第二話 『百年後の異世界』
「よく来てくれた、勇者達よ」
激しい揺れが収まると同時に、そんな声が聞こえてくる。
いつの間にか俺達は教室ではない別の場所に立っていた。
教室とは似ても似つかない、荘厳な空間だ。
「そなた達には魔王オルテギアの魔手から、この世界レイテシアを救って貰うぞ」
部屋の最奥部で玉座に座る老人。
彼は呆然とするクラスメイト達へしわがれた声で声を掛ける。
部屋には老人の他に、杖を握っている魔術師や鎧を着込んだ男達がいた。
「……ふぅ」
クラスメイト達が老人に釘付けになっている中、
俺はこの光景に小さく吐息を漏らした。
まるで、五年前の焼き直しだ。
しかし、前に俺を召喚した公国とはまた違う国のようだが。
「私はベネルス王国を統治している、ベネルス王だ」
老人――ベネルス王はそういって偉そうに頷いた。
ベネルス王国という国は知っている。
この世界レイテシアの東部に位置しており、海に近接した国だった筈だ。
以前、一度だけ立ち寄った覚えがある。
となると、俺達の左右にいる男達は、王国防衛軍の人間か。
ここで俺は、あることに気づいた。
俺も含め、クラスメイト達の首に妙な首輪が取り付けられていた。
「…………」
ざわめくクラスメイト達の後ろの方で、俺はそっと首輪に触れる。
ああ、間違いない。
これは奴隷制度のある国が編み出した、
強制的に相手を隷属させる魔術だ。
この首輪には二つの魔術的な効果がある。
一つは”翻訳”。
使う言語の違う人間同士でコミュニケーションを取ることができる。
そしてもう一つは……”隷属”だ。
これがある限り、国王に逆らうことはできない。
「厄介だな……」
今の俺に、この首輪を外す力はない。
どうしたものかな。
「ごほん」
ざわめいていた俺達に、ベネルス王が小さく咳払いした。
それから、俺達に滔々とこの世界の事情を話し始めた。
現在、オルテギアという魔王が、
人間を滅ぼそうと魔力を溜め続けている。
このまま放置しておけば、
近い未来、完全に魔力を溜めた魔王によって人類は滅亡する。
それを防ぐために、異界から俺達勇者を召喚したらしい。
「百年前、ペルスト公国という国が、
異界から勇者を召喚することに成功した。
その者の名は――”英雄アマツ”」
百年前……?
ベネルス王の言葉に、思考が一瞬止まりかける。
じゃあここは、俺が召喚された時から百年後の世界だというのか?
「英雄アマツは数々の迷宮を踏破し、
最後には魔王の喉元へと刃を突き付けた。
しかし力及ばず、魔王の前に命を散らしたという」
ベネルス王が話したアマツの話は、間違いなく俺の事だろう。
オルテギアに負けたのも、記憶にある通りだ。
その後、魔王は勇者を召喚したペルスト公国を滅ぼしたらしい。
そして王国は、公国が滅ぶ寸前に勇者召喚の技術を入手したという。
今日この時まで研究を続け、俺達の召喚に成功したようだ。
「あ、あの……」
そこで、今まで黙って話を聞いていたクラスメイトたち。
その中からクラス委員の飯田が手を上げた。
「俺達は、元の世界に帰れるのでしょうか?」
飯田の問いに、ベネルス王は一瞬だけ不都合そうな表情を浮かべた。
それから神妙そうに口調で「分からんな」と告げる。
「公国から得ることが出来たのは召喚する為の技術だけなのだ。
勇者を元の世界へ帰還する方法は、今の所見つかっていない」
「そ、そんな……」
ベネルス王から告げられた事実に、
クラスメイト達が絶望の表情を浮かべた。
公国に召喚された時は、
「魔王を倒せば元の世界に帰してやる」と言われたんだけどな。
あれが魔王を倒させる為の嘘だったのが、
本当に帰してくれるつもりだったのか――
今となっては分からない。
「いや……お家に帰してよっ!」
クラスメイトの一人、
足立優名が泣き叫び、地面に崩れ落ちた。
彼女が感情を剥き出しにしたことによって、
クラスメイト達が各々に叫び始める。
ある者は「ふざけるな」とベネルス王に向かって怒鳴り散らす。
「てめぇ、ふざけたこといってんじゃねえぞ!!」
高坂とその取り巻きが、顔を真っ赤にして大声で暴言を叫んでいる。
それを見て、俺は後ろに下がった。
ベネルス王が取り繕わなかった理由。
それは俺達の付けている首輪にある。
俺達が幾ら嫌がろうと、隷属の魔術がある限り、
強引に言う事を聞かせられるのだ。
つまり、主の意志に反した行動を取り続ければ――
「がああああ!?」
不意に高坂とその取り巻きが、首を抑えで絶叫を始めた。
地面に倒れ込み、バタバタとのたうち回っている。
彼らの尋常ではない様子にクラスメイト達は固まった。
「そなたらの首輪には隷属の魔術が込められている。
私に逆らうような真似はしないことだ」
この首輪がある限り、俺達はベネルス王に逆らうことは出来ない。
高坂達を見せしめにしたようだが、効果はてきめんだったようだ。
「話は最後まで、黙って聞くことだ」
国王の一声。
それだけでクラスメイトに勢いはなくなり、怯えたように縮こまった。
そんな俺達を見て、ベネルス王は静かに頷く。
「では――そなたらにはこれから、”英雄再現”を行ってもらう」
英雄再現?
何らかの儀式か。
俺が勇者として召喚された時は、そんなことをした覚えはない。
俺の場合は確か、
「魔王なんて倒したくない」と逆らって逆鱗に触れ、
強制的に魔物が闊歩する迷宮へと叩き落とされたからな。
疑問符を浮かべる俺達に、
ベネルス王が”英雄再現”についての説明を行った。
「我々王国が手に入れられたのは勇者召喚の魔術だけだ。
公国からは”英雄アマツ”の育成方法を入手する事は出来なかった。
だからこそ、そなたらには”英雄アマツ”の軌跡を辿って貰う」
ベネルス王の横に控えていた魔術師が、握っている杖に魔力を込め始める。
「……まさか」
なんとなく、この先に起きることが分かる。
「聞けば”英雄アマツ”は元の世界では凡百な少年だったという。
そんな少年が英雄と呼ばれるまでに成長したのだ。
等しく召喚されたそなた達も、”英雄アマツ”と同じ軌跡を辿れば、
魔王を討ち滅ぼす勇者へと成長する事だろう」
無茶だ。
同じことをしたからといって、同じ結果が生まれるとは限らない。
それに俺の場合は、運良く魔王のもとに辿りつけただけなのだ。
しかし、国王の表情は至って真剣だ。
「”英雄アマツ”は召喚されてすぐに、
魔王軍侵攻の拠点とされる五つの迷宮の一つへ行き、
見事その迷宮を踏破したと言われている」
この時点で、嫌な予感がした。
とっさに謁見の間の出口へ顔を向ける。
逃げるとしたらそこしかない。
だが扉の前には、一際輝く甲冑に身を包んだ女性が立っていた。
会ったことはないはず。
しかし、どこか見覚えがあった。
そんな彼女はただ一点、俺を興味深そうな目で見ている。
そして、何かに気づいたのか、慌てたように声を発した。
「へ、陛下!」
「なんだ?」
国王は憮然とした表情で答える。
女性は何かを言おうとしたようだが、雰囲気に飲まれたらしい。
悲しそうにうつむき、「いえ……」とだけ呟いた。
それを見て、国王はいよいよ俺たちに声を飛ばした。
「そなたらには”英雄再現”の第一段階として、
”英雄アマツ”が攻略した迷宮――奈落迷宮を攻略して貰うぞ」
直後、俺達の足元が光輝き始めた。
元々、魔法陣が設置されていたのだろう。
あの魔術師が魔術を込めたことで、それが起動したのだ。
「迷宮を踏破するまで帰ってくることは許さぬ。
勇者として与えられた力を使い、迷宮に巣食う魔将を討ち滅ぼすのだ」
床に設置されていた魔法陣が強い魔力を放つ。
同時にまるで床に穴が空いたかのように、俺達は下へと落下していく。
――クラスメイト達の絶叫が響き渡った。
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