学問所
「学長っ!学長は何処に行かれた!」
くっ少し目を離すと、何処かに行かれてしまう、、、あの方の子だけはある
「校舎内を走るな!」
注意を受けた男が、後ろを振り返ると美しい女が両手を胸の前で組み、男を睨みつける。
「おおっ、前田の松殿か!丁度よかった、学長が部屋に居られぬのだ!この書類に目を通して頂かねば、ならぬというに、、、」
「大田殿でしたか、今日は見かけておりませぬが・・・あっ!ねね様に聞いてみては、如何でしょう?」
「へっ?羽柴のねね殿にですか・・・」
首を傾げながら、答える大田牛一。
「ねね様の受け持っておる生徒の中に、とても出来の良い子が居ると言っておられたのを聞いて、目を輝かせてましたから」
こめかみに指を当てながら、呟く松。
「おおっ!良いことを聞いた!では!」
「だから、走るな!牛!」
「ぐくっ、あいすみませぬ」
「そんなことでは、他の生徒に示しがつかないでしょ!わかってるのですか!」
「すみませぬすみませぬすみませぬ」
「謝罪は1回でいい!」
その場を、走り去ろうとした大田牛一に、目を吊り上げて叱りつける松に対して、顔を青くして謝罪しまくる牛であった。
牛や松、ねねの勤務する教育所(壱学問所)は、民に教育をする為に、全国に先駆けて、市の私財により、設立され、運営されていた。
当初でも、教員100名、生徒1000名を抱え、その他関係者は、500名という大規模な物であった。
後に教員1000名、生徒数1万名、その他関係者は5000名以上の破格の学問所になる。
全生徒の学費は無料であり、衣食住ですら、全て賄われており、貧困層の民であっても差別せず、学ぶ事が出来る場所でもあった。
しかし、壱学問所に入学するには、織田領地にある学び舎と呼ばれる場所で学び、学び舎学長推薦や試験を受けて、初めて入学出来ると言うものであった為、地位の高い者の子であったとしても、入学する事は困難な場所でもあった。
お市は、織田家からの支給を何一つ貰ってはいなかったので、この学び舎機関は信長といえども、運営に関しては、口が出せない、治外法権の場所とも言えた。
では何故、お市にこのような私財があったのかというと、市は自らが考案した物や織田に使用料を支払い得た領地を開墾し、田畑を作り、其処で得た作物を、自らが起こした店(ひのもと本店)にて、販売を行っていたからである。
衣食住から武器に至るまで、幅広く商売をしていた、ひのもと本店は、後に世界でも、類を見ない大企業として君臨することになる。
そこから生み出される莫大な利益は、織田とエリザベスの税収を足してでも、上回るとまで言われる事になるが、自らの懐には入れず、給金として、市家の付き人や、このような学問所や学び舎の費用に当てていたのである。
「おい、佐吉聞いたか」
「んっ何をだ」
「だから、知っておるのかと聞いておる」
「虎之助よ、主語が無いから、わかりようがあるまい」
「ふん、相変わらず、かわいげのない男じゃ、市松なら話がわからずとも、相槌位打ってくれるものを、かわいげのない男じゃ」
「ふん、市松のように馬鹿力で、この学問所に入った男と、同じに扱うな」
「ぐっ、、、」
「馬鹿力と言うてやるな、武芸に光る物があったのであろうよ」
「吉之助か」
佐吉に言い込まれて、悔しがる虎之助との間に、現れた吉之助を見て、佐吉の顔が緩む。
「それで、虎之助が言いたいことは、学問所の長についてであろう?」
「おおっそれよ、流石は誰かさんと違って、話がわかるな」
「学長の事か、市様ゆかりの方とは聞いてはおるが、見た事も無いし、名すらしらぬからな」
「虎之助ならば、そのような事も教えてもらっておろうが」
「それがな、何度聞いても、伯父上も伯母上も、教えてはくれぬのだ」
「わしには、興味が無い話だ」
佐吉は呟くと二人から、目を離し、開いていた本に、目を向ける。
「また勉強か、そのようにしなくとも、勉学では、おぬしを超える者はおるまいよ」
「確かに学問筆頭は、お主しか、考えられんな」
呆れたように、佐吉に問いかける虎之助と吉之助。
「いや、今日現れた女子・・・あの者はできる」
「ああっそう言えば、今日お前たちの学び部屋に、新しい女子が入ってきたようだな」
「我らよりも、歳は若いが、確かにあなどれぬ雰囲気があったな」
「ほぉ、吉之助がそないなことを言うとはな、それで顔はどうなのじゃ?かわいいのか?」
「お前はそんな事に、気を回すのか、、、」
「かわいかろうが、綺麗であろうが、女子など、家の事だけしておれば良いのだ」
「おいおい!佐吉!そのような事、思っても口に出すな、追い出されるぞ」
焦りながら、辺りを見渡す虎之助。
「そうじゃぞ、お主だけではない!そのような差別をすれば、ねね様にも害が及ぼうぞ!」
吉之助が追従するように、佐吉に叫ぶ。
「気にしすぎだ、お主等もそう思っておるのだろう?男と女には、大きな差があるのだから、仕方あるまい」
「「っ・・・」」
本から目を背けず、呟くように話す佐吉に対して、言葉が詰まる二人。
「ふ~ん、この学問所にも、そんな考えの者が居るとはね、母上様が仰るように、現場に居るのが一番ですわね」
木の陰から、一人の幼い女子が現れる。
「なっ、、、(不味い)」
「おっ!(可愛い)」
「お前か・・・通」




