それぞれの強行
「信玄様は、赤揃えを先行させて、春日山城の救援に向かわせ、ご自身も軍を率いて、越後に侵攻を開始、次々に国清派の城を攻め落しておるとの事」
岐阜を出立したお市率いる軍勢は、急ぎ越後に向かい行軍していたが、信濃国境付近にて、お市は半蔵より報告を受けていたていた。
「流石、信玄ね・・・伝令を派遣してから、そんなに日数は経ってなかったのに、もう越後に侵攻してるとはね」
市は輿に揺られながら、半蔵の報告に頷きながら答える。
「しかし、姫様も騎馬隊だけで構成された軍を、先行させておられるとは、恐れ入りました」
「騎馬隊を有効に使うなら、先行させて攪乱に使った方が良いって、思っただけよ。信玄も同じ考えだったようだけどね」
「そう言えば、滝川一益殿も親族衆の益重殿に、騎馬隊だけで構成された軍を任せて、先に越後に派遣したようです」
「一益も中々優秀だわ、配下も優秀な者がいるようだしね。飛騨を経由させて、越後に向かわせた犬に任せた騎馬隊と、今頃は一益が、先行させた騎馬隊が、合流してるかもね」
「それならば、姫様が越後に着かれた時には、平定されておるやもしれませぬな」
「確かにそうなるかもね、こっちは攻城兵器とか動かしてるからねぇ。どうしても行軍速度が落ちるのよねぇ」
「間に合わぬと思っておられるのに、攻城兵器・・・まさか!越後だけでは無いのですか」
驚きを隠せない半蔵。
「半蔵、姫様は奥州を散策に行くつもりだ」
「正信殿、それは・・・」
困惑している半蔵に市は声をかける。
「半蔵は正信と共に奥州に向かいなさい。奥州の大名との交渉は正信に一任する。でも覚えといて、民の為にならないような者にあたしは情けなど、かける気は無い。あたしもすぐに奥州に向かうと思うから、選別だけしとく感じでいいから・・・」
顔を背けて、怪しげに微笑む市の顔を見て、正信と半蔵は共に不安を覚えるのであった。
越後に向かっていた犬が率いる騎馬隊が、越中に入ると木瓜の家紋と共に丸に竪木瓜の旗印を付けた騎馬隊が、越後方面に駆ける姿を見つける。
「どうやら、一益殿も先に騎馬隊を越後に向かわせたのか・・・流石は一益殿といったところか。合流する!」
呟き、叫ぶ犬に馬を寄せて、男が話し出す。
「殿、滝川軍の中に前田の家紋、梅鉢が・・・」
言いにくそうに話す男。
「助右衛門、まさか・・・奴がいるのか!」
犬は嫌そうな顔をしながら、奥村助右衛門に話しかける。
「恐らくは、滝川家は慶次殿から見れば、実父の家にて、居てもおかしくは無いかと」
「では・・・別行動で」
馬の進行方向を変えようとする犬。
「そのような事出来る訳が無いでしょう!姫様になんと言われるか!」
「くっ、仕方なし・・・」
助右衛門に呼び止められて、嫌々、滝川騎馬隊に合流する犬。
すると滝川軍から一際、大きい馬に跨った男が、犬に向かって駆けてくる。
「んっ?叔父御ではないか、声ぐらいかけてくれれば良いものを、相変わらずつれないのう」
犬を見つけて声をかける、前田慶次郎利益。
「慶次か、儂の前に姿を見せるな!あっちに行っておれ」
慶次の顔を見ると直ぐに顔を背け、手で追い払おうと動かす犬。
「その様に人を粗末にすれば、お松様がまた家を飛び出しますぞ」
嫌らしい顔で微笑みながら、話す慶次。
「なっ何故知っておる!また松はお主の所に行ったのではないのか!」
顔を赤くして叫ぶ犬。
「今、儂は能登に居るのですぞぉ。お松様が来るわけもなかろう。まっ来ても歓迎はするが・・・」
犬の問いに答える慶次。
「来てないならば、良い・・・んっ、来ても歓迎じゃと!」
安心した顔をした犬が、慶次の最後の言葉を聞いて、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「あの様な良き女子、叔父御には・・・勿体無い」
「なんじゃと!慶次!そこになおれ!儂がその首切り落としてくれる!」
犬が慶次に向かって、槍を向ける。
「おおっ怖い怖い・・・んっ叔父御、その槍は、まさか」
慶次が怖がる素振りを辞めて、犬が持つ槍を見つめる。
「・・・気づいたか」
誇らしげに槍の矛先を、空に向ける犬。
「蜻蛉切か」
「そうじゃ、亡き本多忠勝が家康から下賜されて、所有していた名槍じゃ」
「何故・・・持っておる」
慶次が羨ましそうな顔をして、話しかける。
「姫様より、頂いた!この蜻蛉切に負けぬようにとな!」
胸を張りながら、自慢気に話す犬を、冷めた目で見つめる慶次。
「ちっ、うまいことやりよるのう。気分が悪くなったわ!精々、槍に振り回されんようにな!」
「なんじゃと!待て慶次!」
呼び止める犬を無視して、慶次は滝川軍の中に消えていったのであった。
赤備えの強襲から、逃げ出した山浦国清と甘粕景持は、本陣から2里ほど離れた見通しの良い小高い丘で、兵の再編をしようと立ち止まっていた。
「ここまで来れば、安全であろう。急ぎ兵を再編し、春日山に震えて立て篭っておる政景派は疎か、あのように好き勝手しておる赤備えにも、止めをさしてくれよう!」
先程まで自分が居た陣を小高い丘の上から、見つめながら、悔しげな表情をして話す国清。
「国清様、まだ挽回は出来ます!この場から見れば、一目瞭然!赤備えの数は多くは御座らん。見たところ、千もおりませぬ。赤備えに散らされた兵も直ぐにこの場所に集まりましょう」
景持は冷静に判断する。
「そうじゃな・・・あっあれは、、、」
国清は春日山城の方角から、先程まで居た陣に攻め寄せる軍を見つける。
「くっ、政景め!動いたのか!」
「不味いのではないか!あの様に混乱した陣に、新手が攻め入れば・・・」
国清は青ざめた顔をして呟く。
「まさか、赤備えと連携しておるとは!この場もあぶのう御座います!新発田城に居る長敦殿の元まで、引くのが良いかもしれませぬ。武田が動いたとなれば、織田が動くかも知れませぬ!奥州の各大名や佐竹、里見と連絡を取る方がよいかもしれ・・・」
国清に向かって、話をしていた景持は、数百の騎兵が此方に向かってくるのを見つけてしまう。
「どうしたのじゃ、景持・・・」
言葉が途切れた景持を、不審に思った国清が声をかける。
「今すぐ、お逃げくだされ!繁長が!本庄繁長がここに向かって」
「逃がさんよ・・・お主らの首、貰わねばならぬ故」
「げっ繁長ぁ!」
景持が言い終わる前に、繁長が二人の前に立ち、声をかけると、国清が悲鳴を上げる。
「国清様、私が時間を稼ぎます。お前達!国清様を長敦殿の元に、無事逃がす為、ここで死ね!」
国清に苦しげに話した後、付き従っていた数十騎の兵に叫ぶ景持。
「「「「「「はっ!」」」」」」
国清軍の兵が、一斉に答える。
「させぬわ・・・」
手にした槍を国清に向かって、投げる繁長。
「儂の目の前で、その様な行為、出来るとでも思ったか!」
繁長の槍を素早く、手にした槍で叩き落す景持。
「ふっ、兵を率いさせれば、お主には適わぬが・・・このような一騎打ちは不得手ではないかな?」
繁長は近くにいた味方の騎馬武者から、槍を受け取ると矛先を景持に向ける。
「不得手であろうと、この場では仕方なき事。時間稼ぎ位出来るわ!」
叫びながら、繁長に斬りかかる景持。
「仕方ない、お主を仕留めた後にするか」
数合、激しく打ち合う繁長と景持。
「くっ何故だ!お主ほどの男が!何故!政景に付くのだ!亡き謙信様の意思を裏切りおって!」
全身傷だらけになりながら、大声で罵り、叫ぶ景持。
「お主には、分からぬよ」
傷一つ負っていない繁長は、冷めた声で答えると、大きく振り上げた槍を、景持に向かって叩きつける。
「ぐはっ・・・」
受け止めようとするが間に合わず、切り裂かれる景持。
「流石は、景持・・・もう間に合わんじゃろうな」
絶命している景持を見つめた後、国清が逃げていった方角を見つめる繁長であった。




