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獣達から見た天下  作者: 女々しい男
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手取川の戦い 前編

本能寺の戦が始まる前に、時は遡る。

浅井長政と斎藤道三は北近江を出立すると越前、加賀で兵を増やしながら、北上し、手取川を渡らず、陣を張った。

そこで道三は長政に策を伝える。

「良いか長政殿、上杉は上洛を目的としておる。つまりは加賀、越前を通るつもりじゃ、そこでこの手取川を壁にして、上杉軍を牽制する。能登、飛騨から越中を攻め、謙信が来たら逃げる。さすれば、信濃、上野から武田が越後を攻める。そうすれば謙信は越後に戻る・・・これで終いじゃ」

「しかし・・・飛騨、岐阜という道もありますが・・・」

長政は懸念を道三に伝える。

「いや、飛騨は山道じゃ、大軍を擁しての侵攻は辛い。尚且つ城を落としながら進まねばならぬ、伏兵が置き放題になるからのう。それを分かっておろう謙信は・・・それに、野戦では負けぬ自信が、そうさせるじゃろう」

「なるほど・・・」

長政は道三の策に頷く。

「良いかな、この戦は謙信を倒す戦ではない。追い払うだけで越中は落ちる、しかしじゃ・・・謙信はこちらが思わぬ事を、平気で起こす男じゃ、じゃから儂が飛騨に行く。丁度、娘婿の三木自綱が飛騨勢を率いておるからな、こちらはここを死守すれば良い」

「お任せを!」

長政は胸を叩き、道三に力強く答える。

「良いな、決して手取川を渡るな・・・渡れば、負けるぞ」

強い視線で長政を見つめ、念を押す道三。

「渡りませぬ!」

「うぬ、では行ってくる。直経頼んだぞぉ」

長政の隣にいた遠藤直経にも、念を押す。

「お任せあれ」

こうして道三は浅井軍と別れ、飛騨に向かった。

それから数日後、手取川を挟む形で、浅井軍と上杉軍が対峙する。


上杉陣営では謙信が、浅井軍を見て、怒りを顕にしていた。

「あの若造が、川向こうに陣など張りおって・・・忌々しい」

「お館様、あの陣は抜けませぬ。時期を改めては・・・」

「喧しい!定満、あのような陣、直ぐに蹴散らし抜いてくれるわ!」

「・・・・・・」

謙信は定満に強気な発言をしたが、川を渡って浅井軍を攻める愚かさは分かっていた為、浅井軍に向かって、罵声を浴びせて、川を渡らせようと画策し、行動するが、効果は今ひとつであった。

しかも、能登や飛騨から、越中に攻め入る織田軍の対処で、上杉軍は翻弄されていた。

「くっ・・・何とかならぬのか」

謙信は弱音を吐く。

「手が無い訳ではございません」

定満が謙信に向かって、進言する。

「なんじゃと!策があるのか!」

驚いた顔をして、謙信が定満を見る。

「はい、浅井を打ち破る策はあります・・・ただし一時的なものです、浅井を破っても、加賀、越前、近江と通らねば、京には行けませぬ」

「浅井さえ打ち破れば、我の力で突き進めるわ!まぁ良い、その策、言うてみよ」

謙信が定満に、策を言うように強く話す。

定満は呆れた顔で、話し出す。

「お館様、手取川を見てくだされ、おかしいとは思いませぬか?」

「んっなんじゃいきなり・・・いつもの水位ではないような」

「そうです、この戦をする前から、事前に手を打っておりました。上流にて堰止めております」

「なんじゃと!」

「では策を申します。我ら上杉軍が、飛騨に攻め入るように見せかけます。今まで、お館様が指示した挑発が役に立ちます。水位は下がっており、渡りやすくなっている上に、我らが背を向ける好機を逃そうとはしない武将が浅井にはおるでしょう。追撃してきた軍が、川を渡ったら、堰を切り、分断して、我らが反転して、攻め入れば良いのです。分断された軍を助けに、全ての敵が此処に来るでしょう・・・それを討てば、良いだけです」

「追撃してこぬ場合はどうする?」

「その時は、飛騨、岐阜を通れば良いだけです。報告では岐阜には兵がおらぬそうですし・・・」

「流石は我が師じゃ!その策を使う!皆に伝えよ!」

上機嫌になった謙信に対して、定満は暗い顔をしていた。


一方、浅井軍の陣営では日々、上杉軍からの罵声と挑発に家臣の武将達が怒りを顕にしていた。

「殿!上杉の言葉、最早我慢なりませぬ!」

「そうじゃ!我慢など出来るか!川の水位も低い、少し足場の悪い道になっておるだけじゃ、兵の数も余り変わらぬ。ここは浅井の武名を知らしめる時ですぞ!」

「織田家の傘下に入ってから、このように(浅井は戦も出来ぬ腰抜けと)言われ、続けております。ここは謙信の首を取り、織田家を見返して、やりましょうぞ!」

次々に上杉軍を攻めるように進言する家臣達。

「井規、貞大、清良・・・我慢せよ。この戦は負けられぬ戦じゃ、謙信の力見くびるでない!道三殿の言葉忘れたか!速やかに配置に戻り、上杉の動向を気にしておれ」

「「「・・・御意」」」

長政は浅井井規、阿閉貞大、雨森清良の三人を強く諌め、下がらせる。

「しかし、あの御三方は分かっておりませんな、この戦の意味を・・・しかし、殿、このように動きがなければ、時は稼げますな。武田が越後に侵攻すれば、こちらの勝ちですな」

直経が長政に呟く。

「そうじゃのう・・・何事もなければな」

長政は嫌な胸騒ぎを感じていた。


「上杉軍が反転、飛騨の方角に全軍移動しております!」

長政の前に伝令が走り込んでくる。

「なに!」

長政が本陣の天幕を退かして、外に出ると、追従するかのように、直経も外に出る。

「殿、井規殿が追撃を開始しましたぞ!貞大殿と清良殿の軍も追従しております!」

直経が状況を静かに見つめながら、叫ぶ。

「罠じゃ!引き戻せ!」

「無理です・・・もはや間に合いませぬ、見捨てる他ありませぬ」

叫ぶ長政に直経は、諭すように呟く。

「なにっ!出来ぬ・・・兵を進めよ!」

長政は軍配を突き出しながら、叫ぶ。

「なりませぬ!道三様の言、お忘れか!」

長政の突き出した軍配の前に、立ちはだかる直経。

「くっ・・・」

長政は軍配を地面に叩きつける。

長政と直経には、上杉軍を追撃する味方の軍を見つめるしかなかった。


上杉軍は追撃してきた浅井軍を引き付けるだけ、引き付けると反転し、両軍は激突する。

その光景を静かに見つめていた男が居た。

「やはり、超えてしまったようじゃのう・・・」

静かに呟く道三。

「義父様、どうなさいますか」

娘婿の三木自綱が道三に話しかける。

「助けぬわけにはいくまい、ここが儂の死に場所のようじゃ・・・」

「・・・・・・」

覚悟を決めた顔をして話す道三に、声が詰まる自綱。

「飛騨の兵は使わぬ、儂が連れてきた昔からの者達と行くことにする」

「義父、私もお供いたします!」

「ならぬ、お主の兵は婿殿や娘御の兵・・・死地になど赴かせる訳にはいかぬ。それに謙信の肝を冷やさせてやるわ、見ておれ」

「そのような・・・」

道三は笑い、自綱は苦しそうな顔をする。

「時が無い、お主は動くなよ・・・良いな」

「・・・はい」


別れを済ませた道三は、岐阜から連れてきた兵3百を引き連れ、上杉の側面に奇襲をかけると、上杉優勢の状況に変化をもたらす。

「側面より敵襲!お味方崩されています!旗印は二頭立浪!斎藤の旗印です!」

伝令が謙信に報告する。

「なにぃ!まさか・・・道三か」

「・・・・・・」

驚く謙信と無言で下を向く定満。

道三は槍を振り回し、声を上げる。

「儂は蝮の道三じゃ!儂の槍を受けれる名誉をくれてやろうぞ!かかって参れ!」

「おおっ!大将首じゃ!討ち取れぇ」

浅井兵に向かっていた上杉兵が、道三に標的を変えて攻め寄せる。

「今のうちじゃ!浅井の兵よ引け!引くのじゃ!」

道三の叫びが聞こえるわけが無いが、上杉の攻撃が緩んだ事で浅井井規軍、阿閉貞大軍、雨森清良軍は隊列を崩して、我先にと逃げ出し、敗走する。

それを見た定満は苦しげに右手を上げると、赤い狼煙が、上杉本陣から立ち上る。

その狼煙を見た道三、長政、直経は上杉軍の策を悟り、目を閉じる。

凄まじい音と共に、上流から鉄砲水が流れ込んでくると、川に逃げ込んでいた浅井兵は、鉄砲水に流され始める。

そんな浅井兵に対して、追撃する上杉兵。

「浅井の兵を助けよ!進めぇ!」

道三は傷ついた身体で叫びながら、浅井兵を追撃する上杉軍に突撃する。

その姿は、軍神の軍である上杉の兵すらたじろかせる。

「見事・・・」

定満は道三を見つめ、呟く。

「ふんっ、死に損ないよ。我がその首取ってこよう!」

謙信は単騎で、道三の元に馬を走らせる。

「段蔵、居るか・・・お館様には道三殿の首は取らせるな」

「御意」

静かに定満が呟くと、定満の後ろに控えていた男が答え、姿を消す。

戦場は乱戦の様相を醸し出す、手取川の戦は佳境に入っていた。

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