鶴の人質
日野城の庭先で、私が母様と話していたら、父上が来た
母様はとても寂しそうな顔をして、私に話しかける
「鶴千代、よく顔を見せてください」
そう言って私の顔を撫でる
「どうしたのですか?母様?」
私は不思議に思い、母様に尋ねる
母様は泣いたまま話そうとしない
「もう良いじゃろう。鶴千代いくぞ」
父上は母様から私を引き離して、私の手を引いてゆく
「鶴千代、強く・・・強く生きるのですよ」
母様はそう言うと泣き崩れていた
「父上!母様が泣いております!」
私は母様の元に行こうとしたが、父上の手は私を離さない
「鶴千代、お主は蒲生家の為に、織田の人質とならねばならぬ」
父上は俺をしっかりと見ながらそう話した
「私が行くことで、蒲生家の為になるのですね・・・」
「そうじゃ、お前が行かねば、織田が当家を潰すやもしれん」
私は張り裂けそうになる胸を抑えながら話し出す
「ならば、この鶴千代しっかりとお役目を果たしまする」
「・・・すまぬな」
父上は私に聞こえるか、聞こえないか、わからない位の小さな声で呟いた
父上に連れられて私は岐阜の城に入り、織田の殿様にお会いした
「その方ら、おもてを上げよ。賢秀、そいつがお主の子か?」
父上と私が頭を上げると、殿様が上座から父上に話しかけていた
「はい、嫡男鶴千代と申します」
「ほう・・・」
殿様は私を鋭い目線で見ていた
「儂の目を見返すか、面白い」
そう言って微笑むと私に話しかけてきた
「なぜ、ここにおるのか分かるか?」
「はい、織田家への忠誠を蒲生家が示す為に人質として参りました」
私は話した後に頭を下げる
「お主の父が我に背けば、お主は死ぬぞ?それでも良いか?」
殿様はニヤついたような顔をして私を見る
「構いませぬ。父上が織田様を見限って、蒲生が生き残るのであれば、鶴千代は本望に御座います」
私は頭を上げて殿様に話す
「なっ・・・」
殿様は驚いたような顔をして俺を見る
「賢秀っ!この幼子、気に入ったぞ!」
そう言って私の前まで歩いてくると私を抱き上げた
「お主は奇妙と同じ歳じゃ、きっと織田の為にお前はなる。我が娘が出来たらお前にやろう」
殿様は満面の笑みを浮かべて俺を見る
そのまま私は殿様と共に奥様の居られる所に連れて行かれた
「濃、この子を預かれ」
奥様が殿様を冷めた目で見ながら話す
「・・・また作ってきたのですか」
殿様は真っ青な顔をして、顔を左右に振り続けながら答える
「ちっ違う!この子は違う!」
「この子は違うとは、違う所には居るのですね・・・」
「・・・・・・」
殿様は固まっていた
「蒲生賢秀が嫡男鶴千代と申します。この度は蒲生家の忠節を表す証と成るべく、人質として参りました」
俺は正座をして頭を下げながら挨拶した
「なっ・・・」
奥様は驚いた顔をして、俺を見てから殿様に話しかける
「信長様、この子は・・・」
「皆まで言うな、分かっておる。尋常ではなかろう?」
殿様が奥様を見ながら話しかける
「はい、このような幼子、幼き頃の市のようでございます」
「ほう、お前もそう思うか。我もそう思っておったとこよ」
二人揃って微笑み合う
「我に娘が出来たら、鶴千代にやろうと思ってな」
「まっ、今夜頑張って貰えるのですか?」
そう言って微笑む奥様とひきつった顔をする殿様
「ほどほどにの、手加減してくれ・・・」
「ふふふっ・・・」
蛇に睨まれた蛙のようだった
「でも、そのような子ならば、市に預けては如何ですか?」
「市にか?無理じゃろ・・・」
殿様は困った顔をしていた
「いえ、このような賢き子なれば、手もかからないでしょうし、市も母性がわくやもしれませぬ」
「ふむっ、そのようなものかの?」
殿様は首を傾げていた
「早く市に会わせて、置いて来なされ。でも直ぐに戻ってくるのですよ・・・」
奥様は舌を出して上唇を舐めていた
私はすぐに違う部屋に連れて行かれた
そこに居た女性は殿様と色々話して、私が挨拶をしていたら、殿様は居なくなっていた
その女性はお市様と言い、とても美しかった
私のやりたいことを嫌な顔一つしないで、相手をしてもらった
一緒にお風呂に入り、私は恐れ多いと辞退していたが
「なに?鶴、あたしとはお風呂に入れないとでも言うわけ・・・」
と言われて本能的に
「入りたいです・・・」
と言ってしまい、体まで洗ってくださった
それにお風呂から上がると、私が寝付くまで添い寝してくれた
私は寝付いてから、直ぐに目を覚ましてしまった
隣を見たら誰もおらず、ふっと悲しくなってしまった
「母様ぁ、母様ぁ・・・」
つい声が出てしまった。すると誰かが近づいてくる気配を感じて涙を拭いた
「鶴、どうした?泣いておったのか?」
お市様だった
「泣いてなどおりませぬ・・・」
私は泣いたことが気づかれないように声を出した
「おいで、お姉ちゃんと一緒に寝よう」
私は思わず、お市様に抱きつき、不覚にも泣き出してしまった
お市様は何も言わず、私を抱いたまま布団に入って一緒に寝て頂いた
私はお市様の温もりに癒されながら眠りについた