奥羽決戦 その三
半数以上の兵が離散した葛西、大崎、伊達軍は、残った兵力を全て、市の元に差し向けていた。
「あの女子を逃がせば、織田を止める事は出来ぬ!討ち取れ!討ち取らねば勝機等無い!」
「赤揃えなどに構うな!追え追うのだ!」
次々に声を荒げ、必死に市を討ち取ろうと急ぐ敵兵達。
そんな敵兵を、市に付き添った者達が逃がそうと、捨て身の行動を取り始める。
「才蔵、お主の槍は最早、使い物になるまい。餞別にわしの槍をやろう」
「何をいきなり、」
馬を走らせ、折れかけた槍を振り回しながら、道を切り開く可児才蔵吉長の横に、馬を寄せた酒井忠次が声を掛ける。
「此のままでは、逃げ切れん。わしが食い止める、先に行け」
「忠次殿!何を言っておられる」
「共に来た近衛衆は、熊殿とお主とわしだけじゃ」
「お主は最後まで、その槍と共に、姫様をお守りせよ」
「槍も無く、如何に戦うおつもりか」
「わしには、これがある」
忠次は陣羽織を開き、体中に巻きつけた竹筒を、才蔵に見せる。
「それは、竹焙烙!しかもその様な数を持っておるとは、忠次殿は死ぬきか」
目に涙を浮かべて、話す才蔵。
「見よ、孫一殿の雑賀衆や本庄殿に付き従う者達も、わしと同じ考えのようじゃ」
忠次が呟き、見つめる先を見ると、数人の生き残っていた雑賀衆の者達が、鴉の止める声を聞かず、立ち止まり、その場に座り込むと、銃を撃ちながら、その場で敵を食い止めていた。
それを見た本庄繁長が、涙を流しながら、配下の兵に対して、座り込む雑賀衆の助太刀に行くように、指示する姿が見えてた。
「お市様の近衛衆が、一人位は居なくてはな・・・笑い者になってしまうわ」
「忠治殿、、、」
「短い間であったが、楽しかったぞ」
忠次は才蔵に槍を渡すと、馬を返して、敵に立ち向かう。
体に巻きつけた竹焙烙を投げつけ、敵を吹き飛ばし、近づく敵を、刀を振り回して切り裂く。
「我こそは、市近衛衆が一人!酒井忠次、お市様の首取らせぬ!」
その姿に、追撃していた敵が怯み、市との距離が開き始めるが、津波の様に押し寄せる敵兵に、飲まれていく。
その隙に市が、坂を登りきるとそこには、織田の兵が待機していた。
「勝三郎!後は頼んだわよ」
「はっ、お任せを、構えよ!」
飛び込んできた市達を収容すると池田恒興が、兵に槍を構えるように指示を出す。
「見失うな!追え!追え!」
「なっ、何故こんな場所に、織田の兵が、居るのだ」
「うぉ、押すな!織田兵が、」
「うわぁ、、、」
「突き出せ!織田の力、見せつけよ!」
市を追って、坂を登りきった敵兵の前方に、異様な長さをした長槍を構えた織田兵が、待ち構えていた。
坂の下からは見えない配置に、兵を展開させていた織田の長槍隊に、気付いていなかった敵兵は、次々登ってくる味方に押し込まれ、長槍の餌食になっていく。
「一旦引けぇ!」
「引け引け!」
軍を率いる将兵が、次々に撤退の指示を出し始めた時、敵兵に向かって、崖の上から、織田の火縄が浴びせられる。
「何じゃ!何処から火縄が打ち込まれておるのだ。まさか、あのような場所からだと、、、50間はある距離ぞぉ!」
「あれは、大将首か?」
馬上から、必死に撤退するように指揮する男を見つけ、呟く的場源四郎。
「戦場で散った雑賀衆の者達の恨みを知れ」
(パァーン)
「ひけぇ、、、(パスッ)」
「殿ぉ!」
「うわぁ、、、逃げろ!」
馬上で指揮を執っていた葛西晴信の眉間に、源四郎の放った銃弾が撃ち込まれ、葛西晴信は、敢え無く討ち死にする。
葛西晴信の討ち死により、敵兵が四方に逃げ出し始める。
「今じゃ!突きだせぇ!」
内藤昌豊の号令で、林に隠れていた武田軍の長槍隊が、姿を現し、敵兵を突き刺す。
「見てみよ、あのように鹿ですら、此の崖を降る」
「「「「・・・・・・」」」」
「鹿で降れるのならば、我等に降れぬ道理は無い!」
「「「「!っ」」」」
「これより、此の崖を下り、敵に止めを刺す!赤揃え達の敵を討て!突撃ぃ!」
「「「「おうっ!」」」」
それを崖の上から見つめていた森可成が叫び、それに答え、騎馬隊が崖を降って行く。
「麻呂は我慢したでおじゃる、信玄!麻呂はもう我慢せずとも良いでおじゃろう!」
「見せ付けてやれ」
信玄を睨みつけながら、叫ぶ雉麻呂に静かに頷く信玄。
「大筒用意!騎馬隊の進む先に打ち込むでおじゃる!撃てぇ!」
次々と放たれる大筒の威力に吹き飛ばされ、騎馬隊に蹴散らされていく敵兵。
「本陣を前に出す!蹂躙せよ!」
「蹂躙するでおじゃる!」
「どうやら、我等は負けたようだな」
満身創痍の体で、山県昌景に向かって、話し出す黒川晴氏。
「少し、誤算があったみたいだが、大局は変わらなかっただろうさ」
「そうだろうな、、、」
「もう、やめないか?」
「最後にお主の様な男と戦えたのだ、悔いは無い」
「あんた、こうなる事を分かってたんだろ」
「武士は民に対して、怠慢になっていたようだな」
「・・・・・・」
「特に奥州の武士は、それが色濃く出ていたのだろう。民に見限られた時点で、悟るべきだったのだ」
「それは、俺達も一緒さ、気付かせてくれたのは、姫様だ」
「そうか、わしも仕える主が・・・あの方であれば、違う道もあったやもしれぬな」
「遅くは無い、悔いている者を、姫様は邪険には扱わぬ。悔いる事が無き者を嫌うのだ。それに姫様は生きて償う事を望む方だ。一度会ってみろ、死ぬのはその後でも構わないんじゃないか?」
「・・・わかった、お主の言うとおりにしてみよう」
槍を手放し、手を組んで前に出す晴氏。
「んっ?何してるんだ」
首を傾げながら、呟く昌景。
「いや、捕縛せぬのか」
「しねぇよ、まだ仕事がある。お前は、自分の足で姫様の元に行きな」
「ふっ、もしわしが、その場で姫様を斬ったらどうする?」
真剣な目で昌景を見る晴氏。
「多分、斬れねぇよ」
「何故、そう言いきれる」
「名のある武将達が、あの姫様の前に行ったら、何故か恐怖や威圧を感じて、動けなくなる」
「そんな馬鹿な」
「お前は感じなかったか?あの姫様の血の涙を見て・・・」
「・・・・・・」
確かに、あの女子が話す声には、力を感じた。
民に語りかける時に見せた、菩薩のような声や雰囲気が、一瞬で変わり、羅刹のような威圧感を漂わせていた事に、銃弾を受けた際に負った傷から流れ出る血は、まるで血の涙のようだった。
それを感じ取ったからこそ、民が納得し、信じたという事か。
「確かに出来そうに無いな」
「だろ?いまだに、うちのお館様も、姫様の前では緊張されるんだからな」
「あの甲斐の虎がか、、、」
「俺もあの方は恐い。言うなよ!」
「ああっ、言わぬわ、言えば、わしもただでは済まぬ気がするからな」
そういうと二人は共に笑い合うのであった。




