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獣達から見た天下  作者: 女々しい男
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奥羽決戦 その一

奥州を襲う巨大な敵、織田の軍勢が野営する場所を見つめながら、静かに立ちすくむ男、黒川晴氏。

「勝てぬな」

織田の軍勢を見て、静かに呟く。

葛西の諸侯が反対するのは、分かったおったが、共に参った大崎の諸侯はおろか、伊達家から、来られた中野宗時殿や、牧野久仲殿までが反対なさるとはな。

今、奇襲をして、織田に損害を与えていなければならぬのに、なぜそれをしない!

確かに、兵力はこちらが上、地の利も押さえた。

普通ならば、負ける戦ではない。

慢心しすぎじゃ!奇襲を行い、織田に牽制をかけ、硬く此の地を守れば、勝てる。

織田は遠征軍、そんなに長居は出来ぬし、もう直ぐ冬が来る。

雪が降れば、奥州の兵に勝てる者など居らぬ。

しかし、織田は余りに異質・・・それを理解せねば、勝ち目など無い。

兵として集めた民百姓の中に、普段と違う顔をしている者達がおる。

恐らくは、織田が行っている政策を知った者達であろう。

下手をすれば、離散するか・・・我等に歯向かう事も考えねばならぬか。

数日前に会った男の言葉を思い出していた。

(最早、奥州の武家は、土着していた民百姓への行いを改善せねばならぬ時が、参ったので御座います。よくよくお考えなされて、ご決断なされよ)

我等の祖先は、遥か昔、奥州を仕置きするようにと、朝廷や鎌倉から派遣された者達で治めてきた。

その事が、織田の逆鱗に触れておるとの指摘を受けた。

確かに、我等は、土着していた民百姓を手厚く保護する考えなど、持っていなかった。

織田は、民を第一に考える家と思ってはおったが、これほどとはな。

(武士は、民を守護する為にいると織田は・・・いえ、姫様は考えております)

あの男の言った言葉を初めは思いもつかぬ、戯けた事だと笑い飛ばし、追い出したが・・・。

「今なら、少し分かる気がするな」

我等は、高慢になりすぎたのだろうな、わしもこのように味方から、疎遠にされて気付くとはな。

「殿、連れて参りました」

困惑した顔をしながら、薄汚い男達を連れてきた近習は、晴氏を前にして、頭を下げながら、報告する。

「うむ、おぬし等は、下がっておれ。わしはこの者らと話をしたいのでな」

「しかし、此の者等は、土蜘蛛の末裔ですぞ!あぶのう御座います」

少し、微笑みながら話しかける晴氏に対して、近習は慌てて拒否する。

「よい、此の者等に遅れをとるほど、わしは弱くはないぞ」

「・・・はっ」

近習を下げると、陣に入ってから、すぐに頭を下げ続けていた薄汚い男達数人と、晴氏だけになる。

「面をあげてくれ、出来れば、腹を割って話がしたいのだ」

「「「・・・・・・」」」

晴氏の言葉を聞き、恐る恐る無言で頭を上げて、晴氏を見つめる男達。

「殿様、わしらに何の御用で御座いましょうか」

数人の男達の中から、年長者であろう一人の男が、晴氏に向かって、話し出す。

「いや、お主等の考えや気持ちが聞きたくてな」

「えっ!!!」

「なっ!!!」

「!っ・・・」

晴氏の言葉に、驚く男達。

「織田はどうやら、お主達の様な蔑まされた者達を開放しようとしておるようじゃ、わし等はお主等を今まで、蔑み、弾圧し、苦しめた・・・すまぬ」

「「「・・・・・・」」」

「この様に、謝って済む話ではないことなど、分かっておるが、何故かお主等に、謝りたかったのだ」

「とっ殿様!」

「我等になんという事をなされるんじゃ」

「そんなっ」

跪き、頭を土に擦り付け、頭を下げる晴氏。

「織田の軍勢を見て、悟るとはな・・・誠にすまなかった」

「「「!っ・・・」」」

驚く男達を前に、頭を下げ続ける晴氏。

「頭を上げてくだされ、殿様」

「殿様は、わし等に優しかった、わし等は殿様を恨んじゃおらん」

「そうじゃ、そうじゃ」

「・・・すまぬ」

頭を上げて、涙を流し、謝罪する晴氏。

「殿様は、死ぬきか、、、」

一人の男が、晴氏に対して、問いかける。

「そうじゃな、死にたくは無いが、死ぬじゃろうな。今まで、戦場で死ぬ事は、武門の誉と思ってきたが、今は、これから行われるであろう、織田の作る、違う先の世界が見たくなってしまったな」

呟きながら、上を向き、夜空を眺める晴氏。

「殿様、織田に降伏して下され」

「なっ長っ!」

「それは、他言無用の話です!」

年長者であろう男が、晴氏に話しかけ、周りにいた男達が慌てだす。

「やはり、そうであったか」

鋭い目付きとなり、年長者の男を睨みつける。

「はい、我等は、織田に助勢致します」

「長っ!」

「そうか、、、」

年長者の言葉を聞き、肩を落とす晴氏。

やはり織田は、民を懐柔しておったか、流石よな・・・織田市。

我等が、集めた民百姓の兵は大半が、織田に寝返るな。

「今ならば、わし等が、殿の助命を申し出ます、、、無闇にお命をお捨てになられるな」

「その気持ちだけでよい、この事は誰にも言わぬ。もう下がっても良いぞ、達者で暮らせ」

「殿様っ、、、」

わしの業は、此の命だけでは、補えぬのだろうからな。

一族全て、根絶やしになるであろうが、因果応報であろう・・・。

男達から背を向け、静かに思案する晴氏であった。


日も上がりきらぬ早朝、お市は人の気配を感じ、目を覚まし、体を起こす。

「・・・誰かしら?」

篝火の傍に、静かに控える忍びを見つめながら、呟く市。

「百地丹波で御座います、姫様、土蜘蛛の者等からの報告が有り、黒川晴氏に露見したと報告を受けました」

「そう、晴氏も悩んでいたようね、それで下るの?それとも清算しようと考えたのかしら?」

「晴氏が、土蜘蛛等を粛清したとは、考えなかったのですかな?」

「ふふふっ、報告が出来た事で、その可能性は無いわ」

静かに微笑みながら、呟くように話す市。

「流石ですな、どうやら清算する考えのようで御座います」

「硬いわね、奥州武士は・・・そこまで考えたなら、何故生きて、償おうとしないのか」

「古き武士の考えかと」

「そうね、そうでしょうね。なればこそ、消さなきゃならない、そんな考え要らないわ」

「・・・・・・」

お市の悲しげに呟く言葉を聞きながら、百地は心の中で思う。

姫様は、羨ましいのであろうな、その様に死んで楽になる事など出来ぬ故。

姫様ほど、死にたいと考えておられる方は、おらぬであろうな。

あれほど、優しく、人の心を誰よりも考える此のお方は、今まで、姫様を守り、織田の政策に希望を見出し、支持した多くの民が、命を投げ出して、散っていった者達の願いを、叶える為だけに生きておられるのであろうな。

でなければ、これほどの業を背負えぬ、それに我等の期待や気持ちを常に考え、行動され、その手を汚して、いらっしゃるのだから・・・。

「支度を用意して、策を始めるわ」

「御意」

百地は、苦しくなる胸を押さえながら、市の言葉に答えるのであった。



「本当になされるのか、姫様は」

「本庄殿、姫は頑固じゃ」

「そうだな、こうなったら、引かねぇな」

白い馬に跨り、金と銀で装飾された鎧を着込み、微笑んでいる市を見て、本庄繁長、熊、鴉が呟き合う。

「しかしあれでは、目立ちすぎるぞ」

「それに兜も付けては頂けなかった」

「あの鎧だって、普段着で良いって言う姫様に、頼み込んで鎧着てくれって言ったら、目立つ鎧ならって言われたからな」

呆れた顔をして、呟く三人。

「熊、ところでお前が、引き連れてる近衛衆は、何人連れていくんだ?」

「十名じゃ」

「俺のとこと同じか」

「わしもじゃぞ、十しか連れて行けぬ」

苦しげな表情を浮かべる三人。

「合わせても三十三名か」

「わしなんか、連れて行けと千名の近衛衆から直訴されたんじゃぞ、、、」

「俺のとこも同じじゃ」

「わしもじゃ、、、」

げっそりした顔をする三人。

「選別したが、残された者達の恨みを買っておるのは確かだな、、、」

「「うぬ」」

「もし、姫さんになんかあったら、、、」

「「言うな、、、」」

「ここにいる者達だけの命だけでは、すまされん」

「織田の領地には、戻れぬな」

「「うぬ」」

そんな三人の前に、三人の忍びが現れる。

「んっ?百地、藤林、望月ではないか」

「我等もかげながら、助勢致します」

三人を代表するかのように、藤林が進み出て、真剣な顔をして話す。

「姫様はご存知なのか?」

「いえ、言うと反対されますからな」

「確かに、、、」

「後で知れたら、怒られるぞ」

「怒られても、かまいませぬ」

「姫様のお命、何者にも代えがたく」

「そうじゃな」

「お互い、頑張らねばならぬな」

「「「「「おう」」」」」

六人はお互いに微笑みあいながら、市を見つめるのであった。


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