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獣達から見た天下  作者: 女々しい男
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義信の置き土産

少し時は遡り、お市の密命を受けた藤林長門守は、甲賀五十三家の筆頭格である望月出雲守と対面していた。

「これはこれは長門守殿、お久しぶりに御座いますな。取次も無く、それもお一人で参られるとは・・・何かありましたか」

「単刀直入に話そう、我が主が武田を攻める。そこで出雲守殿に、お願いがあって参った」

強い視線で藤林を見る望月に、頭を下げながら話す藤林。

「千代女に寝返れということですかな?」

「・・・如何にも」

「千代女はこの望月の家を離れ、武田に拾われた者なれば・・・難しゅう御座いますな」

望月は苦い顔をして、否定の言葉を発する。

「姫様は武田を消したくはない、との仰せなのだ」

「何故、お市様が武田を消したくはないのじゃ?武田信玄は約定破り、近隣諸国を攻め周り、とてもではないが良い家とは言えぬと思うが・・・」

「それも民の為と姫様は見ておられる。一部の民だけだがな、その考えは姫様の考えと似ておるらしい。」

「それで消すのは忍びないと・・・」

「それもあるのであろうが、信玄に謀反の罪にて成敗された、嫡男義信殿より、生前に送ったであろう文が、姫様宛に参った。そこには民を憂いた文面と、信玄が何故左様な行動を起こすのか、その動機や心情が綴られておった。姫様は泣きながら悔やんでおった・・・もっと早く気付いてあげられたらと、声を殺して泣いていたのだ」

「・・・・・・」

声を震わせながら話す藤林に、望月は何も言えなくなる。

「儂等、忍びを使い捨ての道具や民百姓以下としか考えないこの世の中で、人として扱い、我らと同じ目線に立ち、共にこの世を変えようとまで仰ってくれたあの姫様が、声を殺して悔やみながら泣いたのだ・・・頼む、力を貸してくれ」

土下座をして、涙を流しながら、頭を下げる藤林。

その姿を見た望月は言葉を失う。

あの気高く、誰よりも頭を下げる事が嫌いな藤林が、同じ忍びである自分に頭を下げる姿に・・・。

「お主ほどの男に、そこまでさせるお方なのか」

「我が命、いや伊賀者全て、姫様の為にならば、喜んで死ねる」

顔を上げて、強い眼差しで望月を見る藤林。

「そうか、わかった。甲賀もお市様に賭けよう・・・皆もそれで良いか」

望月が言葉を発すると襖が開き、望月家を除く、五十二家の当主が頭を下げて同意していた。

「・・・忝ない」

涙を流し続けながら、感謝する藤林。

「礼など不要じゃ、我らも姫様に賭けて見たくなったのじゃ・・・そうじゃろ?皆の衆」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

こうして甲賀の望月は千代女と接触して、表向きはそのまま、武田に仕えさせたが、武田家から離反させる事に成功させる。

こうして甲賀を後にした藤林は、望月と共にお市の元に向かうのであった。



武田信玄が駿河に進行した頃、お市は岐阜を速やかに出立すると兵を信濃に向けて進軍していた。

「んっ・・・藤林かしら?隣の方は?」

輿に乗せられ、左右に奇妙と鶴を連れた市が何かに気付き、声を出す。

「はっ」

「お初にお目にかかります。甲賀の望月出雲守と申します」

輿の横に素早く現れた藤林が市に向かい返答して、望月が挨拶をする。

「甲賀の望月・・・甲賀の纏め役ね。こんな所まで来て貰ってごめんなさいね、うちの藤林が無茶なお願いでもしたんじゃないの・・・御免ね」

「いえ、長門守の貴重な姿を見せて頂けましたので、良いのです」

そう言って笑う望月に藤林は嫌な顔をしていた。

「それはそうと、信玄の目と耳を塞げてるかしら?」

市は首を傾げながら、呟くように話す。

「私が直に望月千代女との接触し、口説き落としました。こちらに付くとの事、それと亡き飯富虎昌殿の配下であった三ツ者と接触出来まして、十数名の三ツ者も虎昌殿の密命に従い、当方に協力するとの事。それにより信玄への報告は限られましょう」

望月が市の問いに答える。

「砥石城代にお市様の出された文を届け、織田に降るとの事」

望月の話した後に続くように藤林が話し出す。

「今、信濃砥石城の城代は木曾義昌だったかしら?」

「はい、亡き武田義信殿の文と共にお届けいたしました。お市様だけの文では流石に降るとは仰せになりませんでしたので・・・」

「それはそうね、信玄の娘婿でもあるしね。義信殿には頭が下がるわ、あたしの策を殆ど読んでたんですもの・・・惜しい方を亡くしてしまったわ」

市は自分の胸元に忍ばせた、義信からの文を抑えながら話す。

「父、信玄をも超える人物となれたでしょうな・・・」

「信玄の目を覚ませたかったのでしょうね。生きて解決する考えを持って欲しかったわ」

市は悲しげな目をしながら呟く。

「幼き頃より、信玄を見ていた義信殿がそうすることしか、目を覚まさせる事が出来ぬと、考えたのでしょう」

「そうね、だからあたしもこの策を取ったのだから・・・それに砥石城は力攻めでは、かなりの被害を覚悟しなきゃならないからね。二番煎じだけど真田幸隆殿の様に、調略で落とす事しか考えつかなかった。それも義信殿のお膳立てがあってこそ・・・自分の力の無さを痛感してるわ」

肩を落としながら呟く市。

「姫様の目指す天下に、希望を見いだしている者達の期待をお忘れなく・・・」

強い眼差しで市を見つめる藤林と望月に笑顔で静かに頷く市。

「任せといて」

抵抗らしい戦闘も無いままに、砥石城に到着すると、そのまま織田兵を城内に入れ、木曾義昌に会う。

それからの市の行動は素早かった、信濃の各城や豪族に降伏勧告を出すと、信玄にも文を出す。

駿河から逃げ帰った信玄は、市からの降伏勧告を承諾し、砥石城で市に拝謁すると処分を受けた。

そして深夜、信玄の寝ている部屋に一人の女が入ってきて言葉をかける。

「寝てる?」

「なっ!まっまさかお市様!・・・夜這いですかな。もう年でしてお役には立てそうも・・・」

「それ以上、言ったら殺すぞ・・・」

部屋中に忍んでいるであろう忍びの者達が殺気立つ。

「・・・冗談です」

顔を青くさせて、体を震わせながら、なんとか声を出す信玄。

「まっ・・・いいわ。ここは暑いわ、ちょっと庭で話でもしない?」

「参りましょう」

庭先には篝火が煌々と光を放ち、幻想的な風景がそこにはあった。

二人は静かに庭に出ると夜空を眺めていた。

「義信殿の事・・・残念だったわね」

市は信玄を見ずに話しかける。

「我の気持ちも分からない愚息でした。気にしてなどおりません」

冷たく話す信玄。

「そっ・・・知らないのは貴方の方じゃなくて?」

冷たい声で話した後、市は懐に仕舞ってあった文を取り出すと、信玄に手渡す。

「これは・・・」

「義信殿からの手紙よ」

信玄は静かに文を見つめ、文を広げて目を通し始めると、次第に顔色が変わる。

「それを見ても貴方は考えが、変わらないのかしら?」

市は夜空を眺めながら、呟く。

信玄は文を持った手を震わせて、声を殺して泣き始める。

「うっ、ううっ・・・・」

「貴方、良い父親だったようね、子は親を見て育つ。立派な男だったでしょ・・・貴方の息子は」

「はぃ・・・私の自慢の息子で御座いました」

泣き崩れる信玄。

「そこにいる子、こっちにいらっしゃい」

市は庭の隅に人影を見つけて、声をかける。

「・・・はい」

そう言って現れたのは義信の妻、梅であった。

「梅か・・・すまなかった」

信玄は涙を拭いて立ち上がると、梅に言葉をかける。

「いえ、義信様は義父上を決して恨まないでくれと、仰せになりましたから、恨む事など・・・」

お腹をさすりながら話す梅。

「そうか・・・」

「それにこのお腹の子を立派に育てるという使命が御座いますれば、左様な事に構ってはおられませぬ」

そう言って信玄に微笑む梅。

「なんと・・・そなたの元で義信は生きておるのだな」

そう言って信玄は梅を抱きしめ、二人で泣きながら微笑む姿を見て、市は早くこの乱世を終わらせようと心に誓うのであった。

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