半兵衛の静かな怒り
志方城に兵を集め、御着城奪還を企てる小寺政職と、櫛橋政伊は共に向かい合い、会話をしていた。
「あやつ等を除けば、播磨も毛利側一色となった。最早、山陽のみ成らず、中国地方は全て毛利の息が掛かった土地となり、纏まろう。播磨の主とは成れぬが、織田にこき使われるよりもましであるかのう」
政職はいそいそと武具を身に付けながら、政伊に話しかける。
「はい、織田の援軍もどうやら参らぬ様子。武田に思わぬ苦戦を強いられておるのやも、知れませんな。それに比べて、毛利はこの播磨に援軍を寄越しております。流石は毛利と言えましょう」
「そうじゃのう、御着を官兵衛に奪われはしたが、あのような虚を付いて騙し討ちされれば、口惜しいが幾ら儂でも引かねばならなかったからな。しかし、御着の城は堅固なれど、慣れ親しんだ城じゃ、目を瞑っておっても落とせるわ!それに赤松の兵と共に攻めるのじゃ、直ぐに落として見せようぞ!」
武具を着込み、握り拳を作る政職。
「御着には残念ながら、官兵衛は居らぬ様子。代わりに織田の者が指揮をしておるとの事。しかし、殿の前では案山子のようなものでございましょう」
政伊は鼻で笑いながら話す。
「うぬ、官兵衛の首を取れぬのは残念じゃが、毛利と別所の顔も、立てなければならぬからな。早々に落として、織田の領地も奪ってやろうかのう」
「流石は殿にございますな。それも良いかもしれませんぞ!毛利、別所の兵と我らの兵を合わせれば、織田の領地など切り取り放題で御座いましょう」
二人は共に笑い合いながら、兵を率いて御着に攻め上る。
しかし、二人が目にした御着の城は自分達の知る城では無くなっていた。
「なっ・・・」
「どうなっておる!」
二人の前に有る城は堀を二重に深く掘られ、櫓を何十と立てて有る異質な城になっていた。
そんな御着城の城壁に立った一人の優男が声を出す。
「私は織田の姫、お市様が家臣、竹中半兵衛重治!このような小城にそのような大層な兵を率いて参られるとは、よほど私が怖いのですか?流石は城をいち早く逃げ出した元領主様ですな。器が知れますぞ・・・ふふふっ」
半兵衛は右手に持った軍配で顔を扇ぎながら、叫ぶ。
「なんじゃと!女子如きの家臣に舐められてたまるか!織田の市とやらは大層美しいそうじゃな!お主を捕まえて、お主の目の前で市を犯してくれようぞ!全軍一気に攻め落とせぇ!」
政職は顔を真っ赤にすると、半兵衛とお市に対して、悪態を吐き額に青筋を立てながら、怒りに任せて全軍に突撃命令を下す。
「「「「おおっ!!!」」」」
小寺の軍が我先にと、御着の城に向かう姿を見て、赤松の兵も追従して、攻め上る。
一つ目の堀を超えて、二つ目の堀も超えて、城壁に小寺の兵が取り付くまで、城からの攻撃は無かった。
「なんと、拍子抜けじゃ!容易く城にたどり着かせるとはな!半兵衛とやらは口だけの男のようだ・・・なっ!」
城からの反撃が無かった為、小寺と赤松の兵は皆、堀を超えて城壁周辺に居た。
そんな時に城から放たれた数本の火矢が、一つ目の堀の中に落ちると凄まじい炎を上げて、堀が火の海となり、火の壁が出来上がる。
「殿っ!退路が絶たれましたぁ!」
政伊は慌てふためき、進言する。
「なっ!気にするなぁ!このまま城を攻め落とせば良いのじゃ!攻めかかれ!」
政職は叫ぶ。
「なんとまぁ、通常は城攻めに、全力で攻めかかるなどありえぬ事、兵を分けて、投入するのですがね・・・余程頭に血が上りましたか?これでは思わぬ悪名が付くかも知れませんね。まっ良いですがね・・・」
口元に笑みを浮かべながら呟く半兵衛ではあったが、市に対しての暴言を許す気は毛頭無い様であった。
城壁から熱せられた大量の油が振りかけ、火矢を射掛けられる。
この城からの反撃に小寺赤松の兵は混乱、指揮系統が機能しなくなる。
それを見ていた半兵衛は軍配を掲げると、赤い狼煙が城から立ち上る。
城の外に待機させていた川並衆を含む、御着の兵二百余りが狼煙を見て現れると、弓矢や火縄を使い、炎の壁の向こう側から射掛ける。
火に包まれて悲鳴を上げて、のたうち回る兵の声に混乱は拍車をかける。
「なんなのじゃ・・・これは、夢なのか。暑い、暑いのじゃ、助けてくれ、助けてくれぇ!官兵衛ぇ!」
政職は完全に戦意を無くし、膝を付いて頭を下げ呟くと、最後には狂ったように叫び、空を見上げる。
「殿っ!お逃げくだされ!」
そんな政職を見て、政伊は叫ぶが、退路など何処にもなかった。
そんな時に二つ目の堀に火が入るとその堀も大きな火柱と共に燃え上がる。
完全に閉じ込められて、火の海となった中で、もがき苦しむ小寺と赤松の兵を冷めた目で見つめる半兵衛。
「これほど早々と決着が付くとは、しかしこれほどの火で回りが囲まれては城からは出れませんね、官兵衛殿の援軍には外の者達しか、向かわせられないとは残念です。もっと骨のある方が良かったですね・・・」
残念そうに呟く半兵衛。
こうして火が消えた時、城の外で炎の海に囲まれていた者の中で、生きて動き出す者は居なかったのである。
こうして御着攻防戦での織田の被害は、皆無と言って良いほど少なく、小寺と赤松は城攻めに参加した全ての兵が死亡、兵糧を守っていた僅かな兵は、全てを置き去りにして逃げ帰った為に、命は助かったが恐怖は植え付けられていたという。
この戦果に近隣国だけでは無く、全国で竹中半兵衛重治の名は「皆殺しの半兵衛」と呼ばれ、知れ渡り、恐れられる事になる。
後日、この報告を聞いたお市は、自分の両腕で自分自身を抱きしめながら、こう呟いたという。
「やっぱり、半兵衛は怒らせちゃ・・・らめね」




