小野寺と正信
天童を含む、最上八楯を根絶やしにした後、織田の軍は最上領を抜け、小野寺領に向かっていった。
最上義光は、すぐさま居城である山形城に急ぎ、たち帰ると、伊達に嫁いだ妹、義姫に文を書く。
文の内容は、最上での仕置きを鮮明に書き込んであった為、それは常人では、目を背けたくなるほどの内容であった。
しかも、義姫は、嫁いだ先の伊達輝宗の子を身篭っており、本来であれば、妹思いの義光からすれば、見せたくも無い文であった。
このままでは、奥州の名だたる武士は、全て織田の手で消されてしまう。
今までの、奥州の常識を貫けば、お家はおろか、女子供さえも消される。
時代が変わる、義よ、輝宗殿を説得しなければ、伊達はおろか、お主達まで消えるぞ。
「これを急ぎ、義の元に」
「はっ」
義光が片手を上げると、直ぐ傍に羽黒忍びが現れ、文を渡す義光。
羽黒忍びは、文を受け取ると直ぐに姿を消す。
「間に合えば、良いのだが」
義光は体の芯から出る震えを、必死に抑えながら、呟くのであった。
最上の内乱を察知し、兵を居城である横手城に、集めていた小野寺光道は、戦支度のままの姿で、名も名乗らない使者を相手にしていた。
「この忙しい時に、名も名乗らず、小野寺が滅ぶと門番に言ったそうだな」
着ている着物は所々、破けており、とてもではないが、使者と言えそうも無い男を前に、景道は怪訝な顔をして、話しかける。
「はい、このままでは小野寺は、滅びます」
「どうして滅ぶのじゃ?今、この小野寺を攻めようという者は居らぬ。逆に今は最上の内乱で、領土を増やす好機なのだぞ!繁栄する事はあっても滅ぶなどと、縁起でもないわ!」
「その内乱、もう直ぐ、収まりましょう」
「何っ、」
「お言葉を挟み、申し訳御座いませぬ」
「んっ、道為か」
「若殿、某が質問をしてもよろしいか?」
「ふむ、お主ならば良い、質問せよ」
みすぼらしい男と会話をしていた光道が、傍に控えていた八柏道為の言葉を聞き入れる。
「有難うございまする、ではお主・・・いや貴方は、織田の手の者ではないですか?」
「なっ!」
「・・・・・・」
静かにみすぼらしい男の前に進み、男の目の前に座り込む道為。
光道は、驚きの声を上げ、みすぼらしい男は沈黙したままであった。
「何も、仰らないと言う事は、肯定と捉えますぞ」
「流石は、小野寺家中随一の知謀の将と言われた、八柏道為殿ですな。左様、私は織田家、軍事開発部将補本多正信」
「やはりな、もう織田は動いておるのであろう」
「わかりませぬな」
「ふっ、誤魔化せぬよ、確かに織田が動いておるのであれば、すぐに内乱は収まろうな」
「なっ、絶好の好機が、織田め」
二人の会話を聞き、光道が手にした扇子を握り締めながら、悔しがる。
「悔しがっておいでか?」
「悔しがって何が悪い!最上の領地を切り取れる好機を逃したのだぞ!いや、お主、まだ織田は介入しておらんのではないか?我らに介入されないように、虚言で、我らを謀ろうと考えておるな!」
「ふっ、そのような事をするとお思いか」
「若殿、そのような虚言をつく必要が、織田には無いかと」
「いや、上杉の内乱や、最上の内乱の後ろには織田が、暗躍しておるのであろう!」
「殿、もし織田が暗躍していたとしても、我らが織田に対して立ち向かう事が、出来る訳が御座いませぬ」
「やって見らねば、分からぬであろう!」
「やって見らねば、分からないでは、お家が消えますぞ!織田の力を侮り召されるな」
「此処は奥州出羽じゃ!中央の者などに負けぬわ!」
「若!」
「もうわしは、父上から家督を継いだのじゃ!わしの命を聞け!道為」
「では、大殿と話をされてくだされ」
「必要ないわ!もうよい!兵を最上領に差し向ける!」
「若っ!もし、本多殿の言う事が本当であれば、織田と鉢合い、戦をする事になりまする!おやめなされ」
「うるさい!最上の領地切り取ってから、考えるわ!」
「なっ何を仰っておるのですか!」
「遅かれ早かれ、織田には下らねばならぬであろうが、領土を増やした上で、降伏する」
「そのような身勝手な考えが、織田に通用するとお思いか!直ぐ織田に、降伏する事が肝要です」
「何っ、武士たる者、一戦もせずに下れようか!我が軍の精強さを見せつけ、譲歩を引き出してくれるわ!」
二人の会話を静かに聞いていた正信は、静かに立ち上がると、無言で背を向け、その場を去ろうとする。
「おっお待ちくだされ、本多殿」
立ち去ろうとする正信を、引き止める道為。
「好きになさるが良い、わしはまだ話をしに、行かねばならぬ場所がある」
「なっ、本多殿は小野寺に降伏せよと、言いに来たのでは無いのですか」
「降伏を進めに?そのような事、露ほどにも思っておらぬ、私は生かす者と消す者を選別する為に、遣わされただけで御座いますれば、もっとも生きるも死ぬも決定権など、我らにある訳もないのですがね」
「なっ、」
「降伏されるとしても、許されるとは限らない。本当に奥州の上に立つ者達は、民を見ておらぬゆえ、そのつけを払わねばならないでしょうな」
冷たい声で呟く正信。
そこに慌てた顔をして、伝令兵が走りこんでくる。
「なっどうしたのだ!何かあったのか!」
「殿っ、最上国境より、四つ割菱の家紋と風林火山の旗印の軍勢が、我が領内に侵攻中!急ぎ、援軍を!」
「なんだとっ、武田が来たのか!小野寺を舐めおって!」
伝令からの報告を聞き、怒りに身を震わせる光道。
「もう、兵を進められますか、お市様」
静かに呟くと、その場を離れようとする正信。
「貴様、何処に行く、この者を捕らえよ!歯向かえば、斬れ!その首、織田に送りつけ、小野寺に侵攻した事を後悔させてやれ!」
「「「はっ!」」」
光道が叫ぶと、近習の者達が、正信を取り囲む。
「若っ!なりませぬ!本多殿を斬れば、小野寺は消えます」
「煩い!斬れ!」
「逃げてくだされ、本多殿」
「では、失礼致します。もう会う事も無いでしょうが」
正信は、光道に向かって話した後、静かにその場を歩いて、離れて行く。
そんな正信を庇い、正信を斬ろうとする者達を斬っていく道為。
正信は刀も抜かず、ただ静かにゆっくりと歩いて行く。
「八柏様!ご乱心!ご乱心!」
「馬鹿めっ!本多殿が斬られたら、小野寺は終わりぞ!」
叫びながら、なんとか城門までたどり着く。
「クッ此処までか」
城門前には火縄銃を抱えた兵が、横一列に並んでいる姿を見て、体中を斬られ、満身創痍になった道為は、肩を落とし、呟く。
「撃てぇ!」
(パァンパァンパァンパァンパァンパァン)
「させぬぅ」
(パスッパスッパスッ)
火縄の前に立ち塞がり、正信を庇う道為。
数発の弾が、道為に命中する。
それでも、立ちつづけて正信を守る道為。
「やめよ!道を開けよ」
「大殿、、、」
「父上っ」
正信達を取り囲む兵が、道を開けて、小野寺景道が姿を現す。
「道為、大丈夫か」
「大殿、若を、、、」
「すまぬ、道為」
景道の姿を見て、言葉を伝えきれず、事切れる道為。
「光道を捕らえよ、皆、武器を捨てよ」
「なっ、離せ!離さぬか!」
周りの兵に取り押さえられて、縄を打たれる光道。
「小野寺は織田に降伏致します、本多殿お願いできまするか」
正信の前で、土下座をして、話す景道。
「降伏の件は、お伝えしておきましょう。半蔵お願いできますか」
「わかった、姫様に伝えておこう」
土下座する景道を見つめながら、正信が話すと傍に半蔵が現れ、了承し、消える。
それを見届けた正信は、戸沢領に向かっていくのであった。
その後、光道は城を抜け出すと、密かに反織田派を纏め、戸沢領に向かうのであった。




