十兵衛の心服
一通の文が、濃姫様経由で私の元に訪れた
「織田の姫、お市様からか・・・」
私はこの文の封を開けなかった
今思えば、あの時に開けるべきであった
文が届いてから、暫くすると稲葉山城に呼ばれ、道利殿が讒言で義龍様や臣下の者達を惑わせるのを目の当たりにして、私は義龍様を諌めたが及ばず、城での謹慎の命を出された
まもなく義龍様は兵を挙げて、道三様を討つのであろう
私は一人部屋に篭り、途方に暮れると目に映った葛籠を手に取る
私は葛籠を開けて、仕舞っていた文を取り出す
封を切り、中を見て、私は驚愕する
「こっこれは・・・」
思わず、口から驚きの声が漏れる
文の内容は、この一件の背景やそれに至る経緯等が記されていた
「何故私は、すぐに封を開けて読まなかったのだ・・・」
後悔の言葉しか出ない
織田との密通を恐れ、文を読まなかった過去の私に腹が立つ
知っていれば、手はあった。私の落ち度だ
文の中にはもう一つ違う紙が添えられてあった
「そこまで読んでおられるのか・・・」
その紙には一文しかなかった。「暇になったら、私の元に来なさい」ただそれだけであった
私は織田の姫に興味と恐怖を抱く
それから義龍様は兵を上げて、長良川にて両軍が対峙しているとの知らせが入る
次々と入る報告に道三様の敗北を悟った。そんな時に違う知らせが入る
「殿!織田の姫が道三様の元に駆けつけた由!」
伝令の言葉を聞いて私は声を荒げる
「この期に及んで勝機があるとでも言うのか!」
私は思案する。どうやっても勝機は無いはずだ・・・
何を見落としている。私は何を・・・
まさか、裏切り!いや無いはずだ。そのような時間は無い・・・
いや有るではないか!私の元に来ていた文の内容はこの一件を予見していた
まさか!三人衆が裏切るのか!有り得る安藤殿が動く、そうすれば稲葉殿、氏家殿・・・竹中殿が動く
しかし、切っ掛けが無ければ動かん・・・
織田が動くのか!今、織田が動けば美濃は落ちる
そんな賭けを織田信長が打つのか・・・
尾張は今、纏まったばかり、だからこそとも言えるか!
不穏分子を先発させる!織田信安辺りを使うのか!読めた!
ならば、明智が打つ手は時間稼ぎ・・・
秘密裏に兵を集めておいてよかった。
「急ぎ兵を道三様の陣に向かわせろ!急げ!明智はこの一戦にかける!」
私は一心不乱に道三様の本陣に向かう
「明智十兵衛光秀!道三様に合力致すべく参上した!道三様にお目通りを!」
馬を下りて、駆け足で道三様の前に行き、肩膝を折り頭を下げる
「よう来てくれたな!頭を上げよ!十兵衛」
私の手を取り、喜ぶ道三様の横に幼い女子を見つける
彼女は私と目が合うと話し出した
「始めまして、十兵衛殿。少し遅いけど、私の策を貴方は読めたのかしら?」
その女子は微笑みながら、私に話しかける
「お市様ですか・・・」
私は確認するように言葉を発した
「そうよ、信長の妹市よ。こうなるのを防いで欲しかったのに、貴方まじめね」
微笑みながら話すお市様
「弁解の余地もございませぬ・・・」
私は急に恥ずかしくなり、顔を背ける
「斉藤に忠義立てしたのでしょう。仕方ないわ、悪いことではないもの。ただ・・・情報は命と考えなさい」
思わず、お市様を見た時。なんとも言えぬ、恐怖が私を支配した
「でも、ここに助勢に来たという事は読んだという事だから・・・優秀なのはかってあげるわ」
微笑むお市様を見て、私は魅了されてしまった
その後は私の読み通りに事が運んでいく
「ここまで読んでいるのか・・・」
思わず、口から言葉が出る
「まぐれよ・・・」
お市様は俺の横に並ぶと呟いた
私がお市様を見ると、戦の終わった戦場に向かって、手を合わせて泣いていた
その姿を見て私は自然に膝を折り、お市様に話しかける
「この十兵衛、姫に惚れました。姫様にお仕えしとう御座います」
深々と頭を下げて頼み込むと、姫様は私の両頬を両手を添えて、持ち上げる
「あたし、人使いが荒いわよ?いいの?」
すぐ目の前に現れた姫の顔を見つめながら私は思う
この方が作る世界を私は見てみたいと・・・
「どのように使われようとも、姫と共に進みまする」
私は姫の目を強い意志を持って見つめていた
「いいわ、十兵衛。付いて来なさい、私たちでこの間違った世の中を変えてみせましょ」
「御意!」
姫様と私は微笑みあっていた