闇の決着
和田惟政、京極高吉、一色義道、武田義統の四人は、市を連れて京を立ち、若狭の国に入ると細川藤孝に面会の申し出をする。
申し出を受けた、藤孝は後瀬山城で政務を行っていた為、四人を城に招いた。
「良くおいでになられましたな。京極殿、和田殿、お久し振りでございますな。しかし・・・一色様と武田様まで一緒にいらっしゃるとは・・・」
藤孝が不思議そうな顔をして、話しかける。
「藤孝殿・・・いや、藤孝様にお願いがあり、参りました」
皆を代表するように、高吉が藤孝に話しかける。
「様付けとは・・・」
困惑した顔をする藤孝の前で、四人は深々と頭を下げる。
「お市様の一件聞き及んでおりましょう・・・今が立たれる好機に御座います」
一人、頭を上げて藤孝に話し出す高吉。
「まさか・・・話したのか、儂の出生の秘密を!」
いきなり立ち上がると怒気を放つ藤孝。
「あの女子を連れて参れ・・・惟政」
「はっ・・・」
高吉に言われると惟政は素早く立ち上がり、一人の女を裸のまま連れてくる。
「なっ!おっお市様!」
その女を見た瞬間、藤孝は思わず、声を上げる。
「ふふふっ、驚いたでございましょう。この女子・・・最早、意識など御座いませぬ。惟政の術にて生きる屍にございますれば・・・」
高吉はいやらしい笑みを浮かべて、藤孝を見つめる。
「なぜ、儂に見せた・・・一蓮托生とでも言いたいのか」
肩を落としながら、座り込み、呟くように声を出す藤孝。
「流石は足利将軍と成られるお方ですな。言わずとも分かって頂けるとは、説明せずともよくて助かりまする」
高吉は話終わると、笑いを隠そうともせずに、藤孝を見つめる。
そんな高吉を睨みながら、藤孝は思案する。
今の織田家は確かにお市様有っての事、今はまだ表立ってはおらぬが、各地では叛意を起こす者が後を経たぬ状況だ。
心を殺されたとは言え、お市様の身柄がこちらにある事は確かに市様、恩顧の者達には効果があるじゃろう。
如何にする、織田は強大とは言え・・・高吉の申す通り、足利の世をもう一度起こせる好機でもある。
しかし・・・儂も・・・お市様の恩顧の武将じゃ!
あのようなお姿・・・見るに耐えぬ!
「・・・捕らえよ!この者らを捕らえよ!」
藤孝は近習の者達に命令する。
「なっ!なにを!」
高吉は声を荒げる。
五人の周りを取り囲む、藤孝の配下の者達に対して対峙する高吉達。
「しかし、早計ですな・・・このようにしたらどうなされる?」
そう言うと惟政は己の刀を素早く抜くと、虚ろな目をした市の首元に刃を当てる。
「なっ!皆動くなぁ!」
藤孝は市を人質に取られ、手が出せなくなる。
「ではもう一度お聞きしましょうか?我らの傀儡となれ、藤孝…様」
笑いながら話す惟政に悔しさで唇を噛み締め、血を流す藤孝。
「何をなさっておられるのですか?お師匠様・・・えっ、母上、、、さまぁ・・・」
そんな時、騒ぎの音を聞きつけて顔を出した通が、人質に取られている市を見つけ、驚きと共に声を出す。
「クッ、通様下がっておられよ!あぶのう御座います!」
藤孝は通に叫ぶように話す。
「・・・違う、母上じゃない」
驚いていた通は冷静な顔付きになると、呟くように声に出した。
「なっ!何を言っておる!小娘が!その様な事・・・なっ!」
惟政は慌てたように言葉を出していたが、市と思っていた女の顔を見ると、顔色が変わる。
「流石は、お通様・・・良く見破られましたな。私の術を見破った方はそんなにおられませんよ、ただお通様の母上様には見破られたので・・・親子とは似る者なのですね」
そう話し出すと、首元に突きつけられていた刃をかわして、四人から距離をとる女。
「お前は誰なのだ!」
惟政は冷静になれずに怒鳴る様に叫ぶ。
「答える義理は無いんだけど・・・まっいいわ、あんたが一人でお市様を思って、悶えてる姿とか見れたしね。特別に名乗ってあげるわ・・・望月千代女、武田の歩き巫女って言った方が分かりやすいかしら?」
そう言って微笑む千代女。
「なっ・・・私が、術にかかっておったのか・・・」
膝を折り、頭を下げる惟政。
「観念したら?もう全部露見してるのよ。あんた達はこれでおしまい、藤孝様の気持ちを確認したからね・・・あんた達の役目も終わりよ」
微笑を絶やさず、四人に話す千代女。
「フフフッ・・・甘いわ!甘いわ千代女!善住坊ぉ!通を狙っておれ!動くなよ。動けば、善住坊に通を撃たせるぞぉ」
惟政は動揺していた自分を何とか取り戻し、いやらしい笑顔を浮かべる。
「いいわょ、出来るなら?天下一の火縄の名人だったかしら?でもね・・・あの男には勝てなかったみたいよ・・・」
そう言って庭に視線を向ける千代女に釣られて、庭先を見ると、善住坊が眉間に穴を開けて、事切れていた。
「なっ・・・そんな、馬鹿な!こうなればぁ!」
惟政は通を人質に取ろうと、通に向かって駆け出す。
「馬鹿ね・・・」
千代女が呟くと、通の前に熊が現れて、手にしたクナイで、惟政の刃を弾く。
「なっ・・・お前は死んだはずでは・・・」
惟政はわなわなと、後ろに下がりながら呟く。
「・・・我は五右衛門、あのような事で死ぬと思っておるのか?」
熊だった男が本来の姿に戻りながら、言葉を放つ。
「なんだとぉ!皆の者!こやつらを血祭りに上げろ!」
惟政は大声で叫び、配下の者を呼ぶが誰も現れない。
「何故だ・・・何故、誰も現れぬ・・・」
惟政は呆けた様な顔付きになる。
「それはな・・・わしらが始末したからじゃ」
惟政の前に現れた一人の男が、話しかける。
「出雲守・・・様・・・」
惟政は膝を折り、顔中に冷や汗を出しながら、かろうじて言葉を出す。
「ようもやってくれたの、惟政・・・お主のお陰で和田家と杉谷家は根切りじゃ」
出雲守が冷たく言葉を発すると惟政の手から力が抜け、武器を落とす。
「捕らえよ・・・」
出雲守が呟くように言葉を発すると、甲賀の忍ぶが複数現れて、四人を捕縛する。
こうして叛意の目を炙りだしたこの一連の騒動は噂として、処理されて事無きを得る事になる。
この事で市は泣きながら半蔵等に諫言されて、二度と同じような策は使わない様になったという。
しかし、今回の一件は最も苦手とするあの人物達にまで、影響を及ぼしていた事に・・・市はまだ知らない。




