職隆の教育
私は何とか、織田の合力を得る事が出来た事で、播磨での策が実行に移せると心を躍らせて、帰国の途についた。
その道中、ふっと思い出す、織田の姫、市の顔を・・・。
美しい女子ではあった、それは否定しない。
しかし、あの顔の裏のあるであろう、恐ろしき物を私は確かに感じた。
今思い出しても恐ろしい、初めて会った時に見た微笑みは、まるで天女かと思わんばかりであったのに、私が弾正に対して、心にも無い言葉を伝えた時に見せた顔は、この世の者とは思えぬ程の冷たい顔をしていた。
完全に見抜いていた、あの目で見られては、常人には気を保つ事も難しかろう。
世間で風潮される第六天魔王、嘘では無いと確信できる。
女子がどれほどの者だと、言っていた少し前の自分が恥ずかしい。
あの者の前では偽りは通用しそうに無い、発言には十分に気を付けなければ、恐ろしい事が待っているだろうと確信出来る。
別れ際に言われた言葉が、胸に刺さる。
織田を裏切れば、終わりだと・・・
「官兵衛殿、体調でも崩されましたか?顔色が良くありませんが・・・」
隣を歩いていた半兵衛が私に心配した顔で訪ねてくる。
「いえ、長く家を留守にしたので、妻の事を思い出して・・・」
すまぬ、光・・・誤魔化す為に犠牲になってくれ。
「ほう、官兵衛殿は奥方が苦手で御座いますか?」
「あっ・・・はい」
すまぬぅ!光ぅ!
「では、余り官兵衛殿が怒られぬ様に、奥方には良く言っておきましょう」
半兵衛は微笑みながら話す。
「そのようなお気遣いは不要でございます、それに私の事は官兵衛と呼び捨てにして頂きたい」
私は少し、罪悪感を感じながら、半兵衛の顔を見て話す。
「左様ですか、では私も半兵衛と呼び捨てになされよ」
「お市様の家臣である竹中様に殿呼ばわりなど、心苦しいです」
「良いのです、お市様が見込んだ男でしょうから・・・」
「左様な事は・・・私はそれほどの男では御座いません。お市様よりお聞きしました。竹中様はお市様に勝てるかも知れない、数少ない人の中の一人だと・・・」
私は半兵衛が言った言葉が、何故か嫌味に聞こえて、妬ましい言葉を吐いてしまう。
「そのような事はないのですがね。姫様は正直で、何でも口に出してしまう事が御座います。悪質な嘘は言いませんが、あの方はそうやって相手を油断させ、自分の能力を出しきれなくさせる事が出来る方、油断や間違った判断は姫の術中に嵌る事になる。私が敵であれば、一番恐ろしく、怖い者はあの方以外に考えられません」
半兵衛は顔色を悪くして、下を向く。
「なっ!半兵衛もそう思うのか!」
私は思わず、本音を口に出してしまう。
「ふふふっ、やっと本音で話していただけましたね」
そう言って顔を上げて、微笑む半兵衛。
「くっ・・・謀ったのか」
私は悔しさで顔が怒りで崩れる。
「いえ、本音ですよ。私はお市様が恐ろしい・・・でもそれ以上にあの方に魅了され、心酔している。あの方の為であれば、私はこの命、捨てる事が出来る!」
真剣な眼差しで私を見る半兵衛。
「そこまでのお方か・・・」
「ええっ、でも姫様はそれを許さないでしょうね。民以外の事で死ぬ事を許さないお方ですから・・・」
悲しげな顔をして呟く半兵衛を見て、私は主君、小寺政職様の顔を浮かべ・・・半兵衛に嫉妬していた。
それから数日後、姫路に着いた。
「半兵衛、ここが私の居城、姫路城です。小さな城では御座いますが、旅の疲れを取り、ゆるりとなされよ」
「中々のお城で御座いますな。見た目以上に・・・堅固な構えをしていますね。お言葉に甘えて、少し休みます」
城の周りを見渡しながら私に付いてきた半兵衛は呟き、用意された部屋に入っていった。
「殿、大殿がお呼びです」
半兵衛と別れ、自分の部屋に戻る途中で、男に声をかけられる。
「善助か、わかった今行く」
私は父である職隆の部屋に向かった。
「父上、只今戻りました」
「織田の客人を連れてきたようだな。首尾良く運べたのか?」
「いえ、首尾良くとは言い難いですが、何とか織田の後ろ盾は貰えました」
「ほう、自信家のお前がその様に申すとはな。して、信長様には会えたのか?」
「信長様には会えませんでしたが、お市様にお会い出来ました」
「なるほど、信長様では無く、お市様に会えたか・・・それは幸運であったな」
「その言い様は、信長様に会わずに良かったと解釈できますが・・・」
私は困惑した顔で父上を見た。
「今のお前では、信長様に良い印象を持たれないかもしれぬと危惧しておった。ヘタをすれば、藪を啄いて龍を怒らせるかも知れぬとな」
「では何故!私が織田に行く事を了承されたのか!播磨を危険に晒してでも行かせたのは何故ですか!」
私は父上を睨みつけ、叫んだ。
「世の中は広い、この狭き播磨で神童と呼ばれたお前でも、適わぬ者がおると感じたであろう。お前の成長に繋がるのならば、小寺の殿すら切り捨てる」
「なっ!小寺の殿に拾って頂いた恩義が、この黒田家には御座いましょう!主家に信義、忠義を尽くしてこそ、武士というもの!そのような不義、出来ません!」
俺は怒りに任せて叫ぶ。
「お前の言う通り、主家に信義忠義を尽くす事は良き行いじゃ。主家が過ちを犯さないように正すのが忠義、信義とは己が信じた道を貫く事。お主は根本が間違っておるのだ!」
「なっ!」
「今の播磨を見てみよ!欲に塗れた考えで戦が起こり、戦の為に徴収される税や戦に駆り出される民により、播磨は疲弊しておる。何の為に戦うのか?これが根本じゃ!小寺の殿に大義はない!」
「織田も同じではないですか!」
「違うな、織田は民の為に戦うという大義を掲げておるわ!織田の兵を見たか?織田は民に強制して戦場に駆り出すことはしない。戦を主にする者達で戦をする、争いを好まない田畑を耕したい者はそうさせる。そこに民の意思を反映させておる!そして民達も、そんな政策を打ち出す織田を支えておる。織田が窮地となれば、織田に住む全ての民が、敵に立ち向かうであろうな」
「!・・・・・・」
「今のお前では信長様に良い様に使われ、捨てられたであろう。そうなれば、小寺の殿は元より、この家も消えておろう。しかし・・・お市様ならば、お前を成長させてくれると儂の感がそう呟いておる」
「何故、そう言い切れますのか!」
「信長様とお市様は同じ考えではあるようだが、信長様は冷酷で短慮、お市様は冷酷な面もお持ちのようだが深慮、だからお前に成長する機会を与えたのだ。お主は挫折も苦しさも知らぬ。だから人を知らぬ。挫折や苦しみ、苦難を乗り越えて人は成長する、人を知る努力をせよ。そして民を見よ、織田は民と共に生きる家だと心得よ」
「・・・・・・」
「少し、頭を冷やして来い!旅の疲れもあるだろう・・・休め」
私は何も言えず、部屋を出た。
部屋に入ると女が頭を下げて座っていた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「ああっ・・・」
「ここまで聞こえておりました」
「そうか、みっともない話を聞かせてすまなかったな、光」
「いえ、人は会話をしなければ分からぬ事だらけです。私にも旦那様の苦労分けて下さいませ・・・」
光は泣きながら、俺を抱きしめる。
私は不覚にも、光の胸で静かに泣いてしまった。
やばい、まだ播磨平定戦まで行ってない・・・
もうちょい続きまます;w;




