山陽の思惑
安芸の国、新高山城の一室で、二人の男が共に会話し、思案を重ねていた。
一人は小早川隆景。
謀神毛利元就の次男であり、父親譲りの智謀で、山陽地方の攻略を一任された男。
もう一人は安国寺恵瓊。
毛利の外交僧として頭角を表し、数々の問題を解決してきた人物であった。
「恵瓊、織田の動きどう捉える」
「織田は領内の安定と武田の仕置を重視しておるようです。今のうちに中国地方を纏めるが良いかと」
私は恵瓊の顔を、正面から見据えて問うと、恵瓊は涼しげな顔をして答える。
「ふむ、どれだけの時間が我らには残されていると思う?」
「あまり時間は無いかと、織田を影で動かしている方が、動き出しておりますれば・・・」
恵瓊は先程までの涼しげな顔を一瞬で変えて、下を向く。
「それは、織田の市か・・・」
私は顔を歪めて恵瓊を睨む。
「女子がここまでやるとは、我らには想像も付きませぬが、信長の市に対する信頼は異常で御座います。それにあの女子の周りには、綺羅星のごとく優秀な者が集まっております」
「・・・・・・」
「それに、不確かな情報では御座いますが、播磨に市の手の者が入国したとの情報もあります」
恵瓊は右手に持った数珠を、指で数えるような仕草をしながら、私に話しかける。
「何ゆえに女子如きが重要されておるのか。理解に苦しむが、その力量、甘く考えては痛い目を見そうだな」
私は立ち上がり、庭に向かう。
「我らの常識で考えると、あぶのうございますな。織田と毛利の領地が隣接するまでの間が残された時間かと愚考致します」
恵瓊は、庭に向かう私の後ろ姿に、話しかけるように呟く。
「備後はこの小早川家が抑えておる。後は毛利方である、備中の三村家親が美作、備前に勢力を伸ばしておる。邪魔なのは宇喜多直家か・・・」
顎に手をやり、思案しながら恵瓊に対して呟く。
「宇喜多を後押ししておった播磨の小寺も、織田とは反目するかと思いますれば、宇喜多は周りを敵に囲まれ、潰されましょう」
恵瓊は嫌らしい顔を浮かべる。
「あの小寺が織田を敵に回すとは、ちと考えつかぬが?」
私は首を傾げながら、恵瓊を見る。
「隆景様もお分かりなように、小寺政職は優柔普段な人物。周りの意見に左右されすぎますれば、重臣達の多くは織田の政策を快く思ってはおりませぬ故、反織田に流されまする」
恵瓊は嫌らしい顔を変えない。
「小寺から近々挨拶が来そうだな・・・」
私は笑みを浮かべて、恵瓊を見る。
「はい、それに山陰の山名も毛利に靡こうとしておりますれば、織田が来る前に間に合うかと」
「なれば、早急に手を打つとするか」
私は自然に出てくる笑顔を押し殺しながら、恵瓊を見て呟く。
「ただ・・・」
恵瓊は何かに気づいたように顔色を悪くしながら、呟く。
「ただ?なんじゃ、存念があるなら言え。恵瓊」
首を傾げながら、恵瓊に話しかける。
「小寺の家臣に一人、危険な人物がおります」
「んっ?誰じゃ」
恵瓊は暗い顔をして、呟くようにその男の名前を発する。
「小寺官兵衛孝高・・・」
その頃、岐阜城の特別室に居た市の元に、百地の手の者が報告に訪れていた。
「ふ~ん、官兵衛が覚悟を決めたようね」
報告を聞くと呟くように言葉を発する市。
「でも姫様、これで播磨はやばくなったんでないきゃ?姫路より先は反織田ばっかだぎゃ。あっちこっちに兵を分散させるのは得策じゃないぎゃ」
俺の横に居た猿が意見を伝える。
「播磨には織田の兵は送らないわ」
俺は何事も無いかのように、猿に話しかける。
「えっ!それじゃ播磨にいる半兵衛と官兵衛がやばいぎゃ!」
猿は慌てたような顔をする。
「ふふふっ、何も戦する事だけが国盗りじゃないわよ。頭を使って山陽は落とす。その為に半兵衛と百地を付けたのよ」
俺は微笑みながら猿を見つめる。
「何か考えがあるのきゃ?」
猿が首を傾げながら、俺を見つめる。
「まっその辺は半兵衛、官兵衛に任せるわ。彼らはあたしよりも頭がいいから・・・あの男達にも引けを取らずに、勝てると信じてる」
「あの男達?」
猿はまたもや首を傾げる。
「山陰には強弱があるけど、化物が四人居るわ。一人が毛利元就、その子小早川隆景、毛利の外交僧安国寺恵瓊、そして備前の宇喜多直家・・・」
「・・・・・・」
猿は真剣な顔付きになる。
「元就はあたしが相手にする。隆景と恵瓊は、両兵衛に任せる・・・残りの一人、曲者の宇喜多直家は猿、あんたが相手しなさい」
俺は猿を見つめて話しかける。
「えっ!おらが、宇喜多直家を相手にするのきゃ!」
「ええっ、きっと相性はいいはずよ・・・ふふふっ」
慌てふためく猿を見つめながら、俺は微笑む。
「一人じゃ不安?」
俺は猿に嫌らしく問い掛ける。
「姫!おらを馬鹿にするなぎゃ!一人で直家など楽勝だがや!」
顔を赤くしながら俺に直訴する猿。
「勇ましいことね、でも人は付けるわよ。出てきなさい」
俺が襖に向かい、声をかける。
すると襖が開いて、一人の男が入ってくる。
「なっ・・・小六?」
猿が呆気に取られた顔をする。
「ええっ、蜂を連れて行きなさい。護衛も兼ねてね」
俺は蔑んだ目で蜂を睨む。
「小六、生きておったのきゃ!しかし・・・えらく痩せてにゃぁか?」
猿は蜂を見つめながら、呟く。
「痩せるわ!どれだけ、どれだけ、こき使われてるか・・・シクシク」
蜂は部屋に入ると猿を見て、言葉を発すると直ぐに泣き出した。
「なに・・・何か文句あったの?」
俺が冷めた目で蜂を見つめる。
「いえぇ!けして、けっしてそのような事はぁ、すみませんすみませんすみません・・・」
気を保つのも危なげな状況で会話する蜂。
その時、猿は心の中で悟っていた。
小六は地獄を味わったのだろうと・・・気持ちが痛いほど、良く分かる藤吉郎であった。
こうして似た者同士の猿と蜂は市の命を帯びて、播磨に向かうのであった。




