鴉の巣立ち
俺達、雑賀衆は銭で戦をする・・・
銭で雇われ、昨日の味方が、今日は敵だと言う事など、おかしな事ではない。
俺達の住む土地は貧しく、喰っていく為に傭兵稼業を始めた。
伊賀や甲賀と考えは同じだ。
堺が近く、海にも近い、火縄がこの日の本に根付いてからは、火縄を極める事に重点を置いていた。
いつからだろう、俺達は戦の無い時代など考えられなくなったのは・・・
俺達の住む土地には寺社が沢山あった。
常に神仏と共にあると考え、生きてきた。
でもそんな俺達でも、上人さんは別格だった。
弱い者を守る。この乱世を弱い者が集まり、力を合わせて生きる。
その言葉が好きだった。
でも・・・近頃の説法はこの世を捨て、この世ではない極楽を目指せという。
それを言う時の上人さんの顔は辛そうだった。
俺はそんな上人さんを好きじゃねぇ。
日に日に上人さんは笑わなくなった。
弱い者を守るつもりが、どんどん違った方に向かっていくのが、俺でもわかるぐらいだ。
そんな時、一人の女が上人さんと会話をしたらしい。
その話を聞きに行った時に、見せた上人さんの顔は、俺が好きだった頃の顔をしていた。
あの上人さんを変えた女に俺は興味を持った。
本願寺が上人さんの意向でどんどん変わっていく。
銭や戦に目を向けず、弱い民に目を向けている上人さんに、俺は力を貸すことに戸惑いは無かった。
上人さんの改革はとてもじゃないが、緩やかではなかった。
何度も急ぎすぎだと苦言もした、でも時間がないと言わんばかりに進める改革に俺は不安を覚えていた。
等々、石山を逃げ出す事にもなった。
上人さんは分かってたんだろう、遅くなれば、遅くなるほど、民が弱い民が泣く事をもう見たくなかったんだろうと・・・
その為の生贄を作ったのだと、上人さんが俺に言った一言が俺に響く。
「あの方は天魔の所業と言われる事を望んでいる」
俺はその言葉の意味が分からなかった。
誰が好き好んで魔王と呼ばれたいものかと・・・
今、燃え盛る石山の建物を見ながら、俺の横にいる女が、小さな体を震わせながら・・・でも毅然とした態度で見つめていた。
俺はその時に悟った・・・
この女は、この時代の全ての悪行と呼ばれる事を、己で背負う覚悟をしているのだと、人が出来ない、嫌がる事を、この女が一心に受け止めているのだと・・・
この乱世を綺麗事だけでは収めることなど出来ない。
それを目の前で見せつける、悪しき習慣、考えを破壊する。この女に俺は惹かれた。
この女は弱い民の為に、その一心で全てを行動している。
その弱い民ですら怠惰や甘えがあれば、容赦なく潰す。
一人、一人の民に自覚と責任を与えていく。
その為の教育や仕事を与える、この方は優しく純粋だが・・・甘くない。
危うい、俺は彼女と出会い、会話をしてそう思った。
「姫さん、あんたの目指す者は何なんだ?」
俺は問いかけた事がある。
「差別の無い時代を創る」
俺に向かってそう言い切る女を見て、俺は心が痛んだ。
「それは無理だ。綺麗事だ・・・人である限り、そんな時代は作れねぇ」
俺は否定した。
「そうね、今は無理でしょうね。でも長い時をかけて少しずつでいいの・・・近づけたいの」
そう言って、悲しい顔をしたその女に、俺は何も言えなくなった。
「その為にあたしや兄様は魔王と呼ばれてでも、色んな柵や古き悪習を壊さなきゃならないの」
そう話す女の顔を見た時に、俺は仕えるべき主を見つけた思いがした。
「どうでしたか孫市?あなたの目にどのように姫さんは写りましたか?」
石山から上人さんの居る寺に行った時に、俺は上人さんにそう問いかけられた。
「甘い女子だな。あれじゃ命がいくつあっても足らねぇよ」
俺は手を前でヒラヒラさせながら話す。
「ふふふっ、そんなに気に入りましたか?」
上人さんが、からかう様に俺に話しかける。
「ああっ、あんな面白い女子は居ないな。上人さんが、賭けをしたくなったのが分かったよ」
俺は少し照れながら話しかける。
「そうですか。孫市はん、姫さんをしっかり守ってくださいね。あの方はこの時代で必要な方だ。志半ばで失えば、あの方の行った事は、全て悪と断ぜられてしまう・・・それは私には耐えられそうにない」
上人さんは俯いて悲しげに喋る。
「ああっ、あの人の敵は多そうだ。求める世界が理解されるのは難しいだろうさ。でも・・・俺は見てみたい」
俺は上人さんを強く見つめて話す。
「今までご苦労でした孫市はん。もう私には孫市はんの力は必要無くなった。姫さんの傍で力貸したってや」
そう微笑む上人さんに俺は無言で頭を下げた。
姫さんは優しく、純粋で心が綺麗だ。
でも彼女はそれを知られるのが嫌らしい、だから心にも思っていない事や行動をする。
恥ずがしがり屋さんなのだろう。
それとなくそんな事を言ったら、本気で殺されそうになったりもしたが・・・
あの方は仲間を大切にしすぎる。俺たちの誰かが死んだら・・・
姫を守るためなら、俺達は簡単に命を投げ出すだろう。
でもあの方はきっとそれを喜ばない。
しかし・・・いつかそんな時が来るのだろうと、俺は思いながら今日も姫さんの近くで見つめていた。




