奥羽決戦前夜
旧小野寺領から、葛西領に入る為、奥羽山脈を横切り、峠を越えた市率いる織田軍は、峠の入り口付近で陣を張る葛西、大崎、伊達連合軍と対峙する。
「流石に、待ち受けてたわね」
「我等が、兵を展開出来ぬ様にと、考えての事かと」
小高き丘にて、三方から峠の入り口を囲み、広がる連合軍の兵を見ながら、市は呟き、信玄が答える。
「このまま、兵を進めれば、袋叩きに遭うわね」
「しかし、此の道しかないでおじゃるな」
「そうね、我が軍の力が、試される時なのかもね」
そう言いながら、市の目は、ある場所を見つめ続ける。
「ほう、足利家と同じ、二つ引両の家紋ですか」
市が見ていた場所を、見る信玄。
「ええっ、よりにもよって、大崎義隆が、黒川晴氏をこちらに向かわせるとわね」
「姫様は、その黒川某を気にしておじゃるか?」
不思議そうな目で、市を見ながら、話しかける雉麻呂。
「此の場所で、待ち受けるように考えたのは、あの者でしょうね」
「ほう、中々の武将ですな」
「奥州では、気にしなきゃならない武将の一人でしょうね」
「しかし、姫がその様な顔をして、話しても、説得力が無いでおじゃる」
市の微笑む顔を見ながら、信玄と雉麻呂が答える。
「そんな事無いわよ、兵力は向こうが上、それに此の地形では、かなりの負担が、織田の兵に掛かるわ」
「如何なさいますか?」
興味を持った顔をして、問いかける信玄。
「まっ、私にも、考えがあるわ。でもこれを皆に伝えたら、きっと反対するでしょうけどね」
微笑みながら、信玄に話しかける市。
「反対されたとしても、その策を実行されるおつもりですな」
「信玄は、反対しないでね」
「なんと、」
「それが、姫でおじゃるよ」
満面の笑みを浮かべて、話す市に、否とは言えない信玄と、何故か悟りを啓いたかの様な顔をする雉麻呂であった。
その後、各将を本陣に呼びつけると、市は策を皆に伝える。
「なりませぬ!その様な事、某は反対で御座る」
「姫様、お考え直しを!」
「お館様も、姫様を止めてくだされ!」
「その様な危険な事をされては、信長様になんと言われるか」
本庄繁長、馬場信春、山県昌景、熊が、声を荒げて反対する。
「ほらね、反対したでしょ?」
信玄を見つめながら、呟く市。
「しかし、此の者等の意見も分かりまする。此の策は危険すぎまする」
信玄が苦しげな表情で、市に話しかける。
「まっ危険に見えるでしょうね、あたしが先頭を切って、峠を下ると言えば、そう言うわよね」
「姫様を囮になど、使えませぬ!」
「姫様にもしもの事があれば、我等全員の命でも、償えませぬ」
「お考え直しを」
呆れた顔をして話す市に、皆が反対の意見を述べる。
「装備や兵の質で言えば、我が軍が、相手方に劣る所は無いわ」
「なれば、我等を信じて、後方で、お待ちくだされ」
「繁長、心配してくれてるんでしょうけど、よく考えなさい。そんな我が軍といえど、あの地形では、流石に袋叩きに遭うわ」
「そっそれは、」
市の言葉に、反論出来なくなる繁長。
「じゃ、逆に聞くわ、反対するなら、何か別の策があるのかしら?」
「「「「・・・・・・」」」」
「ほら、沈黙したでしょ?此の策が一番安全でもあるのよ」
「しかし、我等、将兵とお市様のお命が同じである訳でも、」
「繁長!そんな言葉、二度と私の前で発するな。私の命も織田に属する者達の命も同等だと考えろ」
「!っ、、、申し訳御座いませぬ」
「二度目は無いわよ」
市に睨まれた繁長が、体を震わせながら、答える。
「姫の策を実行するなら、姫の護衛は俺達で決めさせてもらうぜ」
「我は、姫様から離れぬ」
「わしもじゃ」
鴉が、市に向かって話しかけると、熊と繁長が追従する。
「もう、一人でも良いのに、」
「そう言う訳にはいかねぇよ、我等も姫の我侭に付き合うんだからな。このくらいは言わせて貰う」
「過保護過ぎるわよ」
「なんと言われても、この件は引けねぇし、俺も護衛に付く」
「鴉は駄目よ、雑賀衆を見てもらわなきゃ、此の策は雑賀衆の力が重要なんだから、」
「あいつ等は、源四郎に任せるから良いんだよ」
「あらっ、いいの?源四郎、鴉があんな事、言ってるけど」
市は、鴉の後ろに居た、的場源四郎を見ながら、話しかける。
「仕方ありますまい、姫様の事となると、言う事を聞かなくなりますし、無理やり残しても、役にもたちますまい」
呆れた顔をしながら、話す源四郎。
「それもそうね・・・」
「源四郎っ!」
「なんだ?間違った事でも言ったか?」
「くっ!」
市は納得し、源四郎に言い込められた鴉が、不機嫌な顔をする。
「じゃ、あたしと熊の連れた近衛衆、鴉、繁長の手勢は一緒に行きましょう。ちょっと多いかしら?」
「「「多くは御座らん!」」」
「あっはい、、、」
三人の剣幕に、少し押さえ込まれる市。
「あとは、織田鉄砲隊の指揮は蔵、武田鉄砲隊は虎綱に任せる、雑賀衆は所定の位置で待機、敵が誘い込まれたら、撃て」
「「「はっ!」」」
織田の鉄砲隊を指揮する佐々成政と、武田の春日虎綱、雑賀の源四郎は了承する。
「鉄砲の後は、織田の騎馬隊と武田の赤揃えに突撃してもらう、道無き場所を通ってもらう事になるけど、任せたわよ可成、昌景」
「「はっ!」」
織田騎馬隊を指揮する森可成と、山県昌景が了承する。
「武田本隊の指揮は信玄、雉麻呂は、織田本隊の指揮を執りなさい。大筒は、鉄砲隊と連動して使うように、連弩戦車の運用は一任するわ。騎馬隊の通過した場所を漏らさず、兵で埋めながら進みなさい」
「畏まりました」
「分かったでおじゃる」
武田信玄と雉麻呂が了承する。
「昌豊の部隊と恒興の率いる織田長槍隊の場所に、私達が逃げてくるから、それを追ってきた敵兵を食い止めなさい」
「御意!」
「はっ!」
内藤昌豊と池田恒興が了承する。
「今日は、良く寝て、明日に備えなさい」
「えっ、奇襲の注意は、」
「要らないわ。相手は慢心してるようだから・・・」
「しかし、このような好機を逃すとは、」
「そうね、私達なら奇襲するわね」
「ならば、注意するべきではないでしょうか」
「それは、進言する者によるのよ」
「えっ」
熊が、首を傾げる。
「進言するのは、黒川晴氏」
「なるほど、葛西と伊達が、これ以上、功績を挙げられるのを嫌いますか」
「流石、信玄ね」
「このような時にまで、足の引っ張り合いでおじゃるか」
「大軍を率いている事で、慢心しているのもあるでしょうね。特に葛西は」
「葛西と大崎は本来であれば、敵同士という事ですな」
「そっ、織田が攻めてくるから、手を結んだだけだもの。織田との決着が付けば、葛西は集めた兵で、大崎を攻めるでしょうね」
「なんとも言えませぬな」
「でもね、葛西と大崎が争う事などもう無いわ・・・だって消えるんですもの」
「「!っ、、、」」
市の浮かべた笑顔に、言葉を無くす信玄と雉麻呂であった。
市が予見した通り、黒川晴氏は、集まった諸侯達の前で、奇襲の進言をするが、聞き入れられず、決戦の朝を迎えてしまうのであった。




