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獣達から見た天下  作者: 女々しい男
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根切りの連鎖

三河にて、織田に叛意した徳川家の仕置が、各地に広がると同時に、越後に潜入させていた忍びから、上杉謙信と宇佐美定満の死去が市の元に報告された。

「謙信、死んじゃったか・・・」

市は岡崎城の庭先で呟く。

「呆気ない最後で御座いましたな」

呟きながら、市に近づく信玄。

「・・・悲しそうね、信玄」

市は信玄を少しだけ見て、顔を背ける。

「ええっ、悲しくないといえば、嘘になりますな。謙信は我の宿敵、憎んでも憎み切れぬ男で御座いましたが・・・子供の様な無邪気さが残った男でした」

「・・・・・・」

「あやつもまた、儂と同じで、越後の民を大事にしておりました。根本は、儂も謙信も、似た者同士だったのです。ただ、行う概念が儂は利を、謙信は義を主にしていた。それが大きな違い、奴の義は越後あっての義、儂も甲斐あっての利、お市様の様に分け隔てなく、国で考えるのではなく、民そのものを考える事は、出来ませんでした」

信玄は涙を流し、呟くように話す。

「・・・あたしも会って話してみたら、違う道もあったのかしらね」

市は澄み渡る青空を見上げながら、呟いた。

「あやつは我に勝るとも劣らぬ、頑固者故・・・でもお市様であれば、謙信の心、解せたのやもしれませぬな」

「そうね、手取川での戦の報告を聞けば、越後を捨てれば、上洛は可能だったでしょうね。上杉の知恵袋が船を手配してたんですもの、浅井を突き抜けて海に向かえば、用意された船に乗って敦賀に上陸、それに呼応して織田領内に潜伏していた反織田の残党が動くってのが策だったようだけど、それやられてたら、危なかったわ。毛利も手の平返して攻めてきたでしょうしね、あの辺、空っぽだったからねぇ・・・蹂躙されまくって分断されてたわ」

市は両手で体を抱きしめながら呟く。

「それすらも、逆手にとったのでは?」

信玄がニヤリとした顔で市を見る。

「買いかぶり過ぎよ、その一手には反応できなかったと思うわ・・・わたしはね」

「お市様では出来なくとも、信長様が反応されたでしょうな」

「そうなるでしょうね、兄様と謙信か・・・不謹慎だけど見たい対決ではあったかもね」

市が微笑んで呟くと、信玄が首を振りながら話し出す。

「本心ではそのような対決、望んではおりますまい。民を犠牲にするような戦など、お市様が望まれるはずは無いと思ったのですが・・・」

震源の言葉を聞き、市は暗い顔で話し出す。

「戦は遊戯じゃないわ、死がまとわりつく、見たいという欲望で、行わせて良いはずがない。全てはこの乱世を終わらせ、民の笑顔が溢れる国にすること、その大義の為にこの手を汚すことしかしちゃだめなのよ・・・でもね、私の中にもっと人の死を望む、乱世を楽しんでいる。もう一人のあたしが・・・ね」

市は両手を前に出して、手を見つめる。

その行為を見ていた信玄は言葉を失う。

「!・・・・・・」

幾多の戦や命のかかった場面でも、感じた事の無い恐怖を、市の顔を、動作さを見た瞬間、感じてしまい体が動かなくなる信玄。

「この頃、眠れないの・・・あたしが奪った数え切れぬ命が、私に語りかけてくるのよ・・・偽善者とね」

「その様な・・・」

「いえ、いいのよ。分かってる、あたしが行ってることなんて、偽善者以外何者でもない。人それぞれ考えがあるんだもの・・・あたしが正しいなんて思ってない。でもね、あたしはあたしが思う事をやり遂げる・・・例え魔王になってしまったとしても」

そう言って、信玄から背を背け、去っていく市の姿を見つめることしか出来ない信玄であった。


播磨姫時城の一室で、四人の男が話し合っていた。

「家康の謀反・・・抑えられたようだな」

宇喜多直家が呟く。

「姫様に死角は無いぎゃ」

猿が直家に向かって答える。

「しかし、姫様には珍しき行動です・・・雑兵すら許さぬとは」

半兵衛が苦しげに話す。

「三河での仕置も想像を絶しておるらしい。生まれたばかりの赤子も関係無く、一族郎党、根切りと聞く」

震えながら呟く、官兵衛。

「播磨、備前の対応も考えねばならぬやも知れぬな」

直家が思った事を皆に伝える。

「これからの仕置は、甘く考えぬ方が良いかもしれませんな。今の姫様は危ういのやも知れぬ」

官兵衛が苦痛の表情で話し出す。

「心が壊れかけてるかもしれないぎゃ」

猿は下を向いて呟く。

「このような時に、傍に居れぬとは・・・」

半兵衛が下唇を噛み締めながら、話す。

「我々の想像以上の重荷を、背負っておられるのであろうな」

「女子の身で、全ての重荷を背負っておられる。我らの中でその重みに耐えれる者が居るのか・・・」

直家と官兵衛は共に呟くあう。

「わしらが出来る事は、これ以上姫様に重荷を背負わせぬ事じゃなきゃぁか。今までのような手緩い交渉では無い・・・汚れる事も考えて、行うべきではないきゃ」

猿が決心した目で皆を見つめる。

「そうですね、猿殿の仰る通りで御座いましょう。織田に叛意を向けるものは全て、この半兵衛が姫様の代わりに消してみせましょう」

「「「・・・・・・」」」

(皆殺しの半兵衛・・・姫様より怖いのかもしれん)

半兵衛が微笑むと、三人は震えながら首を上下に動かしながら、考える事は三人同じであった。

こうして四人が動き出すと反織田の勢力は降伏も許されず、根切りされて行くようになると、中立を掲げていた者達は流れるように織田に従う選択をする。

この行為は中国地方での織田の恐ろしさを、更に植え付けて行くことになる。


吉田郡山城から居城に戻った小早川隆景は、各地から届く援軍要請の文を見ながら、物思いにふけっていた。

三河の仕置以降、山陽での織田の動き・・・厳しくなった。

織田の姫、子飼いの者達の動きが苛烈になっておる。

織田の姫に山陽での仕置を行わせようとはしておらぬ、自分達で始末しておる。

まるで織田の姫を庇うかのような行為だ。

織田に逆らう者は根切り・・・これが定着しつつある。

最早、播磨、備前は織田の手に落ちたと言わざるを得ん。

備中の三村も元親に代が変わったばかり、到底抑える事など出来まい。

美作も時間の問題であろう、父上と隆元兄上が織田に出向く前に、織田の色に染められておろう。

完敗じゃな、私に出来ることは毛利家中の反織田の粛清か・・・

「お面、居るか・・・」

「はっ・・・」

隆景が呟くと目の前にお面が姿を現す。

「織田に降る前に掃除せねばならぬ・・・消せ」

「御意」

お面が姿を消すと、隆景は庭に出て、夜空を見つめながら呟く。

「すまぬ・・・」

その瞳からは一筋の涙が流れていた。

この数日後、毛利家臣団で反織田を唱えていた家臣が一斉に全て死去する。

この事は毛利家に大きな激震となって内乱の様相を起こすが、速やかに行動を起こした隆景と元春に、鎮圧される事になる。

鎮圧された家は全て根切りされ、家中内に反織田派は一掃されることになる。

こうして毛利は自ら弱体化し、織田に下るしか道が無いようにしてしまったのである。

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