勘違いはほどほどに・・・
利休の庵をあとにした私は、堺の宿に戻って、今日の行いを振り返る。
私は何がいけなかったのだろう・・・
利休殿の好意で織田家傘下で大和を治める弾正に会う事は出来た。
私は素直に思った事を話しただけだ。
しかし、弾正に気に入られるどころか、嫌われた気がする。
武士とは仕えた主に忠義を尽くし、賜った恩義に報いる。
それの何処が偽りなのか!
何故、私は直ぐにそう言えなかったのだ・・・
あの時、私は弾正にのまれていた。
悔しいが自分でも分かる。
乱世の梟雄と呼ばれる男に行き成り、会えば仕方もなかろう。
そうか!弾正は忠義や恩義等、歯牙にもかけぬ奴だと何故考えなかったのだ!
弾正は忠義、恩義、信義等の義が、嫌いなのだろう!
合理的な考え方をする奴なのか・・・
どうやら、織田信長もそのような器なのかもしれん。
だが、織田の力は強大だ、それは間違いがない。
ならばどうする、利用する事を考えれば良いではないか!
相手に合わせた会話を、心がけた方が良いようだ。
素直にぶつかるなど、なんと愚かな事をしてしまったのだ!
次はあるはずだ!弾正が合理的であれば、私の存在を織田にとって益がある物だと、認識はしておるようだった。
織田の兵を使わずに、播磨から先を治める事も出来るからな。
それに帰り間際、誰かに会わせると、言葉を残して去ったからな。
今度はうまくやって見せる・・・
私は思考を閉じ、眠りについた。
それから数日後、弾正の使いの者がやって来て、文を渡された。
私に、京の本願寺に来いとだけ、書いてある短い文だった。
「ふっ、やはり合理的な奴なのだな。要点しか書いておらん」
私は静かに呟くと宿を出て、本願寺に向かう。
しかし、本願寺と言えば、信長が京に滞在する際に使う宿坊・・・
あの方とは、信長の事か!私を直に会わせて、値踏みするつもりか!
そう上手く行かせるものか。
自分の思考を操作する事など造作もないわ!
覚悟を決めて、本願寺にたどり着くと部屋に通された。
そこには信長は居らず、美しい女性が座っていた。
「まさか!」
私は思わず、声を漏らしてしまう。
「ふふふっ、貴方が官兵衛?」
女が私の名前を出す。
「大和弾正様が会わせたいと仰られたお方とは・・・お市様」
「そうよ、初めまして官兵衛。弾正に正面から本音をぶつけたようね。弾正が機嫌を損ねてたわよ」
私は直ぐに正座をして、お市様に頭を下げた。お市様はそんな私に声をかけると、可笑しそうに微笑んでいた。
「大和弾正様には失礼な事を申してしまい、会わせる顔もございません」
私は顔を上げて、自分の心を押し殺して、反省したように振舞う。
「そんな思ってもいない事、口にするのは良くないわよ。弾正に接したように、あたしにも接して欲しいわね」
「!・・・・・・」
先程までの微笑みは無く、お市様の顔は無表情になり、その声はとても冷たく感じられ、私は声を出せず、震える体を押さえ込むことで精一杯になっていた。
「そんな見せかけ、あたしに通用するとでも思ってる?」
追い打ちをかける様に放たれた言葉に、私の背中から冷や汗が滝の様に流れ始める。
「まっいいわ、貴方の仕事振りで考えるとするわ。もうすぐ人が来るのよ、貴方の播磨での行動を、補助出来る人を紹介するわ」
「・・・私のでしょうか」
「竹中半兵衛重治、私が敵わないかも知れないって思う、数少ない人の中の一人よ」
「なっ・・・」
私は驚きを隠せなかった。
織田の大戦では常に戦場に立ち、数々の政策や策を弄して、織田家を支えている稀代の智将と名高い、お市様が敵わないとまで言って、認める人物。
私は何故か胸が締め付けられるように痛かった。
その後、半兵衛を紹介されて、半兵衛と共にお市様の部屋を出た。
「お市様が認めるその智謀、頼りにしておりますぞ・・・」
「その様に身構えなくても良いですよ。姫様が私を、過大評価しているだけですから、播磨は官兵衛殿の庭のようなものでしょうから、私は見てるだけでしょうし・・・ふふふっ」
そう言って、微笑む半兵衛を見て、私は自分の心の中に出来た、何か黒い物を感じていた。
茶室に一人きりになった市の元に一人の男が現れる。
「あらっ弾正いたの?」
市は茶室に入ってきた弾正に声をかける。
「中々の曲者が舞い込んできましたな」
微笑みながら話す弾正。
「でも若いわね。半兵衛と二、三歳しか違わないのにね」
「半兵衛と比べたら、かわいそうで御座いましょう」
「早熟な半兵衛、晩熟な官兵衛ってとこかしらね?」
「上手い事をおっしゃいますな」
二人はお互いの顔を見ながら、笑い合う。
「しかし、姫様が官兵衛を諭すものだと、思っておりましたが・・・」
弾正は真剣な顔をして、市に話しかける。
「多分あたしが言っても、官兵衛には逆効果になるわ。上の者に言われて、悟るような男には見えないもの」
「なるほど・・・」
「上辺だけで悟られても困るのよ。官兵衛には織田の中枢で、力を発揮させたいからね」
市は話しながら、立てた茶を弾正に差し出す。
「そこまであの男を買いまするか。しかし姫様の茶は、まだまだに御座いますな・・・ふふふっ」
「弾正に比べられたら、あたしなんて・・・」
肩を落とす市。
「でも、儂は姫様の茶は好きですぞ」
「そんな情けいらないわ・・・シクシク」
泣き出した市を見て、動揺を隠せず、あたふたとする弾正が居るのであった。




