田楽狭間の戦いの裏話
「や~い、猿、猿、猿!」
子供が俺を貶したように呼びつける
「猿じゃないもん、日吉って名があるもん」
俺は下を向いて、その子供に答える
「指も六本も有るし、お前、物の怪じゃないのか!これでもくらえ!くらえ!・・・」
「やめてよ、やめてよ・・・やめて・・・シクシク」
そう言って、俺は子供達から石を投げられたりして・・・苛められていた
「うわっ!」
俺は飛び起きた。どうやら夢を見ていたようだ
「どうした?お前様?何か悪い夢でも見たのか?」
そう言って俺の顔を心配そうに覗き込む女
「大丈夫じゃ、おね。夢を・・・夢を見ただけだがや!」
おらは小さい頃、よく苛められていた。
周りの子供達や新しい親父に苛められていのだ
俺はそんな生活が嫌になり、家を飛び出して、諸国を周り、生き存えてきた
色んな事をしてきた。人に誇れぬ事も、手を汚したことも・・・
「少し、外の風を浴びてくるがや・・・」
おらは外の風を浴びていた
「猿・・・」
夜の暗闇から声がする
「・・・早かったな」
おらは闇に答える
「うまく潜り込んだようだが、美濃侵攻は仕方ないとしても、信勝の動き何故しらせん・・・」
「・・・・・・」
おらは何も答えない
「ふん、まあ良い。織田の動向に変化はないか?」
「ない・・・」
おらはそう呟いた
「何かあれば、連絡せよ・・・」
男の気配が消えて、静寂が訪れる
「・・・・・・」
おらは・・・裏切れるだろうか。あやつ等を・・・
そう思いながら家の中に入っていった
「この頃、城の蓄えがちょこちょこ無くなってるんだけど?なんか知んない?猿」
姫がおらに問い掛ける
「いやぁ~おらは知らねえがやぁ・・・」
おらは姫に話す
「そっ・・・じゃいいわ」
姫は興味を失ったかのように違うことをして遊んでいた
城下の外れにある川辺に、数十人の子供達が、猿に向かって集まってくる
「日吉お兄ちゃんだぁ~」
「日吉にいちゃ~ん」
幼い子供の頭を撫でながら、猿が話しかける
「おう、元気にしとったきゃ?」
そう言いながら、背負っていた米俵を、その場に置いて子供達に火を付けさせて、食事の用意をさせる
そんな様子をにこやかに眺めていた猿は背中に気配を感じる
「猿ぅ~やっぱあんただったか・・・」
猿は驚いて、後ろをゆっくりと振り向いてた
「姫ぇ・・・」
猿が小刻みに震え出す
「横領か・・・」
姫は、食事を食べる子供達を、見ながら話し出す
「申し訳御座いません、織田からは去ります・・・」
任務も遂行できないか、それもまたよかったやもしれぬ・・・
「んっ?なにいってんの?」
姫は首を傾げて、おらを見る
「えっ、お咎めは・・・」
おらは恐る恐る話す
「無いわよ?だってそれ、あんたが遣り繰りして出した。過剰利益でしょ?」
姫は当たり前のように、おらを見て話す
「えっ?」
俺は呆気に取られていた
「それに見てみなさい、子供達がいい笑顔をしてるわ。黙って行動した事は許されざる行為だけど、今回だけは見逃してあげる」
「有り難き幸せ・・・」
おらは姫に静かに頭を下げる
「この辺にこのような戦災孤児達が、住めるような救済所を作るわ、猿が監督してね。あと学問も教えなさい、孤児達が生きていけるようにね。頼んだわよ、猿」
そう言って微笑む姫様に、おらは心の何処かで、何かを期待している。自分がいる事を感じ始めていた
「猿・・・」
夜の暗闇の中、おらに声をかける男
「・・・なんじゃ」
「之綱様から指令じゃ、お館様が動く」
「なっ!」
おらは話は聞いて、驚きが隠せない
「織田が動きをよく見はれ、良いな・・・」
闇の中から男が俺に話しかける
「それは・・・」
おらは戸惑った声を上げる
「松下様の恩、忘れたか?行き倒れておったお主を救い、生きていく術を教えたのは誰だ?」
「・・・わかった」
おらは覚悟を決めて、闇を見つめながら答える
「しっかり、働けよ・・・」
闇の声は静かにおらの心の中でも響いていた
今川のお館様の策が姫を追い詰める
おらはどうすればいい、どうすれば・・・
「猿?どうしたの?」
姫がおらに問いかける
「いえ・・・何にもないぎゃ」
おらは姫の目を見れない
「あたしを選ぶか。お歯黒を選ぶかで、大変なのかしら?」
おらは思わず、姫を凝視する
「なっ!」
姫は優しい笑顔でおらを見つめる
「お歯黒選んでもいいわよ?ここまでやられたら・・・厳しいわ」
姫が少し悲しそうな顔をして、おらを見る
「今まで、ありがと、猿」
そう言って、おらに微笑む
「知っておられたのですか・・・」
おらは下を向いて、姫の目を見れない
「何処かで情報が漏れてたからね・・・」
おらは心が締め付けられているように苦しさを感じていた
「申し訳ありませぬ」
おらは土下座して頭を地面に擦りつけた
「やめなさい、恨んでなんかいないわ」
姫が、膝を折って、おらの二の腕を掴み立ち上がらせようとする
「おらのような者にそのような事!」
おらは吃驚していた。やはり姫は裏切れん・・・おらの心が姫を裏切ることを許しそうにない
「姫、今でもまだ間に合うでしょうか・・・」
おらは泣きながら姫を見た
「猿が本気出すなら、可能よ!だってあたしの誇る家族の一員だもん」
そう言って微笑む姫。おらはただ涙を流していた
「之綱様、織田は万策尽きたように御座います。それに地元の民が、お館様の接待をしたいとの事。ぜひ受けていただけますよう。お伝えくだされ・・・」
おらは松下之綱に会いに行き、直接話をする
「ほう、万策尽きたか。そうじゃろうな、休息場所はこの辺じゃと・・・田楽狭間か?」
おらは問いに答える
「はい、支度も整っておるようです・・・」
之綱は暫く悩んだ後、話し出す
「ではそのように進言しておくか。ご苦労であった」
そう言って笑いながら本陣に向かっていった
暫くして、お歯黒が田楽狭間に向かうと、おらは姫の元に向かっていた
田楽狭間の結末後、おらは姫に呼び出された
「猿、辛い事させちゃったね・・・ごめんね」
姫はおらにそう話す
「いえ、姫を裏切っていた私を、姫は最後まで信用なされた。しかし田楽狭間に、お歯黒がいなかったら、どうなされるおつもりだったのですか?」
おらは姫を真剣に見つめながら話しかけた
「そんなの愚問よ。猿はあたしを裏切れないわ。猿はあたしの家族なんだもん」
「姫には敵わないがや」
そう言って二人は微笑んでいた