1.3 ある家族の出来事
ある一軒家。そこには普段行われていた家族の暖かい会話ではなく、一人息子を失った悲しみが広がっていた。
「泰平、泰平……」
「母さん」
リビングのテーブルに涙を流しているのは泰平の母親。その横には彼女を励まそうと肩を抱きかかえ、けれど自身も悲しみに囚われている父親の姿がある。
テーブルの上には今晩のおかずであろうハンバーグが置いてあったが冷め切っていた。
「父さん、泰平が……」
「ああ」
母親の声は震えており、その短い言葉に込められた思いはとても重いものだった。その言葉に短く返事を返す父親。彼自身も口が震えており気を抜くと泣きそうなほどつらかった。
「何であの子が死ななくちゃいけないのよ!? ハンバーグ期待してるって返事が来たのよ! ねぇきっと誤解なのよ。あの子はきっと生きてるの。そのうちひょっこりと戻ってきて腹減ったとか言うのよ。みんなにちゃんと言わないと誤解してるって」
「そうよ、きっとそうよ」と繰り返す母親を、父親は強く抱きしめて、子供をあやすように優しく告げる。
「母さん……泰平は、死んだんだ」
「嘘よ!」
頑なに信じない母親の態度に父親は、かっとなり胸中に秘めた思いを叫ぶ。
「こんなこと嘘でも言えるか! ああ正直嘘であって欲しいさ! でも一緒に見ただろうが! 全身がぼろぼろでも顔だけは無傷で…………あれは泰平だった…………」
脳裏に浮かぶのは変わり果てた泰平の姿。
腕はひしゃげていた。体は潰れていた。全身は少し焦げていた。でも、顔だけは奇跡的に無傷で、だから、泰平だと、分かってしまった。そう、分かってしまったんだ。
「泰平……」
「くそっ!」
どうしようもない事だが悪態を吐くしか出来なかった。そのことがどうしようもなく悔しく、そして悲しかった。
いつの間にか握りしめた拳は血の気を失い白くなっている。
その事に気づいた父親は手を開き、手のひらを見る。
瞬間――光に包まれた。
「あら? 私は一体なにを? 父さん?」
「ん? あぁ……あ?」
母親は何故かテーブルに倒れ込んでいた体を起こし、父親は何故か上げていた手を下ろし、二人は何が起きたのかを把握しようと頭を働かせた。
「えーと、何をしようとしていたんだったか」
「あなたも? やーねぇもう歳かしら?」
考えても答えが分からない父親に同意する母親。彼女自身も答えが分からず同意するしかなった。
「お前で歳なら私は老人じゃないか。まだまだ若いよ」
見え見えのお世辞だが、それでも嬉しいと思い笑顔を作る母親は、照れ隠しの為に周囲を見るとテーブルの上に置いてあったハンバーグが目に入った。
「えーと、お腹空いたわね」
「ん、ああ。もうこんな時間か。夕食を食べようか」
「そうね。今日はハンバーグよ」
「そうか! 母さんのハンバーグは絶品だからな期待してるよ」
「うふふ。期待してちょうだい……あら? なんで三つあるのかしら?」
一、二、三と何度数えても三つだった。
「どうかしたのか?」
「ええ、ハンバーグが三つあって。今日は誰か来るって聞いていないし……」
「母さんはおっちょこちょいだからな。一つ余分に作りすぎてしまっただけだろう」
「酷いわ」
ははは、と笑う父親に母親もつられて笑みを作り返した。
「半分こにしようか」
「ええ、お願い」
目の前で半分になるハンバーグを見ると、母親は意味も分からず少し悲しい気分になった。
一先ずはこれだけ。次の更新は来週の日曜を予定してます。