奥州の怨鎖
最上義光との会談を終えた、本多正信は急ぎ、北に向けて移動して、最上領を抜けると小野寺領に入った。
「これは酷い」
思わず、口からこぼれ落ちる本音。
「・・・(不味いな)」
田畑は荒れ果て、痩せ細り、力無く座り込み、目の光が、今にも消えそうな民達を見て正信は、心の中で、大きな不安が渦巻き始める。
最上領でもそうであったが、奥州では、武士の土着民に対する扱いは、悪辣すぎる。
これは上に立つものが、民を同じ人と思っておらぬな。
不味い、今の姫様は、勘気が日々膨らんでおる。
間違いなく、奥州の大名達が行っているであろう、民の扱いに対する報告を聞いておられるのだろう。
報告ではなく、実際にこんな風景をお見せしたら、姫様の勘気、収まろうはずが無い。
「急がねばならぬ」
三河での仕置きを思い出しながら、正信は、小野寺の居城横手城に向かって、足を速める。
上杉領と最上領の国境を越えて、数名の男女が、荒れ果てた農村を通過しながら、そこに住む民を見ていた。
「これが、貴方の治める領地と民ですか」
冷めた声で、隣に居た男に、呟くように質問する女。
「・・・・・・」
隣に居た男が、体を震わせながら、沈黙していた。
「今まで、この状況を普通だとでも、思っていたのでしょう?沈黙ではなく、答えろ義光」
「・・・はい」
「そう、今までは、それで良かったかもしれないけど、もうこの地は最上領ではない、織田の領地なのよ。分かってるわね義光」
「はっ、織田の政策を徹底させまする」
「それならいいわ、このような民の姿・・・二度とあたしの目に入れるな」
「はっ、お市様の期待、裏切りませぬ」
震えを止めて、深々と頭を下げて了承する義光。
「信玄は、あたしの供回り衆と一緒に進むわよ」
「はっ、お任せを」
「犬は尾張、伊勢、岐阜の騎馬兵三千を率いて、此処より東側にある周囲の支城を落としながら、北に向かいなさい。一益も加賀、能登、越中、飛騨の騎馬兵四千を率いて、此処より西側にある周囲の支城を落としながら、北に向かいなさい。城にある食料は周辺の民に返せ、城は燃やせ、武士の捕虜等は要らぬ・・・歯向かう者は、女子供であっても、すべて殺せ」
「!っはっ」
「・・・はっ」
「山県、あんたは犬と一益の補助を頼むわ」
「はっ!」
「最上の仕置き終われば、小野寺、戸沢、安東、大崎、葛西、南部、伊達全て潰す!時間など掛けれない!奥州の民をこれ以上・・・ほっとく事なんて出来ない!いいわね、全てはあたしの命、鬼になれっ!良いな!」
「「「「「はっ」」」」」
「すすめぇ!」
右手を高々と振り上げると、素早く振り下ろしながら、叫ぶ。
すると、市の後ろから、騎馬武者が複数現れ、それぞれの攻略する城に向かうその数、総勢六万。
この六万の軍勢には荷駄隊の数は含まれておらず、含めると10万以上の人が動いていた。
対する最上八楯の兵は荷駄隊まで含んで、総数五千にも満たしていなかった。
それに最上の装備は、織田の最新鋭の装備に比べると、明らかに劣っていた。
火縄にしても、所有する数が違いすぎる事(この時、市が奥州に持ち込んだ火縄の数、織田一万丁に対して、最上八楯二百丁)、有効射程が(織田60間:最上八楯15間)という差はいかんともしがたい埋められない差であった。
また、織田の最下級である二士の装備ですら、全国の侍大将並の装備よりも、良い武具や防具を着込んでいた。
それだけではなく、最新鋭の大砲(市の改良済)を百門、連度戦車五百という途轍もない過剰戦力を奥州に投入していたのであった。
兵の質も明らかに違い、戦のみを考え、訓練された、専業武士で構成されていた織田軍に対して、ほとんどが半農兵である奥州の兵は、大人と子供の差があったと言える。
そんな軍が、無人の野を行くかのごとく、北上する。
最上八楯は、果敢に立ち向かうが、織田の火縄や大砲に太刀打ちできず、奇襲などの策を、敢行するが、全て潰される。
「つっ、強すぎる」
10日も経たず、最上八楯達を天童城に追い詰めてしまった織田の軍を見つめながら、天童頼貞が肩を落としながら呟く。
「延沢満延様、お討ち死に!織田軍の本庄繁長に討ち取られました!」
「なにっ!あの満延が討ち取られただと、、、」
報告する伝令を睨みつけ、肩を落とす頼貞。
「最早、八楯も我ら、天童家のみ、父上、降伏致しましょう」
「しかし、こうふっ(ドンッ)なんじゃ!何が起こった」
「父上!織田の大筒で御座います!」
「なにっ!」
慌てふためく頼貞に対して、城の外を窓から覗いて確認する頼澄。
「最早、織田は我らを生かす事など、考えておらぬようです」
「クッ、なぜじゃ何故このような事に、、、」
冷たく話す頼澄に、頼貞は座り込み頭を下げていた。
「姫、天童城を包囲完了いたしました」
「そっ、大筒を打ち込みなさい」
「はっ!打ち込み用意!撃てぇ」
「「「「撃てぇ!」」」」
次々と打ち込まれる砲弾を見ながら、次の指示を出す市。
「信玄、小野寺領に侵攻しなさい」
「速やかにおこないまする」
「お市様、そのように急がずとも」
「何、忠次?これでもゆっくりと進んでるつもりよ・・・」
「!っ」
市の顔を見て、体が硬直し、動けなくなる忠次。
「姫、城から女子供が、逃げ出しております」
口に笹を咥えた男が、市に報告する。
「そんな報告要らないわ才蔵、殺しなさい」
「へっ」
冷めた声と無表情な顔をして、囁く様に話す市。
「聞こえなかったのかしら?女子供とて、逆らった者達は許さぬと言ったわよね」
「しっしかし、」
「しかしもないわよ。いいわ、捕らえ、私の元に連れてきなさい」
「はっ」
こうして、市の元に連れてこられる天童の女子供達、その数、百数名。
「助けてください」
「この子だけでも、お願いいたします」
「いやだぁ!助けてぇとうさまぁ!」
「かあさまぁ!たすけてぇ」
連れてこられた女子供を見つめながら、市が口を開く。
「うるさい」
「「「「!っ」」」」
今まで、叫んでいた者達が、市の一言で、静かになる。
「いい服を着てるわね。坊や、あらっ、お嬢ちゃんも綺麗な服を着て、顔色は悪いけど、良い物を一杯食べてきたんでしょうね」
「「ああっ、、、」」
幼い子供の顔を触りながら、冷たい声で呟く市。
「あんた達には、罪がないと思っているみたいね?」
「なっなにをするの!子供に触らないでぇ!」
女が飛び出してきて、市を押しのける。
「貴様っ!お市様に対してぇ、何という事を!」
「いいわっ、やめなさい」
「しかしっ、、、はっ!」
女子供を取り囲む兵の一人が、飛び出してきて、市を押しのけた女に槍を向けると、市は立ち上がりながら、兵を止める。
兵は市の目を見て、直ぐに槍をしまう。
「母性はあるようね、残念だわ。その母性、民にも向けてほしかったわね」
「なっ何を言ってるの、私たちは武家の者よ!民百姓風情に、どうしてそんな事をしなければならないの!」
「そう考えるでしょうね、武家は余りにも驕り過ぎている。最早諭す事さえ、困難なほどに」
「何を、、、抵抗出来ぬ女子供なのよ、まっまって、あたしが悪かった突き飛ばしたりして、だからゆるっ、、、ああっ」
女は子供を抱きしめながら、後ろに後ずさる。
「突き飛ばされても、かまわないわ。それだけの事をしたとは分かってるから、でもこれは、そんな事で行うのではないわ。貴方が見下す百姓達も、同じ感情を持ってるのよ」
「ああっ、、、(グサッ)」
抱いていた子供と共に、持っていた刀で突き刺す市。
「きゃぁ!たすけてぇ!」
「いやだぁ!たすけてぇ!」
「うわぁ!たったすけてぇ!」
市の行動で、捕われた女子供が叫び、逃げ出そうと騒ぎ出す。
「全て殺せ」
冷たい声で命令を下すと、市はその場から、静かに立ち去る。
その光景を城から見ていた男達が、一斉に城から飛び出し、市の本陣に向かってくる。
「ぐぉ!魔王め!」
「我が死すとも、お主も道ずれにしてくれるわぁ」
血の涙を流しながら、怨鎖の声を叫び散らしながら、立てこもっていた兵が、城から飛び出してくる。
「放て、、、」
待ち構えてある連弩戦車の列に向かってくる天童の兵に向かい、熊が叫ぶ。
一斉に発射された矢が、天童の兵に突き刺さる。
こうして、最上の仕置きは終了する。
「奥州の民の苦しみと恨みは、こんな事では晴らせそうも無いわね」
「!っ」
なんというお方だ、このような戦力と非情さ、奥州はなんという化け物に睨まれてしまったのだ・・・。
市の呟きを聞いた、義光は心で思い恐怖に震えていた。




