2.5 混沌の町と出会い
混沌の町についた私は人形態に姿を変え、町に入るため門に近づいた。
混沌の町に限らず全ての町は壁に覆われており魔物に備えているらしい。村になると木の柵で囲ってある程度になるが、それでもイノシシの突進に堪えるくらい丈夫に作ってあるようだ。
門に近づくと二人の門番が立っていた。初めて見た人間にどきどきして近づく。
「ん? 子供がなんで外にいるんだ?」
「新種の魔物……じゃ、ないですよね。見た感じ」
「怖いこと言うな。嬢ちゃん何で外にいるんだ?」
話しかけてきたのは壮年の男性だ。男性の言葉に少々むっとする。
「む、じょうちゃんじゃない」
「そいつはすまなかった。坊主の方か?」
「ちがう」
「……最近の子供は俺には分からん」
「先輩。子供扱いされたくないってことでは?」
若い青年の言葉に頷いた。すると男性は「お前に任せる」と告げ後ろに下がった。青年はしゃがみ私に目線を合わせると申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。先輩はちょっと頭が固いところがあって。それで何で外にいたのかな?」
頭が固いの単語に男性は眉をぴくりを動かしたのが分かった。この人大丈夫かな?
それはそれとして話を続ける。
「そとから来た」
「え?」
「この町に来たのはじめて」
「……子供が一人旅だと」
私の言葉に男性が反応した。組んでいた腕を外し私に近づいてくる。
「先輩子供扱い」
「うるせえ。おい嬢ちゃん親はどうした? 捨てられたのか?」
「おや? おやはいない」
生まれも育ちは万物の泉。育ての親は水のお姉ちゃんだし、産みの親は強いて言うなら……神様? なんか嫌だ。
そんな私の発言を勘違いしたのか男性は声を荒げて吐き捨てた。
「捨てられてるじゃねえか。こんな子供を捨てるなんて、性根の腐った奴だ」
「それはそうと先輩どうします? 門を通すのは通行料を払うか、身分のはっきりした人だけですよ?」
「ち。望み薄だが嬢ちゃん身分を証明するものはあるか?」
首を横にふる。兵士は「だろうな」と忌々しげに呟いた。
どうやら身分を証明するものか、通行料を払わないと町には入れないようだ。どうしよ、と少し悩む。と、そこで水のお姉ちゃんから渡された腕輪を思い出した。
『水の精霊に認められた証』確か言っていたはずだ。
「あの、これしょうめいになる?」
腕に付けている透明な腕輪を見せる。途端、二人の顔つきが変わった。感じる感情も同情から疑問と未知のモノに対する畏怖に変わっている。
意味が分からず精霊としての力を使い探る。
(あれは水の精霊様に認められた証のはず。なんで嬢ちゃんが持ってる?)
(水の精霊様から認められた? そんなの最低でも迷いの森を抜ける実力がないと……)
男性は疑問、青年は恐怖を抱いているようだ。
うー、少しむずむずする。
精霊の力を使って感じる感情は少々厄介だ。疑問はさわさわするし、恐怖はちくちくする。感情の度合いが強ければ強い程、感じ方も強くなる。今はまだむずむずする程度だから我慢すればいいけど、強くなったら我慢できなくなる。
「しょうめいなる?」
さっきよりも声を強く尋ねた。二人は未だ信じられないのか戸惑いながら言う。
「あ、ああ。水の精霊様に認められたお方ならば十分だ」
「先輩まだ本物って決まった訳では」
「馬鹿野郎! あの透き通った腕輪は水の精霊様しか作れねえだろうが!」
「それはそうですが……」
「この事は町長に報告して任せれば良い。はっきり言って俺等の手に余る」
「……わかりました」
男性は門の横にあるのぞき穴から「開門だ」と言うと大きな扉がぎしぎしと音を立てて開いた。
入ってもいいの? と視線で聞くと頷かれた。
「うわー。すごい。ここが人が住むところ」
町の中には人が沢山居た。右を見ても左を見ても真正面を見ても人、人、人。
こっちの世界に来る前までは当たり前の光景だったが今は違う。今まで水のお姉ちゃんと風の姐さんの二人しか会ったことがないからこんなに沢山の人が居ることに少し感動を覚える。
水のお姉ちゃんからもらった腕輪を撫でて歩みを進めた。
沢山の種族が歩き、笑い、怒っていた。純人、獣人、亜人、三種族が共存している。とても平和な所だ。
争いがない訳ではないようで、小さな小競り合いは頻繁にあるようだ。けれど異種族が集まっているからには必要なことだろう。風船に空気を入れ続ければどうなるかなんて子供でも分かる。小競り合いで定期的に空気抜きをしないといけないのだろう。
世界が変われば食文化も変わるようで、食べ物とは思えないようなグロテスクな物体から、明らかに魔物が血抜きされて逆さ吊りされていたりとお化け屋敷も真っ青な光景もあったが、今いる通りは比較的落ち着いている。
見たまんまをいうなら道を挟むように屋台が鈴なりに並んでいる。まるでお祭りの屋台のようだ。
今も焼いたお肉の香りが鼻腔をくすぐる。
くーきゅるきゅるきゅー……。
マナがあれば食事はいらないはずの精霊のお腹が鳴る。精霊としてまだまだ未熟ということかと少し落ち込む。
うー、でも大丈夫。時間はまだまだある。もっと鍛えよう。
心の中で拳を握り、もっと精霊として成長する、と決意する。
因みに精霊は寿命というものがない。さらにはマナさえあれば死に至る傷も簡単に治るし、体が完全に消滅しても時間をかければ元に戻る。つまりマナが無くなるまで精霊は死なない。
決意とは言っても、いつかはいつかであり、今はまだいつかではないのでお腹が鳴り続ける。
「おい嬢ちゃん腹ぁ減ってんのか?」
「んぅ?」
話しかけてきたのは美味しそうな香りを出している屋台の店主。熊のように大きな体と腕を持っている茶色い毛を持つ獣人だった。見た目からしてまんま熊だった。
嘘を言う必要がないので正直に頷く。
「うん」
「なら食え」
サイコロ状のお肉を刺した鉄串を渡してきた。じゅーじゅーと焼きたての音を立て、肉汁がぽたぽたとこぼれ落ちており、とても美味しそうだ。受け取ろうと手を伸ばすが直前で引っ込めて首を振った。
「おかねない」
無銭飲食は異世界においてはとても重い罪に分類される。水のお姉ちゃんが言うには無銭飲食をすれば衛兵に捕まり、最低三年は強制労働に連れて行かれるらしい。さらにはこの世界には罰金や示談金なんてものは無く、問答無用で強制労働行きのようだ。
「ガキが遠慮するな。これはあれだ。おごり……いや捨てるやつだ。だから食っても問題ない」
明らかに嘘だと分かることをぺらぺらと言う屋台の熊さん。照れているのか顔が少し赤い気がする。
その様子に微笑ましく思い、
「ありがと」
笑顔でお肉を受け取った。
「おう」
熊さんもにかっと歯をむき出しにした笑みでお肉を渡してくれた。
お肉は美味しかった。シンプルイズベストなのか味付けはぴりっとした辛さの胡椒としょっぱい塩だけだった。それでも噛めば噛むほどお肉が汁を出して芳醇な味? を出してくる。
調味料については胡椒のようなものと、塩のようなものなので、胡椒と塩とする。
お肉を頬張りながら熊さんにこの町について聞いた。
「かっきがあるね」
「今はこんなもんだ。月が一巡りするころにはもっと増えるぞ」
「んぅ? なにかあるの?」
「知らないのか?」
信じられないものを見る目つきで見られた。どうやら基本的な常識らしい。水のお姉ちゃんに常識について教えてもらったから教えてもらった事を一つ一つ思い出していく。その中の一つに思い当たることがあった。
「あ、せいたんさい」
「分かってんじゃねーか。勇者様の聖誕祭だ。つっても召還祭の方が正しい気もするがな」
がっはっはと大きな口で笑った。
勇者様。心の中に浮かんだ疑問を聞いてみる。
「ゆうしゃさまってどんな人だったのかな?」
「そうだなぁ。ジジイのジジイの代の話だが、なんつーか優しい人だったらしいぞ。けど犯罪者に対しては潔癖だったらしくて問答無用で処刑していたらしいが」
優しいのに犯罪者に対しては処刑人。脳内イメージではスーツで眼鏡の女性が鞭を持って出てくる。
「ゆうしゃさまって女の人?」
「さて、そいつぁ知らねぇ。勇者様は勇者様だからな。まぁでも詳しく知りたいなら勇者様の子孫にでも会いに行けばいいんじゃねーのか」
「しそん?」
「子供だ。勇者の子供の子供、さらに子供。そんな血の繋がりだな」
子孫については知ってる。聞いたのは勇者の子孫についてだ。
「つっても俺も詳しくは知らないがな。どっかの村で暮らしてるらしいって噂ならよく聞くが」
「へー」
謎の人だな勇者。そして勇者の子孫。やっぱり貴族のごたごたが面倒くさくなったのかな?
ファンタジー小説の知識も併せて推測する。
がぶり、と最後の一切れを頬張る。うん美味しい。
「串は回収させろ」
「うん。ありがと、ごちそうさま」
鉄串を手渡す。
余談だがこの世界にも『いただきます』『ごちそうさま』に類する言葉はあるらしい。ただし『世界を見守る精霊様とマナの恵みに感謝を』とか長くて面倒くさい台詞らしいが、そこは精霊能力で『いただきます』に変換している。細かなところで精霊能力が役立って便利だ。
話ついでに目的地についても聞くことにした。水のお姉ちゃんからもらった紙を取り出して聞く。
「ここってどう行けばいいの?」
「あ? あー……この道を真っ直ぐ行って、二カ所曲がれば着くが……。嬢ちゃん保護者がどうした?」
「いないよ?」
「あ、あーすまん」
申し訳なさそうに俯く熊さん。なんでだろうと思ったけれど、門のやりとりを思い出し勘違いに気づく。
「生きてるからあんしんして」
別の世界だけど。そして二度と会えないけど。二度『けど』を繰り返すくらい安心できないけど、少なくとも生きている。
「そうか! そりゃ良かった!」
安心したようににかりと笑う。それから直ぐに肉串を片付け始めた。
「どうしたの?」
「案内してやるからちょっと待ってろ」
「え、おみせは?」
「休みだ休み」
返事をしつつも手は止まらずに動き食材を全部片付け終わり、器具に手をつけ始めた。
「だめ! わたしのためにおみせ休むなんて」
「さっきも言っただろ。ガキが遠慮すんな。ガキはガキらしく大人に世話されてりゃいいんだよ」
ものの数分で店を片付け終えた熊さんは私の頭に手を置いて、乱暴にがしがしと撫でる。痛いけど何故か安心できた。
「おいちょっとこの子案内してくらぁ!」
熊さんが言うと店の周辺の屋台から「行ってらっしゃい」「誘拐はだめだぞー」「幼女と野獣」「きちんと送ってこいよ」と、好意的半分からかい半分の言葉が返ってくる。からかいに対しては熊さんは「うるせー!」と怒鳴り返していた。
「ほんとにいいの?」
申し訳なさから何度目も聞く。
「しつこい。ガキが遠慮するな」
「いたい、いたいいいいぃ」
頭を強く掴まれた。想像以上の力が込められており、ぎりぎりと頭が締め付けられる。私の頭はボールじゃないいいい痛い痛い!
頭を離されると熊さんから距離を取る。頭を押さえて熊さんを涙目で睨む。
「すまんすまん。丁度良い力加減が分からなくてな」
素直に謝ってくれた。ここで許さないのは心の狭さを表しているようなので、許すことにした。
「気にしないで」
「そうか」
「でもまたお肉ちょうだい」
でも食べたお肉が美味しかったからせびってみる。熊さんはにかっと笑い「わかった」と言ってくれた。
熊さんの手を取り人でごった返している通りを歩く。