繁長の誤解と魔王
「姫様、お怪我など御座いませぬか」
神妙な顔付きで、市に話しかける信玄。
「ええっ、私には怪我などありません」
冷酷な顔付きのまま、答える市。
「姫がご無事ならば、体を張り散った者達も、きっと喜んでおじゃろう」
雉麻呂が微笑みながら、市に声をかける。
「・・・・・・」
冷酷な顔付きのまま、雉麻呂の言葉に答えない市。
「姫様の為に散った者達に、何かお言葉すら頂けませぬのか!孫市殿!熊田殿も何か言ったらどうじゃ!」
そんな市を見た本庄繁長は、顔を真っ赤にしながら、市に向かって叫ぶ。
「俺からは何もないよ、姫、源四郎が待っておるから、俺はそっちに向かう」
「繁長、あたしはっ、、、」
「姫、お疲れで御座いましょう、お下がり下され」
鴉が笑顔で市に別れを告げて、雑賀衆の部隊に向かい、繁長に向かい悲しげな顔をして話そうとする市を、熊が遮る様にして声をかけ、市を守るように奥に連れて行こうとする。
「何故じゃ、何故なのじゃ、わしはこのような冷酷な主に忠誠を誓おうとしておったのか、、、」
市が去った後、唇を噛み締め、拳を強く握り締める繁長。
「お主は見ておらなんだか」
信玄が悲しげな声を出し、打ちのめされていた繁長に話しかける。
「何をじゃ、、、」
「姫の心中わからなんだか、血が出るほどに、手の平を強く握り締めておられた姫の姿を」
「・・・なっ!」
信玄の視線の先には、先ほどまで、市がいた場所から奥に消えた場所まで続く血の跡があった。
「付いて来い」
「何処に行こうと、」
「よいから黙って付いて来い、そしてお前が今、口に出した言葉・・・二度と出すな」
「クッ、、、」
真剣な顔付きの雉麻呂が、繁長に恫喝する。
雉麻呂の気迫に負け、渋々、雉麻呂に付いていく繁長。
「声は出すな、気配も消せ、良いな」
「何故じゃ」
「姫に知られとうない、それはこの者等も同じなのだろう」
「なっ、、、このわしがっ」
雉麻呂と繁長の周りに黒装束を着込んだ忍びが複数現れ、首元にクナイを突き付けられ、動きを封じられる。
「麻呂じゃ、この馬鹿に本来の姫様のお姿をお見せしたい・・・駄目か」
繁長を指差しながら、悲しげなそれでいて、力強い視線を忍びに向ける雉麻呂。
「・・・仕方なし」
雉麻呂の言葉を聞き、忍は一瞬で姿を消す。
その先に見えたのは、力なく地べたに座り込み、声を殺し、体を震わせながら、涙を流す、市の姿であった。
「御免なさい、、、御免なさっ、、、」
微かに聞こえる市の言葉が、見つめていた雉麻呂と繁長の耳に届いてくる。
「、、、見てはおられぬ」
「・・・・・・」
そんな市の姿を見て、皆を前にしている時の市と、目の前で泣き崩れている市が、同一人物とは言えぬほど、触れれば壊れそうな儚さを感じ取り、この場を去る繁長と、その後ろを黙って付いていく雉麻呂。
少し歩き、繁長は立ち止まり、後ろを振り返ると、市が居るであろう場所に向かい、深く頭を下げる。
「見せたくはなかった」
「そうであろうな、あのお姿は見てはおられん・・・姫様は、あのように、常に心を犠牲にされておるのか」
「そうでおじゃる、姫様は戦が大嫌いでおじゃる・・・命の大切さを誰よりも知っておじゃるよ」
「・・・・・・」
「このような事、あの信長ならば出来るでおじゃるが、そんな信長でも、このような行いを常にさせれば、心が壊れるでおじゃる・・・だから姫が補っておるでおじゃるよ」
「そうかもしれぬな」
「姫は、笑顔が大好きで、子供が大好きな方でおじゃる、常に笑顔を求めておらじゃるが・・・この乱世、笑顔は希少でおじゃる、だから増やしたいと願ったでおじゃる」
「だから乱世を終わらせたいのか」
「織田の領地に来て、民を見て見るでおじゃる、皆、常に笑顔で、貧富の格差さえ、少ないでおじゃるよ」
「・・・知っておる」
「そうでおじゃるか」
「ああっ、岐阜に少し行って見た事がある、その時の民の顔を見て、わしは姫様に仕えようと考えた」
「そうでおじゃったか」
「しかし、わしは本質を見ていなかったな、、、」
肩を落とし、悲しげに呟く繁長。
「この世は狂っておると姫は仰ったでおじゃる、だから有るべき姿に戻すと・・・戻す為には天魔と呼ばれようが、魔王と呼ばれようが構わぬ決意をされたでおじゃるよ」
「女子の身でか、、、」
「そんな姫様を、わし等はほっておくことなど出来なかった、だから姫付きの者達は皆、姫の為に散る事を覚悟をする、強要されたわけでもなく、自らの意思で命を散らす、お主の様に、姫様の重荷になるような散り方など、わし等はせぬのじゃ!」
「!っ、、、」
「そのような、大声で叫ぶな雉麻呂・・・姫に聞こえてしまうで御座る」
「熊か、姫は、、、」
「姫様は、横になっておられる、今回の戦はかなり堪えたようじゃ」
「さもあろう」
「繁長殿、余り気になさるな、気にすれば、姫様がもっと、ご自分を責めなさる」
「すまなかった、軽率であった」
頭を下げて、体を震わせ、涙声で謝罪する繁長。
「良い、われ等、自らの意思で、命を散らせれば良いだけじゃ・・・けして、姫様のせいにしてはならぬ、その事だけは約束してくれ」
「分かった、、、」
俺は泣きつかれ、眠りについたらしい・・・
「此処は、そうか・・・お前が此処に俺を連れてきたのか?」
俺は後ろを振り返り、一人の女性を見つめる。
「ええっ、私と貴方は同じ体を共有してるんですもの」
「今まで姿を現さなかったのに・・・何故今なのだ?市」
「それは、貴方と私の間に姿を現した、あの子のせいでしょうね」
市の視線の先には、禍々しい気を放ち、こちらを見据える人ならざる者が居た。
「!っ・・・あれはっ」
思わず、声を上げる俺
「ふっ、私が分からないの?貴方に力を与えた者よ」
「お前が?」
「ええっ、貴方面白いわ、考えがとてもあたしに近い・・・いや近くなってる」
「どういう意味だ、お前は何者だ」
「あたしの考えって意外と受け入れられないのよ、特に神や仏にはね・・・でも貴方は面白い、とてもあたしとの相性がいいみたい、信長よりもね」
鋭い視線を放つ人ならざる者。
「そうか、お前が・・・第六天魔王か」
「そう当たり、貴方がこの世界に転生したのも、貴方が、あの子の体に宿ったのも、全て私のしたことよ」
市を見つめながら話す、第六天魔王。
「何を考えてる・・・」
「ふふふっ、そんな怖い顔しないでよ、簡単な事よ、貴方が私を、この世に解き放ってくれれば、ありがたいと思ってるだけ、だから少し貴方の力になってあげたりしてるのよ、貴方が知らず知らずに使ってる畏怖の魔眼もそうよ」
「解き放てば、どうするつもりだ」
「んっ?この世を終わらせるだけ、神や仏が作り上げた、この不完全な世界をね」
「どうすれば、解き放たれるんだ?」
「それは簡単なこと、貴方が人を殺しまくってくれればいいだけ、簡単でしょ?」
「ならば、殺さなければ、お前はこの世を終わらせれないな」
「出来るかしら?貴方は乱世を終わらせたいのでしょ?中途半端な事では、貴方の理想は実現できないわよ・・・民の世を作りたいのでしょ?夢物語のような世を・・・フフフッ」
「クッ、、、」
邪悪な微笑を浮かべる魔王に対して、俺は魔王に飲まれている事を自覚する。
「私は出来ると思ってる、貴方なら出来るわ・・・だから貴方の道を進みなさい、、、それまであたしが抑える」
「なっ何を考えてるの市・・・魔王である私を抑えようなんて、貴方消えるわよ」
それまで、静かに見守っていた市が、魔王にしがみ付く。
「やめろ!市!人の身で勝てる相手ではない!」
「あたしは、今まで貴方を見てきた・・・貴方は間違ってない!だから、、、負けないで」
「市、」
「クッ、この女・・・まだ私に力が足らぬか・・・暫くの猶予をやろう、、、せいぜい足掻け」
市に抱きつかれた魔王を見つめながら、俺の視界がぼやけてくる。
「・・・ひっ」
「ひめ、、、」
「姫、姫様、、、」
「うわぁ!」
俺は飛び上がるように、目を覚ます。
「如何なされた、魘されておられましたぞ」
心配するように、周りに熊や信玄、雉麻呂、繁長達が心配した顔付きで、俺を見つめていた。
「いや、なんでもないわ・・・なんでも」
俺は、何故この時代に呼ばれ、生きることになったのか、深く考えなければならないのだろう・・・。




