困惑
安土城の最上階を目指し、階段を駆け出そうとする男を、屈強な男達が立ちはだかり、前を塞ぐ。
「なんじゃお前達は!退け、我を誰と思うておる!兄上に会わせよ!」
「なりませぬ、許可無くこの先に進めるのは、限られた方のみに御座いますれば」
冷めた目で男を見つめている男達を、代表するかのように現れた男が、静かに話しかける。
「限られた方じゃと!誰なのじゃ!限られた者とは言ってみよ!」
こめかみに血管を浮き立たせながら、叫ぶ男。
「上様が許可された方は、お市様のみ」
「此処でも市か!我は上様の弟である、織田長益ぞぉ!」
「関係ありませぬ」
「なっ!貴様ぁ!無礼討ちにしてくれる!そこになおれぇ」
腰に差した刀の柄を握りしめ、怒りに震えながら、男を恫喝する長益。
「抜けば、斬り捨てますぞ」
「なっなんじゃと、、、」
恫喝された男の目が、鋭い視線に切り替わり、長益を見ると、長益は体を震わせ、怯えたような声を上げる。
「煩い、何事じゃ弥五郎」
階段を降りてきた男が、長益と対面している男に声を掛ける。
「お騒がせして申し訳御座いませぬ、上様」
弥五郎と呼ばれた男が、名前を呼んだ男に頭を下げながら、答える。
「おおっ、あっあにうえぇ、兄上ぇ」
救いの神が現れたかのような顔をして、信長を見つめる長益。
「なんじゃ、源五か、どうかしたのか」
首を傾げながら、長益に話しかける信長。
「この者が、此処を通さぬと、刃を見せて、私を脅すのです」
さも、この場所を通さない男達が、悪いかのように伝える長益。
「ほう、であるか。して何用で此処に参ったのじゃ」
呆れたような顔をして、長益に問いかける信長。
「市の養女である通とか言う小娘に、私と息子が恥をかかされたのです!」
興奮し、唾を飛ばしながら、信長に話しかける長益。
「ほう、恥とのう」
呆れた顔を崩さずに話を聞く信長。
「そうです!通という小娘は、市の威光を背にし、好き放題しております!」
「あの通が?」
困惑した顔をして、呟く信長。
「誠に御座います、それにあろうことか、私に楯突いたので御座います!成敗する許可を下さりませ」
「成敗のう」
思いつめたような顔をする信長に、長益は追い討ちを掛けるように話し出す。
「そのように考えるまでも無く、あのような成り上がりの小娘と、織田一門であると共に、実弟である私では、天と地ほどの差が御座いましょう」
「・・・」
目を瞑り、静かに長益の話を聞く信長。
「兄上!天下の織田家が、恥を受けたのですぞ!ご決断を!」
「であるか、では行くか源五、それと、弥五郎も来い」
「流石は、兄上で御座います。喜んでお供仕ります」
「はっ」
決断を迫る長益に対して、信長は目を見開くと、静かに冷たい声で呟く。
壱学問所学長室で、椅子に座りながら、何食わぬ顔をして、茶を啜る娘の前に、暗い顔をした男四人が立っていた。
「お通様、これは不味いのでは」
「大田先生の言う通り、あの方達に喧嘩を売っては、幾らお市様の子である通でも、不味いと思うが」
「お市様の子と言っても、お前は養子なのだろう、詰んだのではないか、通」
「あの馬鹿っ、いやっ、赤千代達が絶対なんか言って来るぜ」
牛、吉之助、佐吉、虎之助達が、通に話しかける。
「佐吉、私の前で、養子だから養女だからと、言わないで貰えるかしら、そんな区別が私嫌いなのよ」
「わっ、わかった」
微笑みながら、話す通に何とも言えぬ恐れを感じる佐吉。
「上様が出てきたら、どうするつもりなのだ、通」
「長益様とお市様は、腹違いの異母兄妹でありますし、上様はお身内に、お優しいところがお有りですからな」
「上様が出てきたら、どうにもならないんじゃないか」
「上様、、、か」
四人の男達は、通に意見しながら、徐々に顔色を悪くする。
「牛、その事を母上様の前でも言えるのかしら」
「あっ、、、」
「口篭る位の覚悟でいるのなら、この学問所で、しっかりと指導が出来ているのか、心配になるわね」
「申し訳御座いません、、、」
「言えないなら、口に出さないようになさい、あなた消されるわよ」
微笑みながら、やさしく話す通に、四人は共通の恐れを感じるのだった。
奥州出羽国米沢城の居室にて、生まれたばかりの赤子を抱いた市と、その姿を悲しげな目で、見つめる伊達輝宗の正室義姫が対面していた。
「あなたが、義姫なのね」
「ええっそうよ、なぜあたしが、呼ばれたのかしら、織田の市姫」
「その顔は、納得してる顔ではないわね、この子を輝宗が、貴方の許可無く、勝手に連れて行ったのでしょう」
「っ・・・」
市の言葉に、悲しげで苦痛をうけているような表情を浮かべる義。
「私はこの子を、貴方から奪い、引き離すつもりはない、子とは本来ならば、血の繋がった者が愛情を注ぎ、養育し、社会に出すのが、正しい行いだと私は思うの」
「何を綺麗事を!貴方は、私からその子を奪い、引き離したではないですか」
夜叉のような顔をして、市を睨みつけると涙を流しながら、叫ぶ義。
「そうね、理由はどうあれ、引き裂いたことは認めるわ、でもね、この子は次世代の担い手にする」
「そっそれは、どういうことでございますか」
市の言葉に驚き隠せない義。
「私や兄様の率いる織田は民の安寧と開放を第一に動いた。でもね、それは急ぎ過ぎたのよ」
「急ぎすぎた、、、」
「そう、急ぎすぎたの。話し合いなどで解決するには、余りにも根が深すぎた、誰かが全てを壊し尽くさねばならないほどに」
「っ!だから、奥州を生贄になされたのですか」
「貴方、聡明ね」
驚きの表情を浮かべる義に、淡々と語りかける市。
「しかし、そこまで、せねばならなかったのですか」
「人には、いつか終わりが来る、それは私や兄様にも、逃れることが出来ない定め、なれば、汚れるのは、少ない方が良いでしょ」
「そんな、、、」
「そして、新しい考えを植え付け、育てなければならない。それを成すのが、この子達よ」
悲しげな表情を浮かべながら、自虐的に微笑む市に言葉を失う義。
「見て御覧なさい、この赤子を・・・何者にも穢れていない、この純粋な人の姿を・・・」
「、、、お市様」
「私は汚れすぎたわ、幾万人の怨念をこの身に背負ってる、そんなあたしが、この子を抱いている」
「、、、」
悲しげな顔をしながら、赤子を見つめる市に対して、言葉を失う義。
「此処にきたのは、図々しくも、あなたに頼み事をしにきたの」
「頼み事、」
困惑した顔を表に出す義と、冷酷に話し出す市。
「この子の乳母になって欲しいのよ、正し、母親だとは、」
「名乗りませぬ」
義から、言葉を遮られ、了承の言葉を聞くと、市は悲しく微笑む。
「貴方に辛い思いをさせてしまいますね、ごめんなさい」
「良いのです、その子の傍にいれるだけで、私は救われます」
憑き物が落ちたかのような笑顔で微笑む義に向かい、市は深く頭を下げるのであった。




