褒美
越後上杉家の本拠地、春日山城の一室に一人の女が訪れていた。
「あんたが、政景かしら?」
上座の位置に座る女子が、正面の下座に座り、頭を深々と下げる政景に向かって、優しく話しかける。
「はっ、織田市様に拝謁出来、恐悦至極」
「硬いわね、そんなに脅えなくてもいいわよ」
「、、、脅えてなど」
なんだ、この威圧感は・・・謙信侯の比ではない。
優しき女子の声の中に、恐怖がこもっておる。
「震えてるわよ、体が・・・」
「ぐっ・・・」
体の震えを抑えようとする政景。
「姫様の威圧は少々、強いですからな。並みの者では耐えれますまい」
苦笑いを浮かべながら、右側の下座に座っていた男が、声をかける。
「あらっ、信玄にそんな事言われちゃったら、あたし、傷ついちゃうわよ」
少し、頬を膨らませながら、話す市。
「それは申し訳ありませぬ。しかし、姫様には自覚して、頂けなければ、下々の者が困りますのでな。わしですら、いまだに緊張致しますぞ」
苦笑いを浮かべたまま話す信玄。
「そんな事無いでしょうに・・・まっいいわ。政景、顔を上げなさい」
「はっ」
「今回の内乱は織田が、直接助けた訳ではないから、仕置きはあんたに任せるわ。出来るかしら?」
顔を上げて、市を見る政景に、冷たく話しかける市。
「、、、はっ、有り難き幸せ」
「あと少し、遅かったら掃除してあげれたのにね・・・残念だわ」
「!・・・」
市の言葉を聞き、表情を見て、震えが収まっていた体が、再度震えだす政景。
「ところで、我が武田が、預かっておる捕虜は如何致す?政景殿」
震える政景に向かい、追い討ちをかける様に、信玄が話しかける。
「そっそれは・・・」
答えに困惑する政景。
「政景に対して、叛意を翻した者達ですからね、そのまま戻すのは、難しいかもしれないわね。扱いに困るでしょうし、柿崎景家と斎藤朝信の二将と言えば、上杉では名の通った将でもあるわけだし」
「・・・・・・」
顎に手を当てながら、話す市に対して、政景は沈黙する。
「柿崎と斉藤の処分は、顔を見て、話してみない事には、何とも言えないわね。それに二将を捕らえた山県昌景と秋山信友、甘粕景持を討った本庄繁長には、褒美を上げなきゃだけど、何か欲しい物あるのかしら?」
市は、政景の後ろに座り、頭を下げていた三人を見ながら、声をかける。
「褒美が欲しくて、おこなった訳ではありませんので、褒美など不要に御座います」
三人を代表するかのように、昌景が頭を下げたまま、声を出す。
「あらっ、殊勝な心がけね。でもね、織田の直臣じゃない貴方達には、あたしが褒美を何か上げないと、色々と困るのよね。織田の役職をあげる訳にもいかないしね・・・」
困った顔を浮かべて話す市。
「お市様にお願いがございます」
信友が意を決したような声をあげる。
「んっ?秋山信友?だったかしら?何か欲しいものがあるのかしら?」
市が首を傾げながら、信友に声をかける。
「こらっ!信友、控えよ!」
信玄が慌てて、声を荒げる。
「煩い!信玄黙ってて!」
「!、、、はっ」
「信友、気にしなくていいから、顔をあげて、言ってみなさい」
優しく信友に話しかける市。
「そっそれが、、、」
頭をあげ、顔を赤くして、口をパクパクさせる信友。
「どっどうしたのよ、落ち着いて言ってごらんなさい」
「はっ・・・おっおっ、、、」
「おっおっ?何?ちゃんと喋りなさい!あんたそれでも、甲斐の牛なの!」
「はっ!お市様の叔母上であらせられる、おつやの方様を嫁に下され!」
真っ赤な顔をして、話す信友。
「へっ?まじで?」
呆気に取られる市。
「まじ?とは分かりませぬが、本気です!岩村の戦の際、一目見てから・・・忘れられませぬ」
耐えられなくなったのか、下を向き、羞恥心で体が震える信友。
「そっそうなの、でも勝手には出来ないわね」
「、、、やはり・・・」
肩を落として、崩れそうになる信友。
「う~ん、でも叔母上が良いなら、あたしは構わないわよ」
「・・・えっ!」
思わず、顔を上げて声を出す信友。
「じゃ、紹介はするから・・・頑張って見たらどうかしら?」
「ありがとう御座います!有難う御座います!有難う御座います・・・」
涙を流しながら、喜ぶ信友。
「じゃ、信友はそれが褒美で良いのかしら?なんか物が良いんじゃないの?」
「いいえ!おつやの方様との縁を持てただけで、十分すぎます!」
「あっ、、、わかったわ・・・がんばって・・・」
後ろに後ずさりながら、答える市。
「お市様、わしの願いも聞いてもらえますか!」
「いいわよ、あんたはたしか本庄繁長だったかしら?願いは何?」
「はっ、お市様にお仕えしたい!」
「へっ?だってそれは、政景が困るんじゃないの?」
市が困った顔をして、政景を見つめる。
「確かに、困りますな」
「じゃ駄目だわ」
「ぐっ・・・」
「しかし、今の繁長を上杉に置いて置いても、役に立たぬでしょうし、恨まれますので、よろしければ、繁長をお市様のお傍に、置いて貰えませぬか」
「なるほどね・・・あたしの近くは辛いわよ?いいの?」
「はっ、お市様に生涯の忠誠を誓いまする!」
落ち込んだ顔を一瞬で変えて、喜び市に忠誠を誓う繁長。
「大げさね、まっいいわ。よろしくね繁長」
「はっ!」
「良かったな、繁長。上杉の恥になるなよ」
「政景殿、この恩忘れぬ」
微笑みあう二人を見つめていた市は、目を離して、最後の男に声をかける。
「山県昌景、あんたは何も無いの?」
「はっ、これといって何も・・・」
困った顔をして、市に対して、苦笑いを浮かべる昌景。
「熊、あれ持ってきて」
「はっ」
熊が市に言われた(あれ)を持ってくると市の前に差し出す。
「これあげるわ。使いこなしてみなさい」
市は目の前に置かれた槍を、指で指しながら、昌景に話しかける。
「こっこれは!」
「良い槍でしょ、日本号と言う名槍らしいわ」
「なっ!にっ、日本号!それを某に!」
「なっ!」
「まさか・・・」
「げぇ!」
目が飛び出るかと思ってしまうほど、驚く昌景に対して、周りの者達も驚きを隠せない。
「その槍に負けないような武功を上げなさい」
「織田に、いや民に仇なす者を、この槍にて成敗して見せまする!」
昌景が日本号を泣きながら、受け取る姿を見ながら、優しく微笑みながら、見つめる市であった。




