力無き者の末路
近江国安土の地は、日の本の中心に位置し、天下平定に王手をかけた織田家の新しき本拠地である。
この安土には、物と人が溢れ、未曾有の好景気に見舞われ、様々な建物が織田家主導の下、区画整理され、世界で類を見ない、緻密な作りとなっていた。
そのような町並みを、馬に跨り、険しい顔で駆ける男誰あろう、織田征夷関白大将軍信長その人である。
そんな信長についてこれる者は、信長の母衣衆である者達だけで、着いて来いと言われた長益親子はどんどんと差を広げられ、信長が壱学問所の門前に着いた時には、姿形も見えなかった。
馬に跨ったまま、門を通ろうとする信長に、門番が声をかける。
「こっ、これより先は、壱学問所内にて、げっ、下馬をお願い致します」
「ふんっ」
門番は震えながら、声を出すと、信長は顔を顰めながら、そのまま馬を進める。
「おっおまちを、」
「だれぞ、通を呼んで来い、この者達では話にならぬ」
引き下がらない、門番を引きずるようにして、信長は馬を敷地内に入れる。
「そのように、大きな声を上げずとも、此処に居りまする伯父上様いや、今はうつけ様ですかね」
「なにっ、誰に申しておるのか、分かっておるのだろうな通」
微笑みながら、信長の前に現れた通に、鋭い視線をぶつける信長。
「分かっておりますとも、馬に跨り、この門を通るとは、母上様に聞いたうつけ様だと感じましたから」
「ほう、今の我に、そのような事を言える者がおるとはな」
機嫌の悪い顔をして、通を睨む信長。
「ここは、織田家の威光が、通じるような場所では御座いませぬゆえ」
「であるか、では通よ、お主にも言っておこう、市の威光が、我に通じると思っての言葉であれば、身を滅ぼすぞ」
微笑みながら話す通に、怒気を滲ませながら、恫喝する信長。
「母、市がこの先の未来を担う者達を育てる為に、作った場所ゆえ、織田家の長であるうつけ様でも、それを否定するかのような、お言葉聞き捨てなりませぬ」
「聞き捨てならぬか、ならば如何する。わしを成敗いたすか」
真剣な目になり、信長を見る通に、信長は冷めた声で応対し、刀を抜き、通の首元に添える。
「あっあに、あにうえ、はっはよう、ございます」
「やっときたのか、源五」
通の首元に刀を添えたまま、長益に話しかける信長。
「おおっ!流石、兄上でございますな。小娘、兄上には、市の威光など通じぬわ!泣き叫び、許しをこうなら、兄上に助命してもらえるように、頼んでやっても良いぞ」
「流石、父上」
見下したように、通に話しかける長益とそんな父を、尊敬の眼差しで見つめる赤千代。
「何を、馬鹿な事を、家柄だの血筋などと言い、人を見下すような輩に頭など下げては、母上様に嫌われてしまいます」
「では、死ぬか通」
信長の刃が動き、通の首筋に血が流れる。
「通っ」
「ダメだ、通」
「逃げろ、通」
その様子を見ていた佐吉、吉之助、虎之助が現れ、通の元に走ってくる。
「なんじゃ、お前達は」
刃を止め、走りこんでくる童達を見つめる信長。
「あやつらは、市が集めた下賎の民です、このような立派な場所は、奴らには不要であり、私にお任せ頂ければ、織田の為になる者達を増産してみせましょうぞ」
「ほう、源五が人を育てるか」
「はっ!ご期待にそえるよう、尽力致します」
「であるか」
自信たっぷりな顔をして、信長に話しかける長益に対して、信長は口角を上げる。
「なるほど、納得致しました、うつけ様はこの者に唆されてきたという、体面で参ったのですね」
「っ!」
「なっなにを、」
「ならば、私の首を飛ばして、膿を出されませ。さすれば、母上様も納得されましょう」
微笑んだまま、通は呟くように話し、頭をさげると、信長は驚き、長益は怪訝な顔を浮かべる。
「はっはっはっ、愉快、愉快よのう」
「如何されたのですか、あにうえ」
「っ!」
「駄目よ」
「それはさせぬ、五右衛門」
「ちっ、一刀斎か、流石に出来ぬか」
「意趣返しか?五右衛門」
信長の背後に五右衛門が、現われ、信長の首下に短刀を当てようとした時、弥五郎が五右衛門に対して、斬りつけると、五右衛門は素早く避けて、通の傍に着地すると、信長達を睨み付ける。
「お通様に、傷を付けられては、お市様に合わせる顔が無い」
「くっ、この殺気、100や200の忍びの数ではないなっ、火縄の匂いだと、」
五右衛門は顔を歪め、弥五郎は額から、汗を流しながら、呟く。
「警備は万全か、流石は市よ。先を見る目、人を見る目に長けておるわ。そして通、お前もよくそれに応えたな」
刀を仕舞いながら、笑顔で通に語りかける信長。
「心配かけちゃったかしら」
「掛けたどころではないですぞ、お通様が亡くなれば、お市様が怒りに身を任せましょう。そうなれば、織田が割れて、乱世に逆戻りしてしまいますぞ」
「でも、残念だわ、私が斬られれば・・・名実共に母上様が天下人になっていたのに」
「「なっ」」
「勘違いなさらないでね伯父様、私は母上様が全てなのですよ。母上様が、奥州に連れて行った兵があれば、母上様ならば、天下が取れますもの」
「その気にさせる為には、その命すらいらぬと申すか」
「はい、伯父様」
微笑を絶やす事無く、信長を見る通。
「ならば、おぬしの考え、無になろう」
「そうでしょうね、母上様はそのようには動いてくださいませんよね。せいぜい、膿を出す事にしか使ってはもらえぬでしょうね」
「そこまで、見ぬいてもなお、市の為に動こうとするか」
「はい、母上様の為ならば」
「であるか。通、大儀であった、壱学問所内では、今後、お主の思うようにせよ、我が許す」
「なっ、あにうえさま」
通の頭を撫でながら、微笑む信長に対して、長益が慌てふためく。
「弥五郎、そやつらを馬から引きずり落とせ」
「はっ」
「なっ、、、なにをするのじゃ」
「ちっ、、、父上ぇ」
信長の命を受けた弥五郎が、長益親子を素早く叩き、地面に突き落す。
「源五、お主の私財は没収、二士に降格致す、赤千代は町の学び舎から出直せ」
「「そっそんな、、、」」
「安心せよ、他の親族も力無くば、同じ扱いとなろうぞ」
こうして織田家の中に燻っていた力無き親族の膿を出し切るのであった。




