手取川の戦い 後編とその後
能登国軍政長官滝川一益は手取川周辺にて、上杉本隊と浅井軍の衝突を伝令の報告で聞く。
「なんと愚かな、川を渡るとは、浅井家は家中を纏めきれてはおらぬのか!」
一益は手にした軍配を、地面に投げつける。
「一益殿、如何にする・・・浅井軍の兵は確実に減っておる、それに道三殿も殺られては、軍神の兵を抑える事も難しかろう」
益重が一益に懸念を伝える。
「軍を進めよ!浅井軍と共に上杉本隊を抑えねば、浅井軍だけでは抑えきれまい」
苦しげな表情をしながら、呟くように話す一益。
「しかし、能登は飛騨と同じで、織田の政策が、行き届いておらぬ内に、この戦じゃ。兵の数が心許ないぞ・・・」
益重も苦しげな表情をする。
そんな二人を見つめ、笑いながら話しかける若い男が居た。
「伯父御も父上も頭が硬う御座いますな」
「んっ・・・慶次か」
「慶次!何が面白い!」
ニヤつきながら話す前田慶次郎利益を見て、冷静になる一益と腹を立てる益重。
「伯父御は分かったようで御座いますな・・・」
ニヤつきながら話す慶次に、一益は睨みつける。
「・・・真面に相手にするなと言いたいのであろう」
「ご名答で御座います。流石、進むも退くも滝川と、呼ばれるだけはありますな」
「どういうことじゃ!慶次、分かるように話せ!」
目を瞑り、呟くように話す一益、納得した顔をする慶次、首を傾げながら慶次に問い掛ける益重。
「分かりませぬのか?父上、我らは上杉を殲滅する為にいるのではないのですよ・・・上洛を阻止すれば勝ちです。なれば嫌がらせだけすれば良い」
「つまりは、上杉軍が全力で浅井とぶつかれぬ様にしておればいいと、言いたいのか・・・」
「慶次の言う通りじゃな、それが一番効果があるが、上杉の兵との小競り合い・・・命懸けじゃのう」
「嫌がらせには自信がありますぞ!其れがしは・・・はっはっはっ」
「「・・・・・・・」」
呆れた顔をして慶次を見つめる二人。
「では、謙信をからかいに参りましょうぞっ!」
こうして、滝川軍は能登から南下し、手取川で対峙する、上杉軍の側面に姿を現す。
そして、三木自綱もまた飛騨から北上し、上杉軍の後方に姿を現す。
道三を討ち漏らした謙信は怒りに震えていたが、能登、飛騨方面から現れた織田の軍勢を見て、機嫌を直していた。
「流石は、定満じゃな、言うた通りに、敵が寄せ集められてきたわ!此奴らを全て潰せば、良いのじゃからな!」
上機嫌で酒を注いだ盃を煽るように呑む謙信。
「しかし、お館様・・・三方を抑えられておれば、厳しくは御座いませぬか」
不安げな顔をして話す、長尾政景。
「ふん、飛騨、能登の兵は少ない。直ぐに殲滅してくれるわ!」
謙信の養子となっていた山浦国清が、強気の発言をする。
「よくぞ申した!それでこそ上杉の将である。あのような小勢直ぐに討ち滅ぼしてやろうぞ!」
政景の発言に、気を悪くしかけていた謙信は、国清の言葉を聞いて、機嫌を直す。
「お館様、能登、飛騨の兵は無視なさいませ・・・」
定満が呟くように発言する。
「なんじゃと!」
謙信は目を見開いて、叫ぶ。
「能登飛騨の兵に戦を仕掛けても、逃げられるだけです。お館様にお聞きしたい、真に上洛が目的であれば、それに時間を費やするよりも、川も収まり、渡河出来るのです。全力で浅井を叩き、その勢いで上洛すべきでございます・・・」
定満は苦しそうに発言する。
「なんじゃ!真にとは!真に決まっておろう!」
「ではお聞き致す、越後を捨てるという気構え、御座いまするか!あるならば、浅井を攻め、一気に京に毘沙門天の旗立てなされ!その手配全て行っております!」
「なんじゃと!何故、越後が奪われるというのじゃ!」
慌てたように定満を睨む謙信。
「信濃、上野より、織田の兵を率いた信玄が、この機会に越後に攻めることは確実で御座います。それを阻止できるのはお館様以外おりませぬ・・・しかし上洛をされるのであれば、越後は捨てて頂くほか、御座いませぬ!」
定満は強い視線で謙信を見つめる。
「・・・越後は捨てぬ、上洛も必ず果たす!その為に、能登も飛騨も、攻め落としてくれる!」
「・・・御意」
謙信は定満を睨みつけながら、叫ぶ。
定満は思う、無謀すぎると・・・。
上洛を果たす策はある、越後は京まで距離がある。ならば越後を犠牲にするしかない、それが出来ないのであれば・・・上洛など出来ないと。
分かっていると思い、進言し、策を伝えた。
しかし、謙信は越後が取られると思っていない・・・
そこに定満と謙信のズレが生じていた。
定満はその後、発言しなくなり、自分の率いる軍の元に向かったのであった。
定満の考えは当たり、上杉軍が飛騨勢に戦を仕掛けると、能登勢が上杉軍に攻撃を仕掛け、能登勢に矛先を変えると、能登勢が退き、飛騨勢が攻める。
こうして時間を取られていた。
越後を攻める為、海部城まで兵を進めていた信玄の前に、三ツ者頭領出浦盛清が現れて、越中での戦の報告をする。
「そうか、蝮殿が逝ったか・・・しかし謙信は翻弄されておるのう。織田の人材は優れておるな」
悲しげな顔を浮かべた後に、謙信の苦戦を聞き、顔がニヤつく信玄。
「では我らも、早く越後に攻め入り、越中におる御味方を、安心させねばなりませぬな」
丹羽長秀が信玄に話しかける。
「そうじゃのう、上野にいる河尻殿と早く合流して、攻めねばならんな」
席を立ち、外に向かう信玄の前に一人の忍びが現れる。
「信玄公で御座いますか・・・」
「なっ!我が気付けなかっただと・・・何処から来た!」
盛清は慌てて、信玄の前に出て庇おうとする。
「敵意はない、お市様からの文をお届けに参っただけ・・・」
男は片膝を着くと、文を懐から取り出し、前に差し出す。
「お市様からじゃと・・・、してお主の名はなんと申す」
文を手に取り、名を尋ねる信玄。
「百地衆副頭領、石川五右衛門・・・」
「百地殿の手の者か、盛清・・・精進せねばな」
「・・・申し訳ございません」
信玄から、冷たい言葉をかけられて、盛清は顔を赤くして謝罪する。
「確かに渡しましたぞ・・・では」
五右衛門は素早く、その場から姿を消した。
「丹羽殿と幸隆を呼んで参れ、悪い予感が当たったようじゃ・・・」
文を握り締めながら、盛清に二人を呼ぶように指示する信玄。
「御意」
二人は直ぐに信玄の前に来ると、文の内容を聞かされて、驚きを隠せなかった。
「我ら、武田は越後には行かず、信濃三河の国境にて待機致す、丹羽殿もお付き合い頂きたい。幸隆は上野に急ぎ向かえ、そして河尻殿と共に越後に攻め入れ、ただし謙信が来たら、退け」
「「御意」」
信玄の指示の元、軍を分けて行動を開始し、上野に着いた幸隆は直ぐに上野勢を率いて、越後に侵攻すると謙信は上洛を諦め、越後に戻るのであった。
信玄も国境付近で待機していると、五右衛門が現れ、市からの文を渡されるとすぐさま、行動を開始して、三河に進行すると瞬くまに制圧してしまうのであった。
雉麻呂は遠江、駿河を経由して北条に向かっていたが、元今川の息のかかった武将の元を訪れると、彼らに意味深な言葉を伝えると、直ぐに去った。
その言葉の意味を知るのは、去った後から来た家康からの文を見て、悟る事になる。
「義元様の仰ったお言葉は、このようなことであったか・・・」
岡部元信は文を片手に握り締め、一人呟くと、雉麻呂の残した言葉を思い出す。
(近い内、家康からとんでもない命令が来るじゃろう。良いか、決して従うな・・・従えば滅ぶぞ。逆に援軍となれ。良いな元信)
「義元様の言、無視など出来ぬ。兵を集めよ!家康の命に従う者を攻め滅ぼしてから、北条の援軍に参る!急げ」
こうして雉麻呂に声をかけられた武将は全て、家康の息がかかった武将と遠江、駿河でぶつかり合うが奇襲を受けた形となった家康方は、短時間で駆逐される。
その後は北条の援軍に向かうのであった。




