第四話 『元英雄の迷宮探索』
「う……」
ガラガラと何かが崩れる音に、俺は目を覚ました。
さらさらとした土の床の上に横たわっていたようだ。
気怠い体を起こし、服に付着した土を払い落とす。
すぐ近くに”武器生成”で創られた剣が転がっており、手を伸ばしてそれを取る。
そこで、俺は直前までの記憶を思い出した。
土蜘蛛に急襲にあって、逃げるためにクラスメイト達に囮にされた。
彼らが放った魔術によって亀裂の入っていた地面が完全に崩壊し、俺は奈落へと落ちたんだ。
「ここは……」
立ち上がって周囲を見回し、俺は思わず息を呑んだ。
上から降ってきたのであろう床の破片が転がる中、
小刻みに痙攣する土蜘蛛の姿を見つけたからだ。
落ちてきた衝撃からか、土蜘蛛は全身を大きく損壊させている。
土蜘蛛の硬い体を持ってしても、落下の衝撃には耐えられなかったのだろう。
まだ土蜘蛛が生きているのは、弱点である頭部にそれほど大きなダメージがないからだろう。
大抵の魔物もそうだが、生命力の強い土蜘蛛でも頭部を破壊すれば生きてはいられない。
……待て。
土蜘蛛について分析している内に、ある疑問にぶつかった。
「……!」
土蜘蛛の体が再生を始めている。
それを深く考えるより先に、ひとまずここから離れた方が良いだろう。
土蜘蛛に警戒しながら、俺はこの場から離脱した。
―
魔素がかなり濃くなっている。
どうやら俺はかなり下の方に落ちてきたらしい。
魔物に出くわさないように注意しつつ、俺は比較的魔素の薄い場所へやって来た。
小部屋のようになっており、ここに隠れていれば魔物には見つからないだろう。
「……ここまでやるかよ」
ここへ来る間に、気怠かった体が元の調子に戻った。
壁にもたれかかり、落ち着いた所で、クラスメイト達への怒りが湧いてきた。
不意打ちして、土蜘蛛の囮にした高坂。
以前からあいつは俺を見下し、苛めの対象にしてきた。
面倒な奴だとは思っていたが、あんな状況ですら俺を陥れようとするとは思わなかった。
俺が土蜘蛛の前に出されたら、どうなるかくらい簡単に分かる。
分かった上で、あいつは俺なら死んでもいいと判断したのだ。
そしてそれは高坂だけではなく、クラスメイト達も同じだ。
俺がいるのに、魔術を掃射するように指示を出した飯田。
それに従ったクラスメイト達。
落ちていく俺を見ていた連中は、「自分がこうならなくて良かった」と心底安堵した表情を浮かべていた。
結局の所、俺なんてどうでもいいと考えていたのだろう。
何の能力も持っていない俺が死んでも、損害はないからな。
「よく、分かった」
役立たずは切り捨てる。
それがあいつらのやり方だということがよく分かった。
俺はこの迷宮に来てから、常にクラス全員で助かる方法を探していた。
斥候を出すように提案したし、脱出の方法にも頭を悩ませていた。
だが、もういい。
「……お前らがそのつもりなら、俺もそうさせて貰う」
あいつらの力では、この五将迷宮を踏破することは不可能だ。
それは今の俺も同じだだろう。
違いがあるとすれば、知識と経験の差。
俺には英雄アマツとしてやって来た知識と経験がある。
俺だけなら、土蜘蛛と出会っても逃げることくらいは出来るだろう。
クラスメイト達はもういい。
「ここから先は、俺一人で進んでやる」
そう決めた直後、俺の首に嵌っていた首輪が音を立てて砕け散った。
首輪の効果が消滅し、俺は隷属の魔術から解放される。
砕けた首輪は光の粒となり、霧散していった。
「……どういうことだ?」
今の首輪の壊れ方は、魔力のオーバーフローが原因だろう。
しかし、今の俺にはこの首輪を破壊するだけの魔力はない筈だ。
自分でも自覚していないだけで、体内に魔力が残っているとでも言うのだろうか。
謎だ。
謎と言えば、土蜘蛛がダメージを受けるような高さから落下した俺が無傷だったのもそうだ。
即死していてもおかしくない。
もしかしたら、今の現象と何か関係があるのかもしれない。
「全く……最近は混乱続きだ」
魔王に負けたと思えば元の世界に戻っていたり、またすぐに元の世界に喚び出されたと思ったら百年が経過していたり。
頭がこんがらがりそうだ。
それでも今は、悩むよりも先に奈落迷宮から脱出する事を考えよう。
自分の能力なのかは分からないが、隷属の首輪からは解放された。
後はこの迷宮から脱出して安全な所へ行ってから考えればいい。
それから、俺一人での迷宮探索が始まった。
―
中層の辺りから感じていたが、迷宮に漂う魔素の量が以前よりも多くなっている。
同時に出てくる魔物の数が増え、かつて攻略した時よりも迷宮の難易度が高くなっていた。
土蜘蛛が中層に上がってきていたのも、それが関係しているだろう。
百年の間に、魔王が迷宮を強化したのかもしれないな。
小部屋から出た後、出来る限り魔物に気付かれないように移動を開始した。
魔素が濃い場所には魔物が集まりやすい。
魔素の流れを見れば、ある程度は魔物と出会うのを避ける事ができる。
この迷宮で出没する魔物の多くは視力を有しておらず、聴力と魔力探知で獲物を発見する。
魔力量の少ない俺なら、音に気を付ければ気付かれずに進む事が可能だ。
気配を消し、音を立てないように迷宮を探索してていく。
途中、泥人形や岩蜥蜴などを発見したが、気付かれる前に進行方向を変えることで事なきを得た。
一匹や二匹ならともかく、囲まれたら終わりだからな。
しかし、魔法陣は魔素が濃い場所にある可能性が高い。
魔物を避けるのにも、限界があった。
「……チッ」
階段を降りていくと、泥人形とバッタリ出会ってしまった。
俺に気付き、ゆらゆらと体を揺らしながら襲いかかってくる。
戦うしかないか。
「フッ!」
間合いを詰め、泥人形に斬り掛かる。
少ない魔力を節約する為、身体強化を行うのは剣を振る一瞬のみだ。
剣を横薙ぎに振り、泥人形の首を斬り落とす。
トサリと地面に倒れ、泥人形はただの泥になった。
「やっぱ、全然動けないな」
かつての自分の動きと比べると、今の俺は遅すぎる。
思うように動けない自分の体が歯がゆい。
「魔力の吸収効率も悪い……」
この世界では魔物を殺すと、一定量の魔力を吸収することが出来る。
魔物を倒せば倒すだけ、魔力の上限が増えていくのだ。
だが、泥人形を倒したというのに、俺に入ってきた魔力は殆どなかった。
いくら弱い魔物とはいえ、いくらなんでも吸収効率が悪すぎる。
「……!」
戦闘の音を聞きつけたのか、複数の泥人形が現れた。
こいつらを相手にしている余裕はない。
「無いものねだりしていても意味は無い、か」
意識を切り替え、追ってくる泥人形に背を向けて走りだした。
―
その後、階段を降りて更に下へと進んだ。
小部屋を見つけて休憩を挟みつつ、焦らず慎重に探索を進める。
今の所、大した怪我も負っていない。
何とか魔物を倒せているのは、皮肉な事にクラスメイトから貰った剣のお陰だ。
やはり武器があるのとないのとでは全然違う。
それに、この剣は魔術的な効果はないが、それなりに頑丈に創られている。
クラスメイトが手にした武器創造の能力には感謝だな。
「もう、かなり下に来た筈だ。魔法陣があってもいい頃なんだが……」
何となく、今歩いている場所に見覚えがある。
もう少し先へ行った所に、土魔将が待ち構えている開けた場所がある筈だ。
その近くに魔方陣がある事を願うしかない。
魔素の流れを見ながら、土魔将の部屋に近寄らないように探索を進める。
しかし、どれだけ探しても魔法陣は見つからなかった。
後は土魔将の部屋だけだ。
覚悟を決め、俺は最後に土魔将の部屋に向かった。
「……何もいない?」
気配を消し、遠目から中を覗いてみたが土魔将の姿はない。
それどころか、魔力すら感じられない。
「どうなってる……?」
入り口に近付いてよく見ると、内部の構造が変わっている事に気が付いた。
円形に開けた部屋の中に、以前はなかった入り口ができているのだ。
二方向に分かれており、どれも迷宮内のどこかへと続いている。
天井に魔物が張り付いていないかを確認し、俺はゆっくりと部屋の中に入った。
新しく出来たどの入り口からも、濃い魔素が漂ってきている。
このいずれかの先に土魔将がいることは明らかだ。
「取り敢えず、魔素が薄いのは……こっちか」
どちらも濃いことには変わりないが、その中でも出来るだけ薄い方を選んだ。
正面から右方向にある入り口だ。
前に土魔将と戦った時のことを思い出しながら、右側の入り口へと進む。
中には以前は無かった、迷宮の続きがあった。
部屋が幾つもあり、魔物もウロウロしている。
漂う魔素はかなりの高濃度だ。
魔素が魔石外灯に反射して、ある種幻想的な光景が広がっている。
だが、今の俺に取ってはこれを綺麗と思う余裕はなかった。
奥へ進めば進むほど、魔物の数が増えている。
囲まれぬよう、逃げの一手で先へ進んでいた。
「なんだ……?」
不意に漂う魔素とは違う、何か別の魔力が流れていることに気が付いた。
酷く微弱な魔力で、意識しなければ素通りしてしまいかねない。
土魔将が放つ魔力とは到底思えないし、魔法陣の魔力にしては微弱過ぎる。
今までに感じたことがない種類の魔力だ。
この先に魔術的な何かがあることは確かだ。
行き詰まっている現状、この魔力の元を調べない訳にはいかない。
宙に漂う微弱な魔力を追って、俺は先へと向かった。
―
漂う魔力の原因は、進んだ先の部屋の中にあった。
土蜘蛛と遭遇した部屋と同じように円形の広い部屋で、その奥の方に宙に浮かぶピンク色の結晶が浮かんでいる。
その中に、人間が閉じ込められているように見える。
「封印結晶……か?」
浮かんでいる結晶から感じ取れる魔力は、”封印魔術”のそれに類似していた。
だが、部屋の目の前に来ても、感じられる魔力は極わずかだ。
以前見た封印魔術からはもう少し強い魔力が感じ取れた筈だが……。
「…………」
明らかに何かがありそうな部屋だ。
部屋に入る前に、内部に魔物がいないかを確認した。
入り口はここ一つだけだから、さっきのように囲まれるということはないだろう。
周囲には魔物の気配もない。
「……調べてみるか」
外へ通じる魔法陣ではなかったが、何か脱出の糸口が掴めるかもしれない。
関係なさそうだったら、すぐにこの部屋を離脱しよう。
そう決意し、俺は部屋の中に踏み込んだ。
部屋の奥にある結晶にゆっくりと近付いていく。
ピンク色の結晶の内部には高校生くらいの少女の姿があった。
恐らくこの結晶は内部の少女を封印しているのだろう。
「妙だな……」
感じ取れる魔力はかなり少ないのに、結晶の中にある魔力量は凄まじい。
外部からは見つかりにくく、内部からは確実に脱出不可能な作りになっている。
恐ろしい程に巧妙に創られた封印結晶だ。
これ程の物を作れるのは、この世界でもほんの数人だろう。
英雄時代の俺ですら、ここまでの物は作れなかったに違いない。
こんな封印結晶で封印されているこの少女はいったい何者なのだろう。
「一体、誰がこんな物を……」
封印結晶の出来にそう呟いた時だった。
『いつの間にか、羽虫が紛れ込んでいたようだな』
地の底から響くような声が、部屋全体に響き渡った。
「っ!?」
この部屋に魔物の気配はない。
周囲を見回すが、やはり誰もない。
直後、足元が振動し始める。
まるで地中を何かが移動しているかのような――、
「まさか――ッ」
予感に従って、俺は封印結晶の前から飛び退いた。
刹那、俺が今まで立っていた場所から岩に覆われた腕が突き出してくる。
ズブズブと、まるで水面から外へ出るかのように地面に波紋を作りながら、そいつは姿を現した。
「――――」
腕の次に出てきたのは顔だった。
腕と同じ岩で覆われたそれには二つの巨大な眼球と、くりぬいたような鼻、そして鋭い牙がズラリと並ぶ口が存在していた。
腕、顔と続き、残りの部位も地面から姿を現していく。
数秒後、俺の目の前には土蜘蛛を超える高さを持つ、
巨大な岩の龍が屹立していた。
「土……魔将」
前に戦った土魔将とは種族が違っていた。
それでも、これほどの化け物がただの魔物な訳がない。
『如何にも。我は魔王様からこの奈落迷宮の管理を任された五大魔将が一人、”土魔将”バルギルド』
バルギルドと名乗った龍が、頭上から俺を見下ろしている。
軽く体を動かすだけで、まるで岩山が動いているかのようだ。
――迷宮の主が、そこにいた。