避ける意味でも、魔法陣の存在は渡りに船だ。
「決定だな。ならば早速、魔法陣の元へ向かおう。
魔法陣の位置には心当たりがある」
そう言って、エルフィスザークは勢いよく立ち上がった。
そして意気揚々と部屋の入り口へと歩き出した。
全裸で。
真面目な雰囲気のせいで今まで言及出来なかったが、そろそろ限界だ。
封印から外へ出て、常にエルフィスザークは肌を晒している。
バルギルドから剥ぎ取りをする時も、
今後について話し合っている時ですらだ。
見ちゃ悪いと思って彼女の顔にだけ視線を向けていたが、
それでもやっぱりチラチラと視界に入ってくる。
「お、おい、エルフィスザーク」
隣に追い付いて、俺は意を決して声を掛けた。
「エルフィで良い。いちいちその名で読んでいたら長いだろう?」
「あ、ああ。そうだな」
「伊織。
私もお前のことは名前で呼ぶ」
思わずどきりとした。
女性に下の名前を呼ばれる機会なんて無かったからだ。
確かに、彼女はこれから行動を共にする仲間。
あまり、他人行儀なのも良くないだろう。
が、今はそれ以上に言わなければならないことがある。
「な、なあエルフィ」
「どうした、伊織」
「その……だな。裸なのって、どうにか出来ないか?
目のやり場に困るっていうか……」
俺の指摘に対して、エルフィはきょとんとした表情を浮かべた。
そして自分の体を見て、「ああ」と薄く笑う。
「大丈夫だ。これは分身体だからな」
「分身体?」
「言っただろう?
私の体は今、五つに分かれている。ここにあるのは頭部だけだ」
五つに分解されてるって、
比喩でもなんでもなく、本当に体を分けられてるってことだったのか。
てっきり、魔力とか魂とか、そういう感じの話かと思っていた。
「頭以外の部位は魔力で再現しているに過ぎない。
だから本物ではないのだ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。だから気にする必要はないぞ」
そう言って、エルフィは会話が終わったかのように先へ進み出した。
おい待て、全然大丈夫じゃないんだが。
「分身体って言ったって、見た目は元の姿なんだろ? 恥ずかしくないのかよ」
「本物じゃないから恥ずかしくないぞ」
そんな「パンツじゃないから恥ずかしくない」みたいな言い方するんじゃない。
分身体だから恥ずかしくないってのは、一体どういう価値観なんだか。
「ああ、さっきからチラチラ見ていたのはそういうことか」
「やかましい。なんでもいいから隠せ」
ニヤニヤしているエルフィから目を逸らす。
分身体だろうがなんだろうが、目に毒なのは変わりない。
「まあ、私の裸が気になって仕方ないと言うなら、服を着てやるか。
戦闘中に私のせいで気が散った、などと言われても困るからな」
そう言うと、エルフィは魔術を発動し、自分の服を作り始めた。
収納魔術といい、色々と便利な魔術が使えるらしい。
しばらくして「いいぞ」と声を掛けられたので、エルフィの方へ振り返った。
「これなら文句はあるまい」
そう言うエルフィの体には、
確かに魔術によって創造された服が纏われていた。
黒を貴重とした、質素だが威厳のある洋服だ。
エルフィの銀髪金眼によく似合っている。
しかし、大事な部分は覆い隠されているものの、露出度が結構大きい。
それなりにひと目を引く格好だ。
露出度を下げてくれないか。
そう言いたかったが、エルフィが「我ながら良い出来だな」と服の出来に満足してしまっていた為、胸の中にしまっておくことにした。
こうして初っ端からつまずきながら、
ようやく俺達は魔法陣へと向かって進みだしたのだった。
―
魔法陣の位置に心当たりがあるというエルフィ。
そんな彼女従い、今まで通ってきた道を戻っていく。
魔素が少なくなったことで、
道中魔物に襲われることはなく、スムーズに移動できる。
やがて、道が二つに別れた部屋にまで戻ってきた。
「魔法陣は恐らく、あそこの先だ」
エルフィが指差したのは、左側の入り口だ。
魔物に襲われるようなこともなく、俺達は右の入り口へと入ることが出来た。
静かまり返った迷宮の中を、二人で進んでいく。
「やはりこっちで合っているな」
「分かるのか?」
「ああ。魔素が引いているお陰で、探知がしやすくなっているからな。
逆にお前……この程度の魔力探知も出来ないのか?」
そう気安く言うエルフィだが、
魔力の探知というのは中々に難しい芸当だ。
魔素の流れを感じるのとは訳が違う。
自分の魔力を薄く周囲へと引き伸ばし、
それを利用して魔力を発する物体および生物を発見する。
それが魔力探知だ。
魔力を殆ど失っている俺には、
僅かな距離しか探知することが出来ない。
「まあ龍を倒した後だし、仕方ないか」
エルフィはそう言って、一人で納得してしまった。
やはり、彼女は俺を過大評価しているらしい。
今の俺には、殆ど戦闘能力がない。
そのことをエルフィに伝えようとした時だった。
魔法陣がある部屋へと辿り着き、
そこに広がっていた光景に俺は思わず絶句する。
「な……!」
部屋の奥には、確かに薄く光を発している魔法陣が存在していた。
それはいい。
問題なのは、その魔法陣を守るようにして四匹もの土蜘蛛が存在していたことだった。
「土蜘蛛がいるなんて聞いてないぞ!」
エルフィの魔力探知ならば、
この先に土蜘蛛がいることに気付いていたはずだ。
泥人形のような弱い魔物とは訳が違う。
「そう慌てるな。この程度の魔物なら、今の私でも問題無い」
標的を定め、近くにいた二匹の土蜘蛛がこちらへ向かって走り出す。
六本の足が部屋を揺らし、パラパラと天井から土が落ちてくる。
あの速度で激突されれば、原型が残るかも怪しい。
「下がっていろ。私の力、ここで見せてやろう」
そう言ってこちらを見るエルフィの表情を見て、俺は思わず息を呑んだ。
思わず一歩後ろに下がってしまうような気迫が、今の彼女にはあった。
猛接近してくる土蜘蛛を前にしても、エルフィは不敵な笑みを崩さない。
ゆっくりと、俺から鬼蜘蛛に視線を移した。
そして、俺は見た。
金色だった筈の彼女の瞳が、真紅の光を放つのを。
「――”魔眼・灰塵爆”」
次の瞬間。
轟音を響かせ、二匹の土蜘蛛がいた空間が爆発した。
部屋の内部に熱風が吹き荒れ、俺は慌てて両腕で顔を防御すした。
熱風が収まり、顔から腕を離して前を向く。
すると、爆発に飲み込まれていた二匹の土蜘蛛の姿はどこにもなかった。
たった一撃で二匹の土蜘蛛を消し飛ばしたのだ。
『ギイイイイ!!』
二匹の土蜘蛛が咆哮し、同時に口から糸を連続して発射した。
強い粘着力を持った糸が、雨のように俺達へと降り注ぐ。
「無駄だ」
エルフィの瞳が光り、小さな爆発が連続して発生した。
全ての糸がそれぞれ爆発に飲まれ、消滅していく。
これが、エルフィの力なのか。
『ギ、ギイイイイ!!』
糸が通じないと見た土蜘蛛が、
最初の二匹と同じように突っ込んでくる。
その様子にエルフィがニヤリと口元を歪め、瞳を真紅に光らせる。
「潰れるがいい。
――”魔眼・重圧潰”」
接近してきていた土蜘蛛の一匹が、突如として膝を折った。
まるで何かに押し潰されるかのように、地面へと体を押し付けている。
エルフィの発生させた魔力が重力へと変換され、
土蜘蛛へとのしかかっているのだ。
爆発を発生させた物とはまた異なった魔眼だ。
『イイイイイイイイイイ』
断末魔の悲鳴を上げ、土蜘蛛が完全に押し潰された。
あれだけ強大な力を持っていた土蜘蛛が、
エルフィの魔眼には抗うことすら出来ていない。
「ふむ……威力を出しすぎたな」
潰れた土蜘蛛を見て、エルフィが平然と呟いた。
元魔王だ。これぐらいの力は持っていて当然だろう。
だがそれでも、彼女が敵でなくて良かったと思ってしまうくらいには、強大な力だ。
魔眼。
人間や魔族などの体は、一部の例外を除き、
時折”魔”を宿して生まれてくることがある。
その代表が、この魔眼だ。
通常の魔術よりも少ない消費で、
より強力な威力を放つことが出来るとされている。
一つの魔眼に付き、一つの魔術が使用できることが出来るらしい。
しかし、エルフィは両目を同時に使い、一つの魔術を使用している。
それだけでも異常なのに、彼女は直後違う魔眼を使用していた。
一回につき魔眼二つ分の威力の魔術を使用し、
更に違う魔眼に切り替えることが出来ている。
普通の魔眼では考えられない力だ。
頭だけの戦闘力でこれなのだから、
体が全て戻ったらエルフィはどうなってしまうのだろうか。
「こいつで最後だな」
重力で潰れた仲間の脇を通り、
残り一匹となった土蜘蛛が無謀にもこちらへ突進して来ている。
だがこいつも、エルフィの魔眼の前ではもうどうすることも出来ないだろう。
魔眼が発動し、土蜘蛛が爆発する。
が、さっきよりも威力が落ちており、土蜘蛛はまだ死んでいない。
「なぁ、今のちょっと弱くないか?」
「すまん、魔力が切れた」
「はっ!?」
腕の内三本が吹き飛び、足も何本か消えているが、
土蜘蛛の強靭な生命力の前ではまだ足りない。
体を引きずりながらもこちらに向かってきている。
「久しぶりに戦ったから、ちょっと調子に乗って魔力を使いすぎた」
真面目な表情のまま、そんなことを言うエルフィ。
「じゃあ、あの土蜘蛛は誰が倒すんだよ!?」
「チラッ」
冗談でも何でもなく、
エルフィは戦う為の魔力を使い切ってしまったらしい。
強力な魔術はその分だけ、消費する魔力の量も大きい。
元々大量の魔力を保有していたエルフィは、
加減を忘れ、いつもの調子で魔眼を使ってしまったのだろう。
「……ったくッ!」
エルフィが戦えないのならば、俺が戦うしかない。
懐からバルギルドの牙を取り出し、土蜘蛛に向かって走りだした。
しかし、今の俺には大した魔力はない。
土蜘蛛を殺すだけの攻撃をしようとしたら、
一瞬でケリを付けなくてはならないだろう。
『ギイイイイ!』
近付いてきた俺に向かって、土蜘蛛が残った腕を振り下ろしてきた。
横へ飛び退いてそれを回避し、俺は迷わず土蜘蛛の腕へと飛び乗った。
動揺し、腕を持ち上げる土蜘蛛。
それよりも早く腕の上を駆け上がり、
俺は土蜘蛛の頭部へと到達した。
「おおおおおおッ!!」
残っている魔力を使い、身体強化を発動させる。
握りしめた牙を全力で土蜘蛛の頭部へと突き刺した。
奥へ奥へと、力の限り牙を突っ込んでいく。
『ギ……ィ』
やがて、力を失った土蜘蛛が地面へと倒れ込む。
巻き込まれて死にそうになったが、危ない所で飛び降りて事なきを得た。
土蜘蛛がエルフィの魔眼で弱っていなければ、通じなかった戦法だ。
一歩間違えれば本当に死んでいたかもしれない。
そんな俺の内面を露も知らずに、
エルフィは土蜘蛛を倒した俺へ小さく拍手をして来た。
この野郎……。
「中々の腕前じゃないか。
まあ私に付いてくるのだから、これくらいはやってもらわねば困るがな」
「あのなぁ……魔力が切れそうな時は先に言ってくれよ。
今回は良かったが、次は対応しきれないかもしれないぞ」
分かっているのか分かっていないのか、
エルフィは「同じ失態は繰り返さないさ」と笑うばかりだ。
本当に大丈夫なのだろうか。
「だが、これで分かっただろう。
頭部だけの私では明らかに魔力不足だ」
「威力は凄かったけど、あまり連発は出来ないってことだな」
「私にも出来ない事はある。
だから、伊織――本当に困った時は、お前が私を助けてくれ」
そう言って、エルフィは上目遣いでこちらを見てくる。
ずるい奴だ。
「……ああ。わかった」
「ふふ。頼んだぞ?」
それから、ようやく俺達は魔法陣の元へと辿り着いた。
地面には淡く光る大きな円形の陣が展開されている。
ここに乗った状態で、魔力を込めれば転移が可能だ。
「……そういえば、魔法陣を動かすのには魔力がいるよな」
「問題ない。私が動かそう」
そう言って、エルフィは事も無げに魔法陣へと魔力を注いだ。
魔法陣が、徐々に光を放ち始める。
ん……待てよ。
「お前、魔力残ってんじゃねえか!」
「バレたか」
最後の一匹、わざと止めを刺さなかったのだ。
大方、土蜘蛛を使って俺を試したのだろう。
「……バレたかじゃねえ」
「むしろ感謝するがいい。
魔法陣を使うために最低限残しておいてやったのだからな」
一応、魔力が切れそうだったのは本当だったらしい。
「おっと、転移が始まるぞ。
魔法陣から出ないように気を付けろよ」
とぼけた表情のままエルフィがそう言うのと同時に、魔法陣が本格的に動き始めた。
目が眩むほどの光が放たれ、俺達の全身を包んでいく。
そして、俺が文句を言うよりも先に転移が始まった。
「覚えとけよ……」
「ふふ……。もうしないさ。悪かったな」
エルフィの楽しそうな声を最後に、
俺達は迷宮から姿を消した。
――こうして、俺達は奈落迷宮から脱出を果たしたのだった。
次話→21:00
今日は三話更新です。