弾正の心服
茶室で一人、静かに茶を点てる男がいた
わしの策が尽く潰された
六角の裏切りも予想されて潰された。三好も上手く動けなかった・・・
伊賀の裏切りで伊勢を取れなかったのも痛い
この期に至っては三好に勝ち目など無い
長慶様ならばと思ってしまう。
どこの馬の骨かもわからぬ。わしを重用してくださった長慶様
誰隔てなく民百姓にも優しかった長慶様、わしは長慶様に天下を治めて頂きたかった
あのようなお方はもういないであろう・・・
優しすぎた、心が清すぎた。わしはあの方の闇になる事さえ、苦ではなかった
だが、あの方は心が弱すぎた。この乱世では生きていけぬほどに・・・
生きていて頂きたかった・・・あの方が作る天下を見たかった
「もういない方を思うとは、わしも弱くなったものじゃ・・・」
呟くように声を出した弾正の頬に、一筋の涙が流れていた
弾正は思い立ったように一つの箱を取り出し、中に入っていた茶入れを取り出す
その茶入れを手に取り、眺めながら呟く
「このような物でも役に立つ・・・」
弾正は悲しそうな顔をしながら部屋を後にした
その後、わしは信長に会い、持参した名物「九十九髪茄子」を信長に献上し、降伏した
信長の喜びようが滑稽に見えた。たかだか茶器1個、あれほど喜ぶとは田舎者よ、底が知れるわ
そう思っていた。
だが数日後、信長の妹市に会った時に、わしは愕然とした
「九十九髪茄子」を返されたからだ・・・
浅はかなのは、わしの方だった
全て見抜かれていた。手の平で踊っていたのは、わしだった
わしは信長、市に興味を持ってしまった
何故か、長慶様の面影が重なるのだ。顔も姿形も声も違うのに・・・
思わず、本音を市に告げてしまう失態までしてしまった
乱世の梟雄と呼ばれた、わしが情けない
しかし何故か悪い気がしなかった。何故か無性に嬉しかった
本音が告げれる相手が、この世の中にいたのだとそう思ってしまった
だがまだわからぬ。そう考えていた時に市から、顕如に会うから付いて来いと言われた
これは丁度良いと軽い気持ちで付き合った
どうせ顕如に言い包められて、逃げ帰るのだとそう思っていた
市と顕如の話を聞いて、わしは不覚にも泣きそうになっていた
(この方は長慶様だ・・・長慶様が強くなって帰ってこられた)
そう思ってしまった
そして、帰り際にお市様が言った言葉は、わしの全てを察して下さっていた
お市様は風潮や素行で判断されない、人の本質を見抜く目を持っておられる
裏切り、悪行と呼ばれた事を何でも出来たわしが、お市様に対して出来そうも無い、したいとも思わん
城に戻り、返された茶器「九十九髪茄子」を手に取りながら決心する
わしはあの方の為に残りの命を使おうと・・・
どれだけの事が出来るのかわからないが・・・
あの方が作る天下を手伝い、そして見てみたい。
わしは天守から見える景色を眺めながら呟く
「長慶様、出来ますれば、お市様を見守ってくだされ・・・」
わしは空に呟くと、空に映った長慶様が笑っているように、わしには見えた