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チェスと将棋

5 チェスと将棋


 希一郎は悩んでいた。

 希望を信じる教えを誰にも伝えられない事に悩んでいた。

 力で支配された者達は全てを拒絶して抵抗する。

 そんな連中と戦えば必ず大量虐殺になってしまう、

 その理想を実現する為に戦争を決意して、宣戦布告して、そして戦いを開始したものの直ぐに障害に直面してしまう、

 それを打開するための考えが誰にも思いつかないのだ。

 優勢の内に進撃を提案するグループと、そして無益な戦いを避けるべきだと主張するグループに別れて対立が始まる。

 その決断を迫られても希一郎は返答出来ない、どちらの主張も正しいし正しくないのだ。

 だから敵地の一画を占拠しただけで戦いに動きはない、

 敵は反撃してこないから戦いは起こらない、

 挑発するように偵察に浮遊艦を飛ばして来るだけだ。

 それを迎撃しようとすると直ぐに逃げる。

 それに業を煮やした将軍達は進撃するように再三にわたり要求して来るのだ。

 将軍に任命された者は3人いる。

 1人は高石羅冶雄、しかし彼は無益な戦いを望まない派のリーダーなのだ。

 問題なのは2人の将軍、黄金の将軍と鬼の将軍なのだ。

 2人とも独自の部隊を率いている。

 ラッキーストーンズと鬼の軍団だ。

 その独立部隊は異常に好戦的なのだ。

 かろうじて命令でその動きを封じているのだ。

 それは自分の理想とは反する行為、その自由を束縛する権利は誰にも無いからだ。

 だから思い悩んでもう二週間になる。

 そんな希一郎は戦略会議を開催しそれに出席するように要求される。

 ついに羅冶雄も説得されて進撃する決意を示したからだ。

 浮遊城塞にある会議室でそれは行われる。

 そして重い足取りで希一郎はその場に向かう。



 会議室に集うのは軍団の幹部達、その顔触れはほとんどが希願者で占められる。

 結局は力ある者が人の上に立つ、その顔達を見つめて希一郎は溜息を洩らす。

 再編成された各軍団、その編成は居並ぶ幹部達の顔ぶれで区別出来る。

 羅冶雄が率いる軍団は主に若年層がその戦力となる。

 美沙希が率いる軍団は青年層がその戦力となる。

 勝則が率いる軍団は三十代以上の大人達がその戦力となる。

 羅冶雄は参謀として宇藤を、そして各部隊の司令官として幸一と勇治達を選考している。

 美沙希はただ参謀として達彦を任命しているだけで、おまけとして平次がいるだけだ。しかし強引に自分の妹を戦場に連れ出して補佐役を命じている。沙希美はだからこの会議には出席してない、先がわかるから出たくないと出席を拒否したのだ。

 だから美沙希は機嫌が悪い、

 勝則は参謀に咲石を任命する。そして自分の妻と妹を幹部にする。だから看護師もその中に加わる。

 新庄は1人だけ無所属を主張する。

 だから妻と共に諜報部隊を独自に作る。

 しかし本当に無所属なのは黒いコートの魔女だけだ。

 彼女だけが王の補佐役としてどの軍団にも所属していない、

 希一郎は立場上親衛部隊を持っている。

 恐怖の軍団から救い出した15人の若者たち、その隊長を絵里が務める。

 分裂しているようなこの軍団だがミラクルストーンズと呼ばれる組織で堅く繋がっている。

 奇跡を希望とする心で繋がっている。

 その象徴である青年がためらいながら席に着いてそして会議が始められる。

 議長役を務める新庄が会議の開始を宣言する。

 そして会議の主旨を語り始める。

「このままでは拉致が開かないと言うのはわかっているな、しかし戦えば皆殺しにする羽目になる。その事実は覆せない、元は救うために始めた戦争だ。しかし救いようがないと言うのが事実だぜ、炎の悪魔の企みは実に周到だぜ、戦えば殺し続ける事になる。そしていつの間にか俺達は殺人狂の集団になっちまう、いつの間にか人を殺す事に何の躊躇いも感じない、そんな存在になっちまうって寸法さ、つまり圧倒的な悪役に俺達を仕立て上げようとしているのさ、この広大な国一つを犠牲にしてな、その企みに乗って悪役に徹するか、それとも戦いを放棄して逃げ帰るか、現状で出来る選択肢はそれしかない、しかし皆で考えれば他の選択肢もあるのではないか?それがこの会議の趣旨だと思ってもらいたい」

 好戦派は新庄の言葉に考える必要などないと考える。

 たとえ殺人鬼の集団と化してでも炎の悪魔を滅ぼすのが優先だと考える。

 しかしその考えを異とする者達は頭を抱えて対策を考える。

「そんなに殺したいのか?」

 羅冶雄が勝則を指差してそう発言する。

「悪魔に加担する者など滅ぼされて当然だ」

 腕を組んだまま大男は羅冶雄を見もしないでそう返答する。

「力で無理やり支配されているだけだ。誰も望んで加担している訳ではないんだ。戦いを放棄して投降しようとする者もいたんだ。でもそんな者は全て自爆していった。炎の悪魔は裏切りを許さないんだ。子供も老人も皆同じように兵士に仕立て上げ只の道具として扱っているんだ。そんな非道は許されない、そして見過ごす事も出来ない、だからその企みに乗ってやる必要なんかないんだ。人を殺す事を躊躇う気持ちを俺達は失くしてはいけないんだ。俺はその心まで鬼に変える事は出来ないんだ」

 大男はその言葉に鼻を鳴らすと初めて羅冶雄を睨んで見つめる。そして笑いを浮かべると、

「心を鬼にしなくともお前はその半分は立派な鬼だ。そんなに殺すのが嫌なら狂えばよいだろう、狂鬼と化して暴れまくればよいではないか、お前1人でも狂えば小さな街なら立派に滅ぼせるぞ、この期に及んでの綺麗事は戯言にしか聞こえぬ、殺すのを憶するのなら将軍など辞めて希望の国に逃げ帰れ、ふがいない甥だと笑うてやるわい」

 その大男の発言は絵里と美津子と絵美理の睨みにそれ以上を封じられる。

 言い争いをする為に集まったのではない、全ての者の意見は尊重されるべきなのだ。

「問題は彼らが戦闘になれば降伏出来なくなると言う状況になると言う事だ。あのアーマードスーツは望まなくとも彼らの棺桶になってしまうのだよ、それがサイズを合わせて人数分用意されている。しかも各都市には大量破壊兵器が仕掛けられている。それがない小さな町はみんな無人と化している。たぶん炎の悪魔に近づくに従いその道具が増える仕掛けさ、仲間達を殺された憎しみをさらに大きくした道具達、そしてそれに今迄以上の兵器を与える。その数と新兵器の力に僕達は敗北する。そんなシナリオが用意されているんだよ、全ては虹を捕える為に巧妙に仕組まれた罠なのさ、だから転戦をするより直ちに敵の本拠地を攻める事を提案するよ、

この僕達の力がどこまで通用するかわからないけど……」

 宇藤のその発言ももっともな理屈に聞こえる。しかしいきなり敵の本陣を攻めるだけの力が自分達にあるとは思えない、軍団は全て足しても3万人、艦隊の規模は本国の守備艦隊を集めても500隻、しかも戦闘艦と呼べるのは300百ぐらいで残りは全て武装を施してはいるが輸送船、

だから最初の方針は仲間と戦力を徐々に増やしていく持久戦と決めていたのだ。しかしその仲間を増やす行為が出来ない以上戦力差は埋められない、そして敵にはあの破壊の魔女がいるのだ。

あれがその力を振るえば兵器など簡単に量産出来るのだ。あの人間物質変換機は驚異の存在なのだ。その証明が大量のアーマードスーツや無人マシンの存在、希望の国の技術力でもこれだけの数をこんな短期間で量産する事など出来ないのだ。

「アーマーを着た兵士を気絶させる兵器は作れないのかな?」

 幸一が達彦にそう尋ねる。

 気絶しているうちに自爆装置を解除しようと考えたのだ。

「残念だけどあのシールドは破れても気絶させれば自動的に自爆装置が作動するんだ。気絶は戦意消失とみなされるらしい、だからその手は使えない、アーマーを着込む前ならなんとか出来ると思うけどそれで乗り込んだら大量破壊兵器でドカンだ。敵は被害を受けるけど僕達も大損害をこうむるよ、君がゲーマーならもっと他の方法を考えて見てくれよ」

 全ての現実をゲームに例えて考える幸一はこの難解なシュミレーションゲームの攻略法を考え始める。

 しかしフイールドは決まっているけど相手の戦力は把握できない、そして相手は将棋ではなくチェス形式の勝負を挑んで来る。それと同じ方法で対決すれば駒数の多い方が勝つのが当然、普通のチェスのような公平なゲームではないのだ。

 そしてこのゲームにはルール―と言う物が存在しない、それを勝手に作り出して、そしてこんな無駄な話し合いをしているのだ。

 しかし考えようによってはチェス形式を勝手に押し付けて来たのは相手の方だ。それに将棋形式で挑むのはどうすればいいか?ゲーマーの血が騒ぎ出し幸一の目が光始める。

「撤退すれば今度は攻め込まれるだけになる」

 新庄の二択案の一つをあっさりと咲石が否定する。

 休戦協定でも結ばない限り戦争状態は継続される。

 もしそんな提案を示したら間違いなく炎の悪魔は虹の身柄を要求して来るだろう、だからもう後には引けないと考えるのが当然なのだ。

「だから戦うべきだと主張出来る」

 勝則はしたり顔でそう発言する。

 それに同意するように美沙希が頷く、

 無敗を誇る男と恐怖心のない娘は負ける事など考えていないのだ。

 このまま戦い続ければ大きな犠牲を払って、そして生き残る者は自分だけになる。

 そう考えて希一郎は頭を抱える。

 いっその事自分だけで敵の本拠地に乗り込んで、そして炎の悪魔を殺そうかと本気で考え始める。

 それこそ敵の思う壺だと思わないままそう発言しようとするのを魔女が止める。

「打開策は得られると占いではそう出ています。貴方は何も言わぬ方がいいわ、それこそこの会議が意味を失うから、私達の中に全てを客観的に見る者がいます。その属性はプレイヤーまたをゲームの達人と呼ばれる男、その頭脳は参謀にも引けを取らない、発想力では参謀を超える。だから軍師と呼びましょう、参謀は最善を導き出し軍師は最新を答えとする。その最新の考えを期待してどうかこのまま傍観を……」

 その言葉に遮られて希一郎は発言を思い止める。

 彼女の言うように自分がそんな事を言い出したら大騒ぎになっていただろう、

 それを止めてくれた事に希一郎は感謝する。

 咲石の意見にさすがに羅冶雄も反論出来ない、喧嘩を売った以上は後にはもう引けないと心得ている。

 自分の周りにいた連中はそんな奴らばかりだったのだ。

 しかし自分から喧嘩を売った事はない、いつも売られる立場だったのだ。

 それに抵抗すればさらに力を増して襲いかかって来る。

 そして闘争が日常となり世界と孤立する。

 父親の手で作られたシナリオでも、しかしその過去は捨てきれぬ想いを起こさせる。

 自分に挑んで来た者に途中で逃げ出した者はいないのだ。

 自分の力だけでは降り掛かる火の粉は払えなかったのだ。

 あの石崎が現れてからようやく挑んで来る者は減ったのだ。

 皆は石崎を恐れて、しかしそれでも自分の存在を許せずに江崎みたいに執拗にそれを否定してやろうと企んでいたのだ。

 そんなやる気満々の悪魔に自分達から喧嘩を売ったのだ。

 それはもうごめんなさいで済まされるような問題ではないのだ。

 しかしなるべくなら人を殺したくない、その思い、それはまだ皆の心に残っているのだ。

 だからこんな会議を開いている。

 好戦的なあの2人もただその行為を正当化したいだけなのだ。

 そのなるべく殺さない戦争、そんな事が出来るのか?

「ちくしょう…」

 希一郎を殺虐王にしたくない羅冶雄は思わずいつもの口癖を1人でつぶやく、

 その後に沈黙が会議の場を支配する。

 空気が読めぬ馬鹿も黙っていろと命じられているのか何も言い出さない、

 その沈黙を破ったのは幸一だ。

「そうだ!」

 そう叫んでテーブルを両手で叩く、

 皆が幸一に注目する。

 どうせ戯言を言い出すのだろうと思う視線と期待する視線が集まる。

「相手は圧倒的にボーンの数が多いんだ。将棋で言うと歩の数が多いと言える。チェス形式なら敵陣に入らなければボーンは力を発揮出来ない、それは将棋も同じだけど、しかし僕達は将棋の駒でもチェスの駒でもないんだよ、それぞれが力を秘めた個別のユニットと言える。だからあえて戦争の常識を覆す事が出来る。なにも団体で戦争なんてする必要はないんだ。敵陣に攻め込むのは兵士の仕事じゃないのさ、強力なユニットがグループを作り攻め込めばいいだけだ。王将と金以外の将棋の駒を最初からひっくり返して戦えばいい。そして敵の兵士から力を奪えばいいのだよ、そしてチェスのボーンを将棋の歩の駒に変えればいい、力を失った者は更に大きな力に服従する。それがあの組織の掟だからそれを逆手に取ればいい、早速この国の首都を攻めに行こうよ、王様は邪魔だから今度は見ているだけでいいよ、この作戦は迅速さが要求される。使える駒は全て使う、その覚悟が僕の将軍にあるのなら流される血は少なくなる。君がその決断をするのなら作戦の概要を語ろう、それで怒り出すならこの話は無い、そう条件に付け加えるよ」

 シュミレーションゲームでは決して勝てなかったこの古い友人の言葉に、しかし羅冶雄はしばらく黙り込む、彼は策略の天才なのだ。しかし格闘ゲームだけは天性の勘の前にいつも敗北して悔しがっていた。だからその能力も実戦向きで無い物だが、しかし前の女王は彼にも加護を与えている。それがどんな力なのかまだ誰も知らないが、しかしそれで少しでも流血が避けられるのなら今はそれにすがるしかないと考える。

 だから決心すると幸一に尋ねる。

「俺は怒らないと約束する。だからその作戦と言うのはどうするんだ?」



 金色の中型浮遊艦は宙を飛ぶ、しかしその姿を見られる者は誰もいない、存在しない物と化して飛行する。

 存在しないからこそ存在しない者だけが操縦出来る。

 存在しない者は存在しない者として互いを認識出来る。

 それは多舞が前の女王から授かったもう1つの力、しかしその力を消せば存在しない者を永遠の孤独の中に叩き込む事が出来るのだ。

「僕の力は増幅されて都市を丸ごと迷宮に変える事が出来るのだよ」

 そう言って幸一は偉そうに胸を逸らす。

「これは完全な奇襲作戦だから敵はまったく予測出来ない、騒ぎを起こして連中を外におびき出して僕が都市を迷宮に変える。そしてアーマーが保管してある場所を完全に封鎖する。アーマーからは常に識別信号が出ているからその場所は全て探知出来る。そして天使とラジオ将軍は停泊する敵の浮遊艦を全て消し去るのさ、そして達彦君は大量破壊兵器の無力化を行ってもらう、有線を遮断して接続されているように偽装するだけでいい、そして敵の大将の成敗は金の将軍と鬼の大将がすればいい、奴らも迷宮に閉じ込めるから動けなくなる。異変に慌て蓋めいている所を襲えばいい、そして新たな力が彼らを支配する。後は奪った浮遊艦で各都市に飛んで極秘理にボスを倒して市民にアーマーの提出を呼びかけるだけで兵士は無力化出来る。この作戦は僕達に最高切り札であるユニットの天使がいたから考案出来たんだよ、王様達は敵の目を引くためにわざと戦ってもらっている。炎の悪魔はその観戦に夢中だろうね、役者が足りない事に気づかないでいてほしいよ、一応は君達の影武者は用意してあるけどね、王様は嘘が付けないけど芝居は出来るから助かるよ、さてこの国の首都に到着さ、さすがにこの艦は速いね、原野なんかひとつ飛びだ。感心するよ、そして姿を現す時には自分の石に念じればいい、それでこの魔法は解けると天使は言っているよ、さてこの作戦は迅速さが要求される。あの広場に艦を降ろした時に作戦は開始される。僕の作るダンジョンの地図はその端末に映し出される。配置を変えても即座に対応するから心配はいらないよ、では諸君の健闘を祈るよ、我が愛しきユニット達よ」

 見えない浮遊艦は大きな建物の前にある広場に着陸する。

 そこを歩く者は誰もその姿を感知出来ない、すり抜けて通り過ぎてしまう、完全に存在を失くしているからだ。

 多舞の能力は増幅され完全な存在の消失化を可能としている。

 だから消失時には干渉されず干渉出来ない、真の幽霊と言えるような存在と化してしまうのだ。

 浮遊艦から降りる者達に多舞は微笑んでその能力を少し弱める。

 存在する者に干渉出来ないが存在する物に干渉出来るようにする。

 姿を消す者達は踏みしめる大地の感覚が蘇えってその事を知る。

 最初に姿を現したのは勇治と多笑美、勇治は大量の紙吹雪を飛ばして衆目を集め、多笑美は大量の猫を創り出しそれを方々に放つ、その猫は悪さをして建物の中にいる者を外におびき出す為に使われる。

その2人は既に夫婦となって多笑美は身籠っている。

 前の女王の祝福を受けてその加護を受けている。

 増幅された紙の力は空中に絵を描く、青空に映える巨大な天使の絵、それを見ようと人々が広場に集い始める。

 そして幸一が都市を迷宮に変える。

 それを合図に見えない物達は方々に散り任務に向かう、

 やがて白い紙は色を得て空に巨大な虹を創り出す。

 それを見つめる群衆は偉大な奇跡に感動する。



 多舞は消えたまま飛んで浮遊艦の停泊所を目指す。

 100隻もの艦隊が眼下に並んでいる。

 それを全て消し去るのは無理だと判断した多舞は艦体の一部だけを消して航行を不能にする。

 その消失で全ての艦は火器の使用も不可能となる。

 それで騒ぎ出す兵士達、そこに突然に姿を現した羅冶雄が力を振るって気絶させ素早く戦闘不能にして回る。

 そして武器を奪うと使えぬように全てそれを破壊する。

 10分ぐらいの時間で敵の飛行施設は制圧される。

 気絶させられた兵士達は羅冶雄によって一か所の建物に入れられる。

 全員を運び入れると建物は迷宮と化して出入り口がどこにも無くなる。

 しかし任務はまだほんの少しを終えたばかりだ。

 現れる宇藤と碧恵とそして仕事を終えた達彦と頷き合って羅冶雄は一隻の敵の浮遊艦に乗り込む、その消失を元に戻して多舞もその中に乗り込む、そして浮上すると近くの都市目指して飛び始める。

 そして飛びながらその姿を突然消し去る。



 突然の異変に焦る3人の男達、それぞれのオフイスを飛び出して廊下に出て指令所に向かおうとしても果てしなく長い廊下があるだけでどこにも辿り着けない、

「ライトイエローストーン、この状況は何だ?」

 走って汗を流すリーダー各の男が部下に尋ねる。

「こんな状況を作り出せる能力者の存在は知っています。組織のAランクの能力者、東洋人の少年で名前は覚えておりません」

 リーダー各の男は立ち止まると怒り出す。

「Aランクだと!小賢しい、俺を誰だと思っていやがる」

「組織の特Aランクの能力者、ウィスタリアバイオレットストーンだろ、長ったらしい名前だから覚えている。この国出身である事も、しかしお前がAランクだと言った少年はもうそんなレベルじゃない、Sランクと言ってもいいぐらいの能力者になっている」

 ウィスタリアバイオレットストーンがその言葉に振り向いた先には白衣の医師がいる。

「ドクター咲石、組織の反逆者か、力無きCランクの分際でこの俺に挑むと言うのか?悪い冗談は止めてもらいたいものだな、生憎この国にはジョークなどと言う文化は存在しないのだ」

 ウィスタリアバイオレットストーンはその力を解放しようとする。

 部分的に体を巨大化させてその肉体を鉄より硬く出来るのだ。

 その巻き添えは御免だとばかりに2人の部下は後方に退避する。

 巨大化した鋼鉄の拳は咲石に向って振り下ろされる。

 しかし突然現れた存在にその拳は遮られる。

 巨大な棍棒に弾かれて硬質的な響きが起きる。

「悪いが先生よ、こいつは俺が貰うぜ、理由はもっとも簡単だ。こいつが一番強そうだからだ」

 目を赤く光らせた大男が立っている。

 巨大な棍棒を片手で軽々と握り立っている。

 その東洋人の大男は知っている。

 無敗の男と呼ばれている事も、炎の悪魔と互角に戦った存在である事も知っている。

 だからこいつを倒せば大手柄になるとウィスタリアバイオレットストーンは考える。

 自分の能力に自信があるからそう考える。

 だから不敵に笑うと両腕を巨大化し硬質化して右腕で殴りかかる。

 しかしその拳は虚しく空を叩いて標的を捉えられない、

「サローストーン武器になれ!」

 命じられた男は巨大な剣に変身する。

 それを掴むとウィスタリアバイオレットストーンは再び不敵に笑う、2人の部下はどちらも変身能力を持っているのだ。片方は武器に片方は防具にその姿を変える事が出来て結界でその力を強くする。

 しかし今は防具を纏っている暇は無い、やはり無敗の男は強いのだ。

 巨大な棍棒を構え仁王立ちする姿に付け入る隙はどこにもないのだ。

「特Aランク?こいつがか?先生よ、それは何かの冗談だろう?」

 巨大な剣を見ても怯まない大男は逆に呆れたようにそう愚痴る。

 咲石は肩を竦めると、

「あんたが強くなりすぎているだけだ。元から強いのにお節介にも女王はさらに強さのプレゼントだ。悪党と対決する時にその強さは倍増される。その悪さに比例してあんたの力は倍増する。その輝く紅玉が相手の悪さに比例して輝きを増してあんたに力を与えるのだ」

 大男は棍棒に埋め込まれた石を見つめ溜息を吐くと、

「光が鈍いな、こいつは大した事がない小悪党という事か?それが組織の幹部気取りか?炎の悪魔は冗談がよっぽど好きみたいだな」

 侮辱されたウィスタリアバイオレットストーンは怒り出す。

 大剣を振り廻して大男に襲いかかる。

「御免……」

 そう呟くと大男は棍棒を振るって剣を2つに叩き折る。

 剣が纏う結界も弱者の牙の力の前にただ無力に砕けへし折れる。

 2つに分断された死体の頭を握りしめウィスタリアバイオレットストーンは驚愕する。

 それに容赦なく棍棒を振るってその両腕を破壊する大男、鋼鉄の巨腕は粉砕されて血が飛び散る。

 そして眼前に迫りくる棍棒、それはウィスタリアバイオレットストーンが見た最後の光景、その後は無い、

 特Aランクの能力者を舜殺した鬼神だが満足感は得られない、虚しさだけが心に残る。

「強すぎる事は罪なのだ」

 咲石の言葉は重く心に圧し掛かる。

「雑魚の始末はお前達に任せるよ」

 いつの間にか現れたメイドとヤンキーにそう言い残すと大男は棍棒を担いでその場を去る。

「任す?冗談じゃないわ、こんなの私の相手にもならないのに……もう面倒くさいから平次こいつを殴り殺しなさい」

 ライトイエローストーンと呼ばれた男は最後の抵抗を試みる。

 逃走しようと走り出す。

 しかし無かったはずの壁に遮られ逃走経路を失う、

 笑みを浮かべた奇怪な東洋人が目の前に迫り来る。

 東洋人のくせに髪を金色に染めた男、その耳飾りの石が奇怪に光る。

 変身能力以外は結界を創り出すしか出来ない、だからそれを張って精一杯の抵抗を試みる。

「それは無駄だ。俺達は暗黒と戦う者達だ。それと戦うだけの力は皆持っている。お前達が力で支配するのならもっと強くなってからそれをするんだったな……」

 そう告げると咲石は成り行きも見ないで歩み去る。

 ライトイエローストーンは増幅された馬鹿力に結界を破壊され一撃で即死する。

「平次、この死体を全部運べ」

 そう命じて美沙希はその場を後にする。

 その後ろに3人分の死体を軽々と持ち上げて平次が続く、こいつらの死体を群衆に見せつけるのだ。

 これを見せれば誰が強いかそれで理解出来るだろう、力で支配するのならそれ以上の力で支配すればいいだけだ。

 自分達に兵は必要ない、そう言った幸一の言葉を美沙希は思い出す。

 そして戦争と言う言葉に浮かれていた過去の自分を戒める。

 ゲームの駒にされたからそれにやっと気が付いたのだ。

 人間は道具ではなく人間だ。

 感情を持った存在だ。

 人を殺す戦闘マシンであってはならない、なぜ王がこんな戦争を始めたのだろう、

 しかし今その答えが少し見えた気がする。

 戦っているのは敵ではない、自分の心だとそう感じる。

 みんな試して、そうして試される。

 前の女王の最後の試練は全員に与えられた試練なのだ。

 希望を信じる者達、その全員に、そして容赦なくその試練が降りかかる。

 絶望すれば希望は絶たれ暗黒に呑み込まれてしまうのだろう、

 石はその時にもう自分を救ってくれない、見離されて新たな持ち主を求めに行くのだろう、

 殺した3人の希願者達も最後に石に絶望に願いして、そして見捨てられたのだ。

 石は求めるのではなく選ぶのだ。

 価値ある者を選ぶのだ。

 そして無価値には要は無いのだ。

 敵の希願者がなぜこんなにも弱いのか、それは自分で自分の価値を下げているからだ。

 広場に集う群衆は死体を見て騒ぎ始める。

 平次にそれを投げ捨てさせて、それを踏んでこの国の言葉で美沙希は大きく叫ぶ、

「俺はこいつらより強い!信じられないならかかって来い!」

 万を超える群衆はその叫びに沈黙する。

 東洋人の若い女、しかし異様な迫力を秘めている。

 そして自分達の支配者を殺したというその事実、

 数でかかれば勝てるかもしれない、しかし何人か?あるいは何10人か?何100人か?必ず犠牲者は出る。

 だからそんなリスクを負ってまで倒す事に意味があるのか?

 群衆は動かないし動けない、美沙希は平次に地面を思いっきり蹴るように命令する。

 超怪力が地面を蹴ると地震のように地面が揺れる。

 驚愕する群衆に美沙希は再び大きく叫ぶ、

「俺はこいつより強い!」

 群衆はその力の前に屈伏する。

 皆ひれ伏して頭を下げる。

 そして3人の犠牲だけで北の大国の首都呼ばれる大都市は希望の軍団の支配地となる。

「後はアーマーを回収するだけだな」

 その作業は群衆に自らさせればいい、



 見えない浮遊艦の中で1人幸一は悦に浸る。

「王手……いやチェックメイトか?まあどちらでもいいけど、最小の損害と最小の犠牲でこの広大な国を支配出来たんだ。残念だけどこのゲームは僕の勝ちだよ、炎の悪魔さん、フイールドさえ支配出来れば僕はそれを自在に操れる。後は優秀な手駒がいればいいだけさ、自分の頭の良さを過大に評価してはいけないよ、独裁者になりたがる者にはそんな傾向が必ずあるからね、天才と達人は違うのだよ、場数を踏まないと達人と呼ばれる資格は得られないのだよ」

 王様が最初の占拠地の北にある都市と戦っている隙に、あの友人の将軍は確実に他の都市を占拠して行くであろう、しかしそんな彼も今は自分のゲームの駒でしかない、それが愉快で堪らない、しかし相手は天才だ。同じ手が二度は通用しないのは心得る。

 次のゲームの趣向を考え自分の手駒を思い浮かべる。

 そして最強の手駒の存在を思い出し次も勝ったも同然とほくそ笑む、

 達人は敵の十手先以上を読んでこそ達人と呼ばれるのだ。

 この状況に気づいた炎の悪魔がどう行動するかを、それを彼の性格と考え方のパターンを検討して予測する。

 そしてその予測を絞り込み対応策を検討する。

 さらにその対応策に対しての相手の対応も推測する。

 幸一の頭脳の中では次々と戦闘が行われる。

 少ない手駒でいかにして戦うかが課題なのだ。

 組織にいたから向こうの能力者の戦力は概ね把握出来る。

 こっちにも能力者が50人はいる。

 しかもそのうち20人ぐらいはSランク以上の強者達だ。

 そしてランクなんて付けられない存在が1人もいるのだ。

 最大の切り札はやはりジョーカーだ。

 幸一は彼がここに来るのが待ち遠しくなる。



 マイケルは世界の石で希恵と2人で戦争を観戦している。

 虹の大剣を振るって戦う男を見て可笑しくて笑い転げる。

「はははっ見ろよ、希恵、あいつ泣きながら人を殺しているぞ、はははっ、ああ可笑しい、そして必死になって偽装した大量破壊兵器を止めに向っているぞ、あれはあいつを馬鹿にするために仕掛けた罠なのに、はははっ傑作だ。止めたけどまたタイマーが動き出す仕掛けの罠なのにね、さてその前にラックストーンが立塞がるという段取りさ、鼠色の小悪魔は体を小さくして素早く逃げる。そして現れては糞玉を投げつけて攻撃するんだ。早くその場面が見たいね、鬼娘は地上でテイールグリーンストーンと鬼ごっこの最中さ、子鴨色は鳥に変化して飛んで逃げて挑発に小便をかけるのさ、これで今回は結界の邪魔なく観戦出来るよ、最高だね、愚かにも僕に戦いを挑んで来た奴らを愚弄してやろう、おや?酒がないぞ」

 即座に給仕が酒を差し出す。

 満足そうにそれを受け取るマイケル、

「あれ?虹が剣を投げ出して泣き喚き始めたわ、どうしてかしら、音声が無いから今一臨場感に欠けるわね、それがこの石の欠点ね、ああそうか、仲間の少年兵の死体を見たのね、それで泣き喚いているのよ、馬鹿みたい、そんなに悲しかったら戦争なんてしなければいいのに本当に愚か者ね、呆れるほど最低よ」

 酒を飲みながらマイケルはその映像を見て、

「たぶん彼は自分に酔っているのだよ、戦争と言う悲劇を起こした道下役者を演じる自分にね、地獄の女王とやらに命令でもされているんだろうね、人を殺せと、だから嫌でも人を殺さなくてはならない、そんな自分を自分で憐れんで泣いているのだよ、愚かで馬鹿だとしか言いようがないね、最低なんて最高の賛辞は必要ないね、どん底と言うべき状態だね、だから見ていて面白いよ」

 そう語るとマイケルは酒瓶を一気に飲み干して即座に次を要求する。

 差し出される手に新たに酒瓶が手渡される。

「ようやく立ち上がったわ、次のステージに進むみたいね、次はどんな罠だったかしら?ああそうそう、汚水のスプリンクラーね、酷い悪臭の汚水を頭からかけられる。あいつ嗅覚は正常だからそれに耐えられるか見物ね、もっと早く歩きなさいよ!」

 興奮して最後に希恵は思わず催促に叫ぶ、

「慌てるなよ、楽しい時間は長い方がいいじゃないか、じっくり楽しませてもらおう、これが僕の王国を踏み荒らした罰だと思い知ればいいのさ、だから馬鹿で愚かな王様を賓客としてもてなそう、そのおもてなしはたっぷり用意してあるからね」

 そして機嫌よくマイケルは笑う、しかし本当に希一郎が芸を演じている事などこの男は知らないのだ。

 幸一が言う最強の駒は今ここにいる。

 最強だからここにいる。

 希一郎の任務は時間稼ぎ、この都市の攻略を少しでも長く引き伸ばして炎の悪魔の注目を集めるのだ。

 この都市が自分を辱める為に用意された罠だと言うことぐらいは最初から気づいていたのだ。

 だから攻撃せず放置していた。

 彼には嘘は通用しないのだ。

 しかしその事は近しい者しか知らない事、出会ってほんの少ししか話していない炎の悪魔は知らぬ事実、だから演じる事が出来る。

 この都市の地下に入り込むだけで罠の中をわざと彷徨、1日を使い、そしてやっと2日目に入っている。

 時間を稼げば稼ぐほど多くの命が救われる。

 そう信じて侮辱の罠の中をよろよろと歩く、しかしいくら侮辱されても平気なのだ。

 生憎な事にプライドなる物はこの王様は持ち合わせていないのだ。

 王家の子孫の炎の悪魔は虹の王と言う意味に大きな誤解をしているだけなのだ。

 だから自分がこんな事をされたら嫌だと言う罠ばかり仕掛けている。

 その人間性が悪魔的な発想が大変よく理解出来る。

 よく知らぬ敵の姿を教えてくれる。

 絶妙のタイミングで現れる敵兵、攻撃を防御して投降を呼びかける。

 しかしそれに応じない敵兵は果敢に攻撃して来る。

 だから斬る。斬り殺す。

 そして敵兵がまだ若い女性だったと知って泣き叫ぶ、

 この王者が流す涙は演技なのか?

 希一郎は決して嘘がつけないのだ。








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