氷解
「姫様、葛西、大崎領に居た反織田派の仕置き、終わりまして御座います」
葛西の城であった寺池城を攻め落とし、休んでいた市に報告する熊。
「そう、戸沢に攻め入った、犬も早々に片を付けたみたいだし、どうやら安東も、織田に下るような行動を取ってるみたいだから、遅くない時期に、頭下げに来るんでしょうね」
山と詰まれた書類に目を通しながら、熊の質問に答える市。
「南部領での、怪しげな動きが気になりますが」
「あそこは割れるでしょうね」
「ならば、動くので御座るか」
「そうね、動くつもりだったけど、割れるならば、割れるまで静観するわ」
「ならば、矛先は伊達で御座るか」
「そうなるわね、すぐに侵攻出来るように、手配しなさい」
「しっしかし、百地殿らの報告を聞く限りでは、実権は当主である輝宗には、無いようですし、最上殿がどう思われ、、、」
「んっ?民の為にならぬ者を、残すつもりはないわ」
「しかっ、、、いや、作用で御座るか、、、」
「奥州は中央から遠いわ、どうしても目が届きにくい場所、ならば禍根は取り除く、その恨みはあたしが請け負うわ」
「姫、、、」
冷たい目をしながら、熊を睨む市に対して、悲しげな目を市に向ける熊。
その後、熊は市の元から離れ、別室に入ると、そこで待機していた男に声を掛けられる。
「熊田殿、姫様の様子は・・・駄目で御座いますか」
「すまぬ、山県殿」
「お市様が、今のご様子では、この者等を会わせると、不味い事になるやもしれんからな」
熊と会話をする山県の後ろで、緊張した面持ちで座る三人の男。
(スゥー)
「お三方、もう暫く、お待ちくださっ、、、なっ姫!」
「なっ、、、!」
「そんなことだろうと思ったわ」
静かに襖が開き、そこから市が顔を覗かせる。
その姿を見た熊と山県は驚き、腰を浮かす。
「熊、昌景、気を使わせたみたいね」
「いえっ、勝手な行動を致しました、もうしわ」
「いいわ、気にしないで、あたしの態度や言葉を、見て聞けば、そのような行動を起こすわよね、、、熊はやさしいから」
「、、、」
「!っ」
市の言葉を聞き、顔色が真っ青に成りながら、体を震わせる熊。
それを見た、昌景が、恐れと共に言葉を無くす。
「昌景も熊に似てるのね、敗れた将の面倒まで見ようと言うのだから」
「!っ、、、」
思わず、市に向かい、平伏すると自然に体が、震え始め、言葉が出せなくなる昌景。
「柿崎景家、斎藤朝信・・・そして黒川晴氏か」
「「「はっ」」」
市の呼びかけに、平伏して、返答を返す三人。
「何?今更、織田に下るつもり?命が惜しくなった?」
「「「・・・」」」
「それなら、価値は無いのだけれど、、、でもその目、違うようね」
三人の目を見て、話しかける市。
「織田には、下りませぬ」
「我らの罪、一生を掛け、償う所存」
「その為に、我らの命、お市様にお預け致す」
市の顔を見据えて、力強く話す三人。
「罪ね、今までの行いを罪と言うの?」
「「「はい」」」
「そう、今まで貴方たちが、行った行為を間違いであったと、認めると言うのね?」
「「「・・・はい」」」
「それは、死よりも、辛い決断を下したという事ね」
「「「・・・」」」
「その目、良い目をしてるわ、己の事を考えない、他を思いやる心を感じる」
「「「・・・」」」
市を前にしても、恐れず、力強い目で見つめる三人
「熊、彼らに良き死に場所を、用意してあげられるかしら」
「はっ、良き死に場所を用意致します」
熊もまた、市を優しく見つめると優しい声で話しかける。
「そう、好きになさい」
熊達を背にし、部屋に戻りながら、市は呟く様に声を出す。
こうして、三人は市近衛衆の一員となった。
数日後、伊達輝宗が市の下の訪れ、降伏する際、輝宗が連れてきた、生まれたばかりの赤子であった梵天丸が、市の子となる。
それにより、危うげだった市の行動に、変化が現れる。
「姫!梵天丸様は置いていかれませ!あぶのう御座る!同行させてある近衛女人衆に、お預けした方が良いかと」
「熊、あたしもそう思うんだけど、離れたら泣き叫ぶのよ、、、この子」
「なんとっ」
「それにさ、乳母付けようと思って、任せたら乳首噛み千切ろうとするし、、、」
「では、梵天丸様は乳を飲んでおらぬのですか!」
「それがね、試しにあたしの乳咥えさせたら、乳が出て飲んでるのよね、、、」
「なんとっ、摩訶不思議な」
「でしょ、あたしも驚いてるんだけど」
そんな困り果てた市を見つめると、熊は安心したような顔を浮かべる。
「何よ、熊!そんな顔して」
「いや、昔の顔に戻られたと、安堵致したで御座る」
「そんなに変な顔だったかしら?」
「はい、厳しい表情や、切羽詰まった顔をされていたで御座る」
「そうね、そうかもしれないわ、この子のお陰で、なんだか憑き物が取れた気がするのよね」
市に抱かれて、スヤスヤと眠る梵天丸を眺めながら、微笑む市。
「今、浮かべてある姫の顔が我ら、好きで御座る」
「なっなに言って、、、」
「「「「「「御意」」」」」」
熊の言葉に、顔を赤くする市に対して、後ろで成り行きを見守っていた獣達が、熊の言葉に同意する。
「いっいつの間に、あっあんたたち、もう知らない」
恥ずかしさで、真っ赤になった市を、優しく微笑みながら、見つめる獣達であった。




