半兵衛の心服
優しい日射しが、縁側に差し込む
私は、その日差しを体に受けながら、本に目を通していた
裏口から人が入ってくる気配を感じた
私は、本から目を離さずに声をかける
「誰です?」
相手は声を発しない
「裏口から入ってくるのです。皆には聞かれたくない、お話ですか?」
そう伝えると裏口から入ってきた人が声を発する
「初めましてかしら?竹中半兵衛重治殿」
その声を聞いて本からゆっくりと目を離して、相手を見る
私の視界に入った人物は幼い女の子であった
この方は・・・そうか、私の力量を測りに来たのか
「ええっ、初めましてです。お市様」
そう言って微笑むとお市様も微笑み返す
なんと良い笑顔なのだ。その笑顔に吸い込まれそうな感覚を覚えていた
「して、何かご用件でも?お茶でもお入れしましょうか?」
私は立ち上がり、中に入れようとすると、お市様が話し出す
「う~ん、こんないい天気だからさ。この辺、散歩しない?」
そう言って私の腕を引っ張る
「もう、散歩は決定なのですね」
私が呆れたように話すとお市様は即答する
「ええっ、理解が早くて助かるわ」
そう言って、微笑む顔は何故か。心が洗われるような不思議な感じであった
居城である大御堂城を出てから、しばらく歩くとお市様は話しだした
「流石は竹中ね。城下の民がいい笑顔だわ」
お市様は凄く嬉しそうな顔をしていた。私も家を褒められて、嬉しく無い訳など無いが、この姫は油断すれば危険だと私の本能がそう叫ぶ
「お市様にその様に言って頂けた事、大変光栄で御座います」
そう言いながら、歩いていると飛騨との国境付近まで、足を伸ばしてしまっていた
「お市様、この辺は少し・・・物騒で御座います」
私はお市様との会話に気を取られすぎて、少々危険な場所に入ってしまった事を、表に出さないようにしながらも動揺していた
「そうね、囲まれたわね」
お市様は無表情の顔に豹変して、冷めたような声を出した
「お市様、私の後ろに・・・」
私はお市様を守るべく行動する
「えへへっ・・・」
「おっ!幼すぎるがおなごじゃ・・・げへっげへっ」
「しかも、えらい別嬪じゃ!」
「売れるのう。まっ楽しんだ、後じゃがのう。へっへっ」
「優男、一人じゃ!楽勝じゃのう!お頭!」
私達を取り囲む数十人の中から、一人の男が前に出た
「おう、そこの優男!命は取らねぇから、その女、置いて消えろ!」
威圧的に男は話す。私はお市様に小声で話し出す
「私が囲みを開きまする。開いたら後ろは振り返らず、死ぬ気で走って城下まで逃げられよ・・・」
私は死ぬ覚悟をしていた
「・・・わかったわ」
お市様はあっさりと私の提案を受け入れる
お頭の話を聞いてなかった私に、怒りをあらわにしながら叫ぶ
「てめぇ、死んだぞ!やれ!」
お頭の一言で周りが動き出そうとした時に、私はいきなり話しだした
「しばし!しばしお待ちを!」
周りがビクッとして、動きを止めたその時に、私は一番人の多い方に方に向かって走り出す
「なっこちちにきやがるとは!なめてんのかぁ!」
手下達が武器を出そうとしたが、周りが邪魔で上手く出せないでいる、私はその中に切り込んで、私に切られた相手は、用意をしようとする仲間の邪魔をして混乱に拍車をかける
相手に止めは刺さず、腕や足を切り、手下はその痛みに悲鳴を上げる
その悲鳴を聞いて手下は恐怖心を駆り立てられた
「おめぇら!落ち着け・・・相手は一人だ!しかも子連れのな!」
お頭は的確に指示を出して、手下の混乱をすぐに収める
「中々、兵法に精通されておられるか。お名前は?」
私はお頭に話しかけながら、手を使ってお市様に行けと、合図をしていた
「山賊の頭に名前があると思ってんのか?」
お頭はそう言って、にやりと笑いながら私に話しかける
「其の辺のゴロツキではないでしょ・・・」
私は真剣な目をしながら男を見る
「ふうぅん、まっいいやぁ。冥土の土産にしろ、川並衆を率いてる蜂須賀小六じゃ」
小六は鼻を鳴らしながら喋った
「そうですか、中々の人物かと思えば、当たりですか。でも川並衆は尾張、美濃国境周辺が根城では無かったですか?」
半兵衛は首を傾げながら小六に話しかける
「クッ、痛いとこ突いてくるな。おめぇ・・・織田の締めつけが厳しいんだょ・・・ちっそんな事はいいんだぁよぉ。そっちにいる女は頂くし、オメエは死ね」
小六は吐き捨てるように話をしながら、私と私の横を見つめる
「えっ・・・」
小六が言った言葉の後半を聞いて驚き、私は小六が見た場所を見ると、お市様がいた
「何故?いるのですか・・・」
私が呆れたように呟くとお市様が話し出す
「だって、それしたら半兵衛死んじゃうじゃない」
そう言って微笑む、お市様
「お市様は織田家にとって大事な方!私のような者はお考えめされるな!御身を大事になされよ!」
私はつい怒鳴ってしまった
「何言ってんの!半兵衛!あんたの命もあたしの命も同じ命よ!責任の違いだけ!それにあなたはあたしには必要な人なの!半兵衛!自分を軽く考えないで!」
逆に怒られてしまった。しかし何故か心地よく安心してしまった
「おいおい、仲間割れはいいからよ。でも驚いたぜぇ・・・織田の姫さんとはな」
小六はお市様を見て、にやりと笑う
「あらっ?織田の姫と分かって嬉しそうね。身代金でも要求するのかしら?」
お市様が小六を挑発するように話す
「おっ、流石は竜玉と呼ばれる姫さんか。胆も座ってやがる・・・」
そう言いながら手で合図して私達を取り囲もうとする
「お市様、私は前の主を守りきれなかった男でございますが、お市様は必ず、守り通してみせましょう」
私は湧き上がる力を感じていた
「残念ね、時間切れみたい。匂い嗅いでみたら?」
お市様が小六に話しかける
「なんだとっ、まさか!この匂いは!火縄の・・・」
辺りを落ち着きがなくきょろきょろする小六
「うごくな!動けば打つ!武器を捨てよ!」
そう言いながら、林から出てくる大柄な男
「熊ぁ~遅ぉい!」
お市様は熊と呼ばれた男に話しかける
「姫、申し訳ござらぬ。準備に手間取りました」
頭を掻きながらお市様の元にくる熊
「なっ!よっ義龍様!」
私は思わず驚愕し、片膝を付いて頭を下げた
「其れがしは、斎藤義龍という者では御座らん。熊田熊五郎ですぞ。半兵衛殿・・・頭を上げてくだされ」
そう言って、微笑む義龍様
私は頭を上げて、涙を流しながら義龍様を見て話す
「左様か、よく似ておられたので、間違えてしまいました。申し訳ありません・・・熊田殿」
小六達、川並衆は織田の兵に捕縛されて、私たちの前に座らされる
「なんか言うことある?」
お市様が小六に向かって話す
「ふんっ、やっぱりあんたは疫病神だ!」
小六はお市様を睨む
「あらっひどい言われようね。尾張と美濃が纏まると商売あがったりだもんね」
「・・・・・・」
苦虫を噛んだような顔をする小六
「蜂!あんたんとこの川並衆って何人ぐらいいるの?」
「蜂っ!そんな呼ばれ方はされたこたねぇな・・・」
困惑する小六改め、蜂
「いいから答える!」
「えっ、そうだなぁ、大分散らされたからな。千人位だ・・・」
蜂がそう答えるとお市様は、嫌らしい顔を浮かべ、蜂に話しかける
蜂は顔が引き攣り、何を発言されるのか。恐れているようだった
「選ばせてあげるわ。あたしに飼われるか?根絶やしにされたいか選んで・・・」
その顔は羅刹のような顔であった
そんな時、一人の男が岐阜方面から歩いてくる
「あれっ?小六でにゃ~かぁ・・・なにやってんだがや?」
男は蜂と知り合いのようだ。私は思わず、仲間と思い、腕を掴んで腕を背に回して、捕縛しようとする
「ぎゃ~!いたぁ~いぎゃぁ~!姫ぇ~たすけてぇ!」
その男はお市様に助けを求めているようだった
「あらっ?猿じゃない?何、蜂と知り合い?」
お市様は冷静に猿とやらに話しかける
「そっちきゃ!まず自由にして欲しいぎゃ!」
猿という男は顔を真っ赤にして話し出す
「聞かれたことに答える!半兵衛捻っていいわよ・・・」
お市様に言われて思わず捻ってしまう
「ぎゃ~!おっ折れる!ぎゃ~ほっ本当に折れるぅ!」
猿は泣き出していた
「で、早く言いなさい。もうめんどくさいから折っとく?」
お市様が首を傾げながら話すと猿が顔色を変えて話し出す
「知り合いだぎゃぁ~!なんかしらんけど、小六ぅ~姫には逆らうなぎゃ~・・・」
猿はそう言いながら、泡を口から出しながら、気を失っていた
「で・・・蜂、選んだ?」
お市様が蜂に迫ると、蜂は小刻みに震えながら答える
「姫様に飼われまする・・・」
満足そうな顔をしたお市様と、この世が終わったような顔をした蜂がいた
その後の話ではあるが、お市様は川並衆を各地に送り込み、土着させて情報を常に手に入れるようにされていた
「半兵衛、なんかバタバタしちゃって、ごめんねぇ」
お市様は頬をかきながら謝った
「こんなに楽しんだのは久しぶりです。お気になさらず・・・」
私は微笑んでお市様に答える
「あっちょっと待ってて、半兵衛」
そう言って、お市様は守り刀を取り出すと土を掘り出す
掘っている横には小さな子供の骸があった
「わたしと兄様はね、この間違った世の中を変えたいの。手伝ってくれる?半兵衛」
お市様がある程度、土を掘り出すと、その骸を優しく両手で動かして埋葬していた
私はその姿を見て、心に衝撃を受ける。この方になら、私は全てを捧げれると心が叫ぶ
「御意!」
私の口から意識していない。心から出る言葉が漏れた
私はこの方の力になる為に、生まれてきたのだと思える程に・・・