元就との密会
場所は毛利元就の居城である吉田郡山城。
尼子が織田に泣き付いたという報告を聞き、親子で話し合った後・・・。
元就は一人、庭先に出て、夜空に浮かぶ月を見つめていた。
「思うように行かないものだな」
元就は口から溢れる溜息と共に心境を呟く。
(山陽での失態が此処まで大きく響くとは、分かっていた事だとしても苦しい。尼子だけでもと思ったが・・・もう無理であろう)
そんな時に一人の忍びが現れる。
「お面か・・・どうした」
元就の前に現れたのは、座頭衆の棟梁、杉原盛重であった。
「どうやら、織田の姫が出雲に来るようで御座います」
片膝を地面につけて、頭を下げる盛重。
「ほう・・・その情報、良く仕入れることができたな」
元就は怪訝な顔をして、盛重を見つめる。
「・・・・・・」
頭を下げたまま、言葉を発しない盛重を見て、元就は悟る。
「すまぬな・・・多くの犠牲を払ったのであろう」
「・・・些細な事に御座います」
元就は盛重の前にしゃがむと手を取り、悲痛な顔をして、頭を下げた。
「なっ!そのように頭を下げないで下され・・・」
「すまぬ・・・すまぬ・・・」
元就は涙を流して謝罪する。
「我ら、毛利に賭けておりますれば、このような事で、心を乱さないで頂きたい。元はと言えば、山陽での出来事も我らの腑甲斐無さが原因・・・少しでも挽回せねば、世鬼一族の名折れで御座います」
盛重は土下座をして、元就に頭を下げる。
「お主達の気持ち無駄にはせぬ・・・」
元就は、覚悟を決めた顔をして、月を見ながら呟くとその場を去った。
市が少ない共を連れて、出雲に訪れると、直ぐに尼子義久と会って話を纏めると、直ぐに出雲を立ち、岐阜に帰る道中。
「んっ、どうしたの?藤林・・・あらっ望月もいるのね」
市は目の前に現れた二人を見て声をかける。
「姫様・・・情報が漏れていた様でございます」
「我らの不備、申し訳ございません。我らの配下も十数名しか連れて来ておりません」
二人は深々と頭を下げて謝罪する。
「・・・毛利の忍びか」
市は周りを見ながら、呟く。
「はい、囲まれております」
「まっこの辺は毛利の庭だもんね、仕方無いわね・・・逃げれそう?」
市は笑顔で、藤林に問い掛ける。
「我らの一命を賭けて!お守り致します」
「姫様は我等など気にせず、お逃げ下さい・・・道を開きます」
藤林と望月が覚悟を決めた顔をする。
「姫様、この熊の背中に隠れて居られよ!」
「熊、俺と雑賀衆が援護してやるよ、と言っても俺も数名しか連れて来てねぇ・・・でも、必ず姫は逃がせ」
熊は市に話しかけていると、鴉が現れて熊に話しかける。
「何言ってんの、逃げないわよ。あたしがどんな死に方をしても天命・・・あんた達を置いて逃げる訳無いでしょ」
市は笑顔で、皆に語りかける。
「姫様、今回ばかりは、姫様の言い付けを守れませぬ!姫様は我らの希望、天命ならば、神仏すら切り捨てましょう!逃げてくだされ・・・お頼み申します」
熊が皆を代表するかの様に話すと、皆が頭を下げる。
「・・・熊、皆もなの」
市が悲しげな顔をして、皆を見る。
そんな時、市に向かって、一人の翁が歩いてくる。
「姫様、其れがしの後ろに!」
それを見つけると、即座に市の前に立つ熊。
「どうやら・・・殺る気はまだ無いようよ」
市は呟くように話す。
「織田の姫、お市様ですかな・・・」
翁は熊の前まで来ると、熊の後ろにいる市に声をかける。
「そうよ、あんたが元就?あたしの首でも取って、拝みに来たの?」
微笑みながら、元就の前に立つ市。
「姫様!あぶのうございます!」
「煩い熊!静かにして、元就はあたしの首だけでは殺らないわ・・・兄様と一緒じゃなきゃね」
「気づいておられましたか・・・」
「気付くわよ、殺る気なら、とっくの昔に殺られてるわ。でもわざわざ出向いて来るって・・・交渉かしら?」
首を傾げながら、元就に話しかける市。
「流石、お市様・・・話が分かっておられる」
元就はしてやった顔をして、市を見る。
「交渉ねぇ・・・どうせ、織田の不穏分子の炙り出して、恩でも着せる気?東海の甘ちゃん子狸辺りを唆すのかしら?」
「なっ!」
元就は驚いた顔を隠せずにいた。
「上杉、三好、佐竹、里見、山名、三村、後は山陽の反織田派辺りも動くんでしょ?」
「・・・・・・」
「見返りは情報を流すから、毛利の存続願いってとこかしら?違う?」
市が微笑みながら、元就に話しかける。
「・・・ご推察の通りです」
元就は苦しげな表情をして、市に呟くように話す。
「そうね、安芸、石見、周防、長門の四カ国のみ、安堵かしら・・・」
元就に冷めた顔をして、冷たく言い放つ市。
「・・・是非も無し」
肩を落として、呟く元就。
「後、人質を出してもらうわ。あんたの孫の幸鶴丸をね・・・」
「なっ・・・それは・・・」
元就が苦痛に歪む顔をする。
「あたしの元で養育し、責任を持つわ。嫌なら、織田に敵意を抱く者と一緒に、纏めて消すしかないわ・・・毛利」
「・・・・・・」
沈黙する元就。
すると周りに伏せていた毛利の忍達が、殺気を放つ。
「ふぅ、殺る気?まっいいけど・・・」
市が、この世の者とは思えない様な声で呟く。
「お面!動くな!挑発じゃ!」
元就が叫ぶが間に合わず、数本の棒手裏剣が、市に向かって飛んでくる。
「甘いわ!」
熊が全ての棒手裏剣を叩き落とすと、藤林、望月、鴉の三人とそれぞれの配下が反撃しようとする。
「殺っちゃ駄目よ・・・」
市が呟くと、皆が武器を仕舞う。
「器が違うか、見かけに寄らず・・・恐ろしき女子よ。お市様の条件、呑みまする」
笑顔で元就が市に話しかける。
「流石、謀神と呼ばれる元就殿ね。今度、二人でゆっくりと、お茶でも飲みましょ」
市は微笑みながら、元就に優しく話しかける。
「謀神など・・・お市様の前では、恥ずかしくて言えませぬ。ただ・・・お心を強くお持ちくだされ」
「・・・ありがと」
頭を掻きながら、笑顔で話す元就に、市は笑顔で答える。
しかし、元就の心には、これから市が行わなければならない事を考えて、市の心が折れないようにと願っていた。




