各々の思いと奮戦
鳶の報告を聞いて、速やかに兵を動かし、山浦軍が駐屯していた場所に向かうと、政景の目にありえぬ光景が広がっていた。
「なんじゃ・・・山浦軍の陣地を赤い軍勢が切り裂いていく!」
「ありえぬ!あのように一方的に上杉の兵が翻弄され、切り裂かれるとは・・・」
「山浦の陣には、歴戦の将兵がいたはず、まさか此処まで一方的にやられてしまうものなのか!」
「今は敵方とは言え、景家や朝信らもおったはず・・・」
「あの様な少数で万の兵と渡り合えるのか。我らの知っておる赤備えではない!」
各々が思った事を口にする政景派の将兵達。
そんな中、一人の男が呟く。
「流石は、織田の力と言ったところか」
「繁長・・・どういう意味だ、何故、織田になるのだ。あの者等は武田の赤備えであろう」
本庄繁長の呟いた言葉を耳にした政景が、疑問を投げかける。
「ふっ、知れたこと、あの赤備えは織田の装備提供を受けておるのだろう。それに軍制も変えておる、よく見てみよ、十騎一組で動いておる」
「・・・・・・」
「見慣れた家紋の付いた旗印が幾多もある。率いておる者は名のある者ばかりじゃ、それに付き添う配下の者の動き・・・雑兵の動きではない!精鋭中の精鋭じゃな」
「なるほど・・・」
「しかし、数は力じゃ・・・このままでは、流石に消耗するじゃろうな」
「なんじゃと!それは不味いではないか、全軍!赤備えを援護せよ!進めぇ!」
ニヤリと笑いながら話す繁長を睨みながら、政景は全軍に突撃命令を下す。
「政景殿は突撃せぬのか?」
「ふっお主の魂胆見えておるわ・・・あぶり出された大将狙いであろう」
苦笑いをしながら、繁長からの言葉に答える政景。
「勘付かれておったか、流石は政景殿といったとこか」
少し不貞腐れたような仕草をして、顔を逸らす繁長。
「処で、一つ聞いても良いか」
「なんじゃ・・・」
「恩賞に貪欲な、お主が織田の政策に一番に反対する者と考えておったが、何故、儂を支持したのだ。お主が求めるほどの恩賞ならば、山浦についた方が良かっただろうに・・・」
「儂は常に疑問に感じていた。亡き謙信の考えに・・・」
問い掛ける政景に対して顔を逸らしながら、呟くように口を開き出す繁長。
「・・・謙信様の考えか」
「そうだ、謙信も信玄も己が生まれ、育った国を大事にした。謙信は義、信玄は利、双方反する考えじゃが、根底は一緒だった・・・儂はお主の言う様に、恩賞に貪欲な訳ではない。武士として、少しでも多くの民を守りたかっただけだ」
「・・・・・・」
「織田は謙信や昔の信玄のように、一部の国だけを見てはおらぬ。この数多ある国を纏めて、日の本に住む民を考えておる。儂は仕える真の主を見つけたのだ・・・なればこそ、お主についただけの事」
繁長は呟くように話すと馬を進める。
「・・・そうか。」
納得した顔をして、大将首を狙い駆ける繁長の後ろ姿を、見つめる政景であった。
「クッ予想以上に囲まれたか。国清を追うどころではないな」
「お主が土産などと言うからこうなる。それに生け捕りとなればな、時間も掛かろう」
ボヤく昌景に対して、返答を返す信友であったが、視線は二人の男に向けられていた。
「そういうが、秋山殿も仕留めてはおらぬではないか!儂だけのせいにするな!」
「・・・このような者達に負けるとはな」
「仕方あるまい、完膚なきまでのやられっぷりじゃ。文句は言うまいぞ」
「此処まで強くなっておるとはな。馬上の不利を克服して、さらに強くなるとは・・・恐ろしき装備よ」
「しかし、儂等に縄も打たぬとは・・・舐めておるのか?」
昌景と信友の口論に口を挟む、景家と朝信。
「縄を打てば、手が塞がるではないか。ここを突破せねばならぬのだからな」
「それに逃げたければ、逃げれば良い。また倒せば良いだけじゃからな」
「「・・・・・・」」
共に笑いながら話す二人に呆れる景家と朝信。
「不味いな・・・新手か」
昌景が呟く。
「いや・・・あれは春日山の方角、なれば政景殿が動いたようだな」
「政景殿があの様な動きをするとは・・・勝機を見出したか」
「・・・それとも、織田の目を気にしたか」
「双方じゃろうな」
信友の言葉に、昌景が返答を返す。
周りを取り囲もうとしていた山浦の兵達が、新たな援軍の出現に、算を乱して、逃げ出し始める。
「軍神亡き、上杉の脆いことよ」
「支えが無くなれば・・・詮無きことか」
「「・・・・・・」」
昌景と信友の言葉に、反論出来ない二人。
「では、我らも引き上げるかのう」
信友が赤い狼煙を上げると、散らばっていた赤備えの兵が集まってくる。
「政景殿の軍に合流する!駆けよ」
こうして赤揃えの兵は政景軍と合流するのであった。
信玄は先行した赤揃えを追う様に、春日山城を目指していた。
「昌景め、どれだけ深入りしておるのだ」
「この様子では、儂等の槍働きがなくなるかも知れぬぞ」
「やめよ、真になりかねぬ」
「越後に入っておるのに、山浦の兵に会うこともない」
「不味いな・・・」
「確かに・・・」
ボヤく将兵の呟きに、笑顔を見せる信玄。
「お館様!何故お笑いになる!昌景に全ての手柄を取られてしまう我らを、馬鹿にしておいでか!」
「虎綱、そうではない。強き武田を実感出来てな・・・喜びが顔に出てしまっただけじゃ」
「・・・・・・」
「織田に膝を屈した当初は、お主らの顔から笑顔が少なくなっておった。負け犬のような顔が多くなっておった・・・だがな、織田の政策や軍制を取り入れて、実感した事があるのじゃろう、昔とは違う真の強者の顔付きになった。それが嬉しいのじゃ」
「お館様・・・」
周りにいた将兵達が信玄を見つめながら、目に涙を浮かべる。
そんな時、信玄の前に出浦盛清が、慌てた顔で現れる。
「山県殿が、山浦国清の軍を急襲し、春日山城から政景殿の援軍を得て、山浦軍を敗走させた由」
「はっはっはっ、それは確かに急がねば、昌景の一人舞台になってしまうな」
笑顔で話す信玄に対して、周りの将兵は苦笑いを浮かべる事しか、出来なかった。




