小少将の想い
淡路水軍を纏め、淡路を支配していた安宅家は、先代信康が暗殺された事で、独自に調査を開始して、黒幕が小少将とその取り巻きだと知ると、三好討伐の任に就いた弾正に繋ぎを取り、三好討伐の水先案内人に、自ら志願したのである。
こうして、淡路洲本城に兵を移した弾正は、四国にいる三好勢を切り崩す様に動き出す。
「宗厳、何か分かったか?」
弾正が目の前に座る柳生宗厳に話しかける。
「手の者の報告では、三好の重臣達が共に疑心暗鬼しており、足並みが揃っておりませんな。清康殿が織田についた事で、織田の謀殺説に綻びが生じたようですな」
「そうか、ではその辺を突いていけ・・・姫様よりお預かりしておる兵は、余り使いとうはないからな」
顎を摩りながら呟く弾正。
「御意」
「殿、この城に侵入した忍びの者を捉えたところ、この様な文が・・・」
宗厳は頭を下げながら、返答した時に、隣にいた左近が話し出す。
左近から、差し出された文を手に取り、目を通すと、苦しげな表情を浮かべる弾正。
「殿!如何なされました!」
「ほう・・・」
左近は心配し、宗厳は何やら気付いた様な顔をする。
「いや・・・何でもない」
弾正は直ぐに落ち着いた顔に戻す。
「呼ばれましたな殿、お一人では行かせませんぞ・・・この宗厳お供致す」
「へっ?」
宗厳は真剣な顔をして、弾正を見つめ、左近は状況が分からず、呆気に取られていた。
「男女の逢瀬に付いてくるのは無粋ではないか?宗厳」
微笑みながら、目の奥は笑っていない弾正が、宗厳を睨む。
「無粋と言われましても・・・殿のお命守るのが儂の仕事故」
「しょうがないのう、では左近ここは頼んだぞ。ちと昔の女子に会ってくるわ」
弾正は宗厳を連れて、部屋から出ようとする。
「昔の女子とはまさか・・・」
「皆までいうな・・・すぐに戻る」
左近の問いかけに軽く答え、その場を去った弾正は、文に指定された場所に来ると、周りを見渡した。
「思い出の場所とも言えるかのう・・・」
宗厳から離れて、小高い丘に上り、呟く弾正。
「あらっ、そんな感情を持ってるのね。意外だわ、弾正、いや・・・久秀」
小少将はいつもの派手やかな着物ではなく、質素な着物を身に纏い、弾正の前に出てきた。
「ここはお主に頼み事をした場所だからな・・・覚えておる」
苦しげな表情をする弾正。
「私は貴方の為に、好きでもない男の元に嫁ぎ、この身を捧げた。そして貴方の為に嫁いだ男も、貴方の為に暗殺した・・・私は良い女だったでしょ。久秀」
項垂れる弾正の横に寄り添いながら、囁くように呟く小少将。
「・・・すまぬ」
「あらっ、謝って欲しいわけじゃないのよ?」
「・・・・・・」
「あの後、貴方が私を迎えに来てくれる、貴方の元に居られると思った・・・私はそれだけで良かった。それなのに・・・」
小少将は涙を流しながら、弾正を睨みつける。
「実休様が、お主を見初めてしもうた、儂には逆らえなかった・・・」
「でしょうね・・・だから、我慢した。貴方が力を付けれるように手配し、貴方の利益になるようにした。力をつけて、私が貴方の元に居れるようになる為にね・・・実休もこの手で消した」
「なっ・・・実休様は戦にてお亡くなりになったのじゃ、お主が手を加えれるはずもなかろう!」
弾正は慌てながら、否定する。
「戦の騒動に紛れて、消したのよ。中々でしょあたしも・・・ふふふっ」
「何と言う事を・・・実休様が亡くなり、長慶様は心を害したのだぞ!」
微笑みながら話す小少将に、怒鳴りつける弾正。
「そんなこと、あたしは知らないわ・・・私は貴方が欲しかっただけ、それは今も変わらないわ」
「なっ・・・」
「ほら、貴方に褒められるために、色々な事を覚えたのよ。昔の幼かった頃の私とはもう違うわ・・・」
腰の紐を解き、月の光に照らされながら、体を晒す小少将。
「どうかしら、貴方の為に磨き上げたこの体・・・お気に召して貰えると思うのだけど」
弾正にしな垂れかかる小少将。
「醜い・・・」
弾正は呟く。
「・・・なんですって!」
小少将は弾正を睨みつけながら叫ぶ。
「見た目では無い、その中に醜かった昔の儂がその中に居る。その様な姿、考えにしてしまったのは・・・儂だ、すまぬ」
涙を流し、頭を下げる弾正。
「何言ってるの・・・貴方、本当に久秀なの!」
涙を流し、謝罪する弾正を見て、狼狽える小少将。
「昔の儂がお主のような女子を作ってしまった。謝って許さる訳もない・・・だが儂には謝ることしか出来ぬ」
「なっ何言ってるの・・・久秀。今、貴方の力とあたしの力が合わされば、私達の天下が作れるのよ!」
「それは出来ん、儂は姫様の作る天下を望んでおる・・・儂とお主の天下など考えた事もない」
「なんですって・・・貴方が望んだから、あたしは全てを捨てて・・・貴方の為に・・・」
脱ぎ捨てた着物を拾い上げ、身に纏うと弾正を睨みつける。
「すまぬ・・・」
「もういいわ、貴方の目を覚まさせてあげる。きっと貴方が言う姫様とやらが貴方を惑わせてるのよ・・・ええっ、きっとそうよ」
小少将は静かにその場から去ろうとする。
「待て、小・・・」
「私は諦めない・・・貴方は私のものよ」
その後、小少将は三好に戻ると弾正率いる織田の軍勢に抵抗するが、次々と内部から裏切りが続出し、小少将は土佐方面に逃げ出す事になる。
その後、大和を返還し、淡路、讃岐、阿波を拝領した弾正は居城を勝瑞城と決めて、増改築する。
この城は後に四国一の城と言われ、日の本の五大城の一つになる程の威容を放っていたという。
そんな改装中の城の庭先で柳生からの報告を聞く、弾正。
「お探しの小少将殿は、どうやら・・・長宗我部元親の側室になっておる様でございます」
頭を下げて、報告する柳生の手の者。
「そうか・・・引き続き、見張っておれ」
「御意」
弾正に報告を済ませると、男は直ぐにその場から消え去る。
「殿、そのままでよろしいのですか」
「・・・・・・」
「あの女子、必ずや、厄災を運んできましょう・・・始末する許可を」
左近は弾正を強く見つめながら、嘆願する。
「ならぬ、そのような事になったとしても・・・儂が片付ける」
「・・・御意」
弾正は空を眺めながら、一人呟くと、左近は悲しく返事を返した。




