市の誤算
今まで織田の中枢であった岐阜城から、二条城に臨時的に移された為、信長不在の岐阜城は市の所有物のように装いを変えていた。
城内に残っている者達は全て、市に命を捧げている者達で構成されており、その警備と堅固さは織田最強と噂されるほどであった。
そんな警備がされてある城に一人の男が、突き進む・・・。
「お待ちくだされ、これより先は誰も通すなとの羽柴様からの言いつけで・・・お待ちください!」
特別室に進む為にある、最後の通路を警護していた男が、必死で止めようとする。
「才蔵ですか・・・、私は姫様にお会いして、今回の一件を直に姫様より、お話を伺いたいだけです」
「某は命を受け・・・警護の任に就いている以上、これより先は竹中様でも入れませぬ!」
槍を左手に持ち、口に咥えた笹を上げ下げしながら、通路の真ん中から動かない才蔵。
「ほう、この私の言葉よりも猿殿の言う事を聞くと仰るのか?猿殿も偉くなりましたね」
「いっいや・・・そっそう言う訳では・・・」
完全に半兵衛に飲まれてしまい、口から笹を落とす才蔵。
「どうした?才蔵、煩いではないか・・・なっ!半兵衛殿・・・」
「おおっ、酒井様!良い所に!竹中様が姫にお目通りしたいとむちゃ・・・」
「良い!お通しせよ!いいから通せ・・・」
「流石は忠次殿ですね、話が分かる」
忠次は半兵衛の目を見てしまい、才蔵が話しきる前に返答する。
「しかしっ」
「しかしもくそもあるか!良いから通せ!」
「分かりました、どうぞお通り下され」
忠次に言われ、渋々通路を開ける才蔵。
開けられた通路を無言で進む半兵衛、その後ろ姿を見ながら、才蔵は忠次に声を掛ける。
「良かったのですか?前回、服部様や藤林様が、我ら警護の者の制止を振り切り、姫様にお会いした際、我ら警護の者全て、羽柴様よりお怒りを受けたのをお忘れか!」
才蔵は苦虫を噛み締めたような顔をして、忠次に話す。
「お主は見ておらなんだか、半兵衛殿の目を・・・あの目は信長様や姫様並みの恐ろしさを、わしは感じたわ」
「なっ、姫様並・・・」
震える体を抑えきれずにいる忠次を見て、絶句する才蔵がいた。
半兵衛は市の部屋の前に着くと片膝を付いて、声を掛ける。
「半兵衛です。姫様、入ってもよろしいか?」
(がたっ!・・・ばたっばたばたばた・・・)
「入っても良いようですね・・・失礼します」
「ちょっ!ちょっと待って!なっなんで半兵衛が岐阜に来るのよ!」
山済みにされた書類を左右に置いて、机に向かい、筆を動かしていた市の手が止まる。
「姫様暗殺未遂の件にてお話が・・・」
襖を開けてから、市の前に素早く向かい、目の前に座り込む半兵衛。
「アッあの件なら、審議も終わったろうし・・・」
しどろもどろで話す市。
「ええっ、私が直接取調べをして、判決も下しました。和田家、杉谷家、京極家、一色家、若狭武田家はお取り潰し、関係者は全て死罪。親兄弟三代迄、根切りとしました」
「そう・・・辛い事をさせてしまったわね」
市は筆を止めて、半兵衛を見つめる。
「いえ、裁判幕僚長としてお役目をしたまでのこと・・・お気になさいますな」
「それで?その事を言うだけで、此処に来たのではないんでしょ?」
「信長様の勘気・・・収まりませぬ」
「やっぱり・・・」
「なぜ、私達にもお知らせしては頂けなかったのですか・・・この半兵衛、姫様に相談もされず、この様に信頼されていなかったとは・・・悲しゅう御座います」
下を向いて、ぼろぼろと涙を流す半兵衛。
「いや、あっあのね、、、信頼してないとかじゃなくてね、、、」
慌てふためく市。
「それに偽りとは言え、姫様を裸にして酒を注がせたとか。当事者の刑は私や信長様が、直に行いますがよろしいですな」
「でも、流石に兄様や裁判幕僚長が、刑を直に行うのはおかし」
「いいですね」
半兵衛は冷め切った冷たい目をして、市に語りかける。
「うっうん、、、いいわよ・・・」
市は少し後ろに下がりながら、半兵衛の言い分を了承する。
「それと金輪際、このような策とも呼べぬ事はお止めください。いいですね」
「いや別に、あたし自身がされた訳ではな・・・」
「いいですね」
「はい・・・もうしません」
まるで兄に叱られた妹の様に小さくなり、反省の言葉を言う市であった。
半兵衛は急ぎ、京に戻ると信長に謁見し、市との会話を信長に伝える。
「ほう、流石は半兵衛よな。これで少しは市も大人しくなろう」
信長は微笑みながら、半兵衛に労いの言葉を伝える。
「はっ、してそこに放置して、ぼろぼろになっておるお方は・・・」
庭先を冷めた目で見つめながら、信長に問う半兵衛。
「あっ、あの塵か・・・我を騙す様な男には、あの位の躾はせねばなるまい」
信長も庭先でぼろぼろになった男を見つめながら、冷たく言い放つ。
「姫様の命とは言え、我らまで謀るとは、詮無き事で御座いますな」
(シュ・・・パァン!)
「うげぇ・・・」
そう言い放ちながら、手にした扇子をぼろぼろになって、横たわる男の頭に投げつける半兵衛。
「まだ、生きておるようですな・・・チッ」
「そうじゃのう、流石猿よのぉ・・・しぶといわ」
(シュ・・・パァン!)
「うげぇ・・・」
信長も横たわる猿の頭に、持っていた扇子を投げつける。
そんな猿の横には冷めた目をした半蔵、藤林、蜂、十兵衛、勝家が、五人並んで力なく横たわる猿を見ていた。
その後、刑は執行されたが罪状は詳しくは伝えられず、数多ある市暗殺未遂の一つという事で公表されたが、執行人が信長や半兵衛であった為、見物人は数千人に及んだと言われる。
しかし、その刑の惨さに見物人が多数、失神する惨事を引き起こしたとも今に伝わる。
この刑を皮切りに、市暗殺を企てる者はなりを潜めたと言われるほどのものであった。
その報告を聞いた織田傘下の大名家は、信長の市に対する愛情の深さと大切に思っていることを、再確認させられることになったのである。




