安土大虐殺
お市が、奥州に侵攻していたその頃、信長の居る安土にある作業場の一角にて、二人の男が密談を交わしていた。
「殿、この安土にて謀反の動きあり、首謀者は林秀貞殿、丹羽氏勝殿・・・そして安藤守就殿」
「それは真か・・・左馬助」
明智光秀が、己の付き人であり、娘婿でもある明智左馬助秀満から、聞かされた報告を、信じられぬ顔をして、顔を歪める。
「はっ、我らの調べと、諜報部に居られる秀吉様直々の報告と照らし合わせ、確報と思われまする」
「そのような動きがあったが為に、上様から文をお預かりしておると言うのに、あの猿が、直ぐに奥州に向かわず、この安土に留まっていたという事か、、、それでその事、上様は知っておられるのか」
「いえ、まだ知っておられぬかと、それに知っておる者も、極僅かな者に限られております」
「織田家重臣筆頭である林殿はおろか、安藤殿までか、それで半兵衛殿は、、、」
「安藤殿の娘婿である、半兵衛様は、知っておられるかと」
「あの半兵衛殿じゃ、知らぬとは思えぬな」
「竹中様がお市様や上様を害する事など、無いと思いたいのですが」
「義父であれば・・・わからぬということを言いたいのか?左馬助」
「・・・・・・・」
「わかった、わしが直に問うてみよう」
「殿が!それはあぶのうございます!上様にご指示を仰ぐのが得策では、」
「まだ、伝えるな」
「しかし、」
「今伝えれば、半兵衛殿も連座させられてしまう」
「!っ」
「半兵衛殿に何かあれば、上様とお市様に亀裂が入る恐れがある」
「そんな事は、」
「いや、半兵衛殿はわしと同じ、お市様に忠誠を誓っておる。それをお市様も分かっておられるからこそ、確たる証拠がなければ、織田が割れる」
「お市様が、納得されるようにせねばならぬと、」
「そうじゃ」
「上様は、優れたお方ではあるが、短絡的に物事を考えられる所がある、それをお止めする事の出来る方は、わしを含めて、限られておるが、お市様しかお止め出来ぬ事も多いのが現実じゃ、その姫様が居られぬ今・・・危険じゃ」
「分かりました、しかし私もお供いたします」
「一人でよい」
「殿、そうは参りませぬぞ、わしも一緒に参りますぞ」
「利三までか」
二人の前に斎藤利三が現れ、光秀に声を掛けると、あきらめた顔をした光秀が呟く。
「仕方ない、利三を連れて行こう」
「はっ」
「なっ、殿、」
「左馬助は、わしの代理として、上様の身辺警護を頼む」
「!っ」
「猿と親密に連携を取り、わしが帰るまで、抑えておれ」
「はっ」
後事を左馬助に託した光秀は、吹っ切った顔をして、安土の地を離れ、半兵衛が居る播磨に向かうのであった。
「十兵衛殿か、相変わらず、お耳が早い」
「その口振りでは、わしが此処に来た用件も分かっておろう、半兵衛殿」
含み笑いをした竹中半兵衛重治を前に、真剣な顔つきで話しかける明智十兵衛光秀。
「ええっ、織田軍部幕僚長である十兵衛殿の心境、良く分かっておるつもりですよ」
「それで、織田裁判幕僚長の半兵衛殿は、どちらに付くおつもりか」
「そのような事、口にせねば、分かりませぬか?」
「クッ!」
不遜な態度で話しかける半兵衛に、利三が腰に差してある刀の柄を掴む。
「止せ、利三!」
「しかし、殿っ」
「良い、柄から手を離せ」
「・・・はっ」
光秀に止められ、渋々、柄から手を放す利三。
「信じたくはあるが、お主の口から直に聞かねば、成らぬ用件だろう」
「・・・私は市姫様の為に、全てを捧げ、お役に立ち、そして死にたいと願っておる」
「・・・・・・」
「それが答えにはなりませんか?十兵衛殿」
「左様か、分かり申した・・・来て良かった」
半兵衛の言葉を聞き、笑顔を浮かべて、十兵衛は腰をあげ、その場を去ろうとする。
「折角、ここまでいらしたのです、土産を差し上げましょう」
「・・・・・・」
「決行は、安土城完成式・・・害虫は坂本に集まって居りましょう」
「!っ」
「私の義父は、良く口が開く御仁です故」
「関わっておいでか、、、」
顔を歪め、半兵衛を見つめる十兵衛。
「姫様からの命にて」
「!っ」
「私は義父すら、姫様の為にならば、差し出す」
「・・・辛い選択をされたのだな」
「いえ、私の信念の元、私が姫様にお願いしたのだ、姫様は私に改心させろと言われたが、私が拒んだ」
「・・・・・・」
「私が策を考え、織田内部の掃除に、義父を使ったのだ」
「しかし、奥方の月殿にも、罪がおよぼう」
「姫様の前で、月に伝えたら、武家の娘であるからには、覚悟は出来ておると言われてな・・・その場で自害しようとした」
「なっ、、、」
「それを止めたのも、姫様じゃ」
「姫様が、」
「月は、その場で、姫様が手配して、上様の養女とされた」
「なんとっ、上様まで絡んでおられたのか」
「これは、安藤の義父も知らぬ、知っておられるのは、上様と堀殿、後は姫様だけだ」
「しかし、水臭いな、わしまで除け者か」
「そのように、言って下さいますな」
少し悲しげな顔をする十兵衛に、困った顔をしながら、話しかける半兵衛。
「まっ謀ならば、仕方ないであろうが・・・流石は、姫様といったところか」
「我らは、常に姫様の手の上で転がされておるのでしょうな」
「そうだろうな」
二人は微笑み合いながら、それぞれの役割に戻っていった。
後日、安土城完成前日に、信長から命を受けた光秀は、一斉に軍を動かし、林秀貞、丹羽氏勝、安藤守就等を捕らえると、坂本に集まっていた反織田の将兵を一人残らず、虐殺する事になる。
後に、安土大虐殺と呼ばれ、織田家内部にて、僅かに残っていた武家至上主義者を完全に取り除く事になったのである。
安土大虐殺は、信長や市が進める民至上主義を、織田家に定着させる要因となったのであった。
しかし、このような虐殺は、残された者の恨みを深く根付かせる要因とも言え、長い月日を経て、武家と民が完全に交わるまで、織田家は常に、謀反や武家の一揆に悩まされる事になる。
半兵衛の妻の名が分からず、得月院でしたので、月としております><;(見逃して)




