躾
現在、日の本でもっとも栄えている町はと、問われたら、皆は堺や京都を挙げるだろうが、数年もすれば、違う場所を答えるようになるだろう、安土と。
しかし、今の安土の地は、織田家の新しき本拠地としての開発の為、厳重な警備が敷かれていた。
そんな安土の地に、みすぼらしい姿をした男達と、汚れた衣服を身に纏い、生まれたばかりの赤子を抱いた女性が、足を踏み入れる。
馬に乗り、周辺を巡回していた茶色い鎧を着込んだ織田武士が見つけ、みすぼらしい一行に声をかける。
「おいおい、お前達、これより先は安土の地なれば、おぬし達のような者を通すわけにはいかぬ」
「すぐに、来た道を引き返せ」
「何故でございましょうか?ここは天下の往来であり、何処へ行こうが、関係御座いませんよね」
声を荒げながら、話す織田武士に、赤子を抱いた女が問いかける。
「お前は、何も知らんのか」
「これより先は、安土の地じゃ、お主らのような下賎の者が近寄ってよい場所ではなくなったのだ」
苛立ちを隠そうとはせずに、言い放つ織田武士達。
「何故でございますか、私は安土に居る娘に会う為に来たのです、通してください」
「やかましい、安土は織田家の本拠地として、生まれ変わろうとしておるのだ!」
「日の本一美しき町となる安土に、お主らのようなみすぼらしい者達を安土の地に入らせるわけには行かぬ」
引き下がらずに理由を述べる女に、織田武士は脅すように声を荒げる。
「ほう、それは誰の命令で御座るか?」
「なんじゃ、お主は、、、クッ近寄るでない(うっでかい、まるで熊のようだ)」
「我らは怪しき者を選別し、治安を守っておるのだ!我らに逆らえば、痛い目を見るぞ」
女を庇うかのように前に立ち、織田武士に話しかける熊の様な大男に対して、腰に差してある刀の柄に手を掛けながら、話す織田武士。
「まっこんな姿でなら、その様に考えたとしても、仕方ないともいえるけどねぇ」
「しかし、」
「熊ぁ、そこ居たら邪魔、どいて」
「はっ」
素直に女の言葉を聞き、前を開ける熊の後ろから、汚れた被り物を脱ぎながら、女が前に進む。
「なんじゃ、お前達は、、、えっ」
「・・・あっ、、、まさか」
熊と呼ばれた男の後ろから現れた女の顔を見て、瞬時に顔が青くなり、体を震わせる織田武士。
「ちょっと、高飛車になってるみたいね、、、兄様んとこの武士は」
冷めた声で、織田武士に声をかける女。
「何方かと分かった上で、(シュッ、ドッ)」
「そのように馬から見下ろしてるのか、貴様ら(シュッ、ドッ)」
驚く織田武士達の真下に、瞬時で移動していた繁長と才蔵は、手にしていた杖を使い、素早く突いて織田武士を突き落とす。
「ぐはっ、(ドサッ)」
「グホッ、(ドサッ)」
「(スッ)ここで死んで、」
「(スッ)詫びるか、」
落馬した織田武士の首元に杖を押し付け、凄む繁長と才蔵。
「そこまでよ、繁長、才蔵、あんた達は手が早すぎっ」
「しかし、姫様に対する行為は許されるものでは、」
「いいから、一旦離れなさい」
「「、、、はっ」」
慌てて止めに入る市に、少し不服そうな顔をして杖を首元から離す二人。
「大丈夫?」
「うっ、だっ、大丈夫で、、」
「わっ我らの不徳にて、、」
市が二人を起こしながら、声をかける。
「まっお役目であんな言い方になったんでしょうけど、もう少し柔軟にやってちょうだいね」
「はっ申し訳ありませぬ」
「申し訳御座いませぬ」
土下座をして、謝る織田武士。
「民に反感を買うような行為は、あたしは許さないからね」
「「肝に命じまする」」
「あんた達の同僚にも伝えときなさい、あたしはお忍びで何処にでも現れるわよってね」
「「ぎょ、御意」」
市の言葉に震えながら、了承する織田武士であった。
この出来事は、安土の治安維持に出向いていた織田武士達の間に瞬く間に広がり、お市が何処で見ているのか分からない恐怖に震えることになる。
それにより、高慢な態度をしていた者達は居なくなったという。
その後、信長の手配した駕籠が現れ、市は強制的に駕籠に詰め込まれると安土の城に連れて行かれる。
そして安土城大広間に通された市は、上座に座る信長を見つけ、機嫌の悪い顔を隠そうともせずに近づき、目の前まで進むと腰を下ろす。
「市、また締め付けたようだな」
「締め付けたなどと、人聞きの悪い、あの者らは兄様の管轄でしょうが」
頬を膨らませながら、反論する市。
「機嫌が悪いのぉ」
「悪くもなります!せっかく民の姿を見ながら、此処に向かっておったのに、いらぬ邪魔が入りましたからね」
「そう申すな、また見れる機会はあろう」
「城に入れば、書類の山が待ってるのに、おいそれと散策など出来ないでしょうが!!!」
「うっ、、、」
「東国、奥州は織田の手に落ちましたからね、もうあたしもそろそろ隠居して、子供達の面倒だけ見ていても良いですか」
うなだれたように話す市。
「なっなにを申す!隠居などさせぬわ、東国奥州も治めたばかり、問題は山済みじゃ!それにまだ四国九州が治まってはおらんのだぞ!」
「わかっております、戯言です」
「市、今のは、本音であろうが!」
「愚痴ぐらい言っても良いではないですか!あの書類の山を見れば、気がおかしくなってもおかしくないでしょうが!」
市が指差す先には、両手に抱えた紙の束をどんどんと特別室に運ぶ者達の姿を指していた。
「いや、あれはな、そのな、」
「兄様は、お仕事してるんでしょうね」
「なっ、わっ我も日々の業務を、」
疑いの目で見つめる市に対して、信長は目を泳がせる。
「半蔵、」
(スチャ)
「ここに」
市は静かに半蔵を呼び寄せる。
「なっ、はっ半蔵、」
「兄様は仕事してんの」
「いえ、西洋の品々を触っておられるか、茶の湯や香を焚いておられます」
慌てる信長を無視して、半蔵に話しかける市と素直に答える半蔵。
「あにさま、、、」
「まっまて市、気分転換も必要なのだ」
「お前も来い」
「あっはい」
こうして、信長は市に引きずられながら、特別室に消えていくのであった。




