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開戦の余韻

4 開戦の余韻


 世界一高いと呼ばれる塔の最上階で地上を見下ろして黄昏の魔女は満足する。

 赤い夕景に染められる世界、この光景は一番彼女が好きな景色なのだ。

「炎の悪魔の要請はいかがするつもりですかな?」

 そう尋ねられ魔女は後ろを振り返って見つめる。

 この地方の民俗衣装を纏う男が笑いながら立っている。

「大陸南部はほぼ平定したわ、異教徒共は全て奴隷になって働かせればいいのよ、後は目障りな半島国家を滅ぼせばいいわ、それは立派な聖戦になるわ、そうなればあの超悪魔との衝突も避けられなくなるでしょう、あの異教徒を憎む者は信者達には大勢いるわ、ムハンマド、あなたは預言者の再来としてその戦いを扇動すればいいだけよ、唯一神の教えを利用してね、私は巫女としての務めを全うすればいい、神の力は偉大だと狂信者共に教えればいい」

 ムハンマドと呼ばれた男は更に笑いを大きくすると、

「奇跡を見せつければ奴らも大いに神を信じますからな、支配するにはこれほど容易い連中もいないでしょう、その憎しみは全て異教徒に向けられる。聖戦と言われれば連中は平気で命を投げ打つのです。しかしあの異教徒の民族は数だけは多いのです。しかも生意気にも大量破壊兵器も所有している。激戦になる事は必然となるでしょう」

 黄昏の魔女は赤き空を指さして微笑むと、

「要請に応じる代償に兵器の供与を受けているわ、だから大量破壊兵器なんかに恐れる必要はないわ、世界は私と私の子の為にある。どの石より暗い緑の石を握って生まれて来た我が子、

その聖者の為に世界の財宝は全て手に入れなくてはならないのよ」

 男の背後には赤子を抱きかかえた女がいる。

 魔女はそのそばに歩いて行き愛おしそうにその頬を撫ぜる。

「虹が自分に弟がいると知ったらどんな顔するかしら、しかもそれが財宝を得るのを欲望にする超悪魔だと知ったらね、ムハンマド、あなたもこの子の為に富を集めなさい、あの半島国家はそれの宝庫なのよ、その力をその為だけに行使しなさい、その為にあなたを指導者という立場にしてあげたのよ」

 ムハンマドは崇拝するようにひれ伏して宗教の経文を唱え始める。その宗教の聖地の方角に立つ女と神と信じる赤子に向い礼拝する。

「テイールグリーンストーン、子鴨色の悪魔よ、あなたが組織から離反出来たのはこの子ためだと知りなさい、そのおかげであの民族を滅ぼす事が容認されたのよ、あの土地は再びあなた達の物になったのよ、あなたの一族はその宿願を叶えられた。そして他にも宿願を持つ者が大勢いる。憎しみを武器にその宿願を叶えてあげなさい」

 礼拝を終えた男は立ち上がると、侵攻の作戦を立てる為に塔の最上階から降りて行く、

「私の財宝はあなただけでいい」

 黄昏の魔女は女の手から赤子を取り上げると優しくその頬に口付ける。

 この子の父親はどうしょうもない呑んだくれの男だった。

 虹に押し付けられた厄介者だと思っていた。

 しかしそれを失った時に魔女は初めて知ったのだ。

 あの男を愛していたと、その事実を知ったのだ。

 自ら自滅して死んでいったあの男、その種を宿したと知った時に魔女は感涙に泣いたのだ。

 その子供は何よりも暗い緑の石を握って生まれて来たのだ。

 そして光輝くと奇跡を振るい始めたのだ。

 その奇跡は砂漠に雨を降らせ、サイクロンを創り出す。

 天候を支配する能力を持っているのだ。

 そしてその能力を振るう代償に財宝を欲望とする。

 金に銀にプラチナにそして全ての宝石を欲して止まない欲望を持っている。

 愛する我が子の為に魔女はそれを叶えてやろうと考える。

 世界を全て支配すればそれが可能となるだろう、

 その為にはあれを手に入れるのだ。

 黄昏が終わった空には月が姿を現し始める。

 2つに裂けたその月のその影こそが欲する物だ。

 槍と呼ばれるその物体を欲して魔女は手を伸ばす。



 子鴨色の悪魔と呼ばれた男は会議室に集いし同胞達に呼びかける。

「神は異教徒共の討伐を命ぜられた。巨大な半島に住まう邪神を崇める者達だ。世界は全て我らの神の為にあり、そしてそれを信じる我らの物なのだ。我が神を信じる者に過去にあの地を追われた者もいるだろう、だからそれを取り返すのだ。これは聖戦と呼んで当然なのだ」

 各地域の指導者達はその言葉に感激する。

 特にその地域から弾圧されて追われた者達の指導者は、神に感謝する為にその場にひれ伏す。

「異教徒は全て敵なのだ。そしてこの聖戦は誰にも止められない、なぜなら我らが一番正しいからだ。欧州も新大陸の異教徒共も我らを恐れて手は出せない、しかし今は奴らを相手するより過去の遺恨を清算しようではないか、隣接国に軍団を派遣するように諸侯に要請したい」

 その宗教の名を連合とする指導者達は皆その意見に同意する。

「世界は再び戦乱が起き始めている。あの東洋の小国が再び戦乱を世界に及ぼし始めたのだ。

しかし最後に勝利するのは我らをおいて他にはない、それは我らに神の思し召しがあるからだ。

勇気ある者ほどその力は大きくなる。死すればそれは勇者となるだろう」

 指令を受けた各国の指導者達は聖戦の準備の為に大会議室を後にする。

 宗教の力で憎しみを束ねられた者達にはその矛先が必要なのだ。

 元から憎しみを内蔵したこの世界の住民達はそれを束ねるのは実に簡単だったのだ。

 子供ですら銃を手に戦士になる。教えの為なら自爆も平気で行う、

 そんな集団が巨大な半島国家を襲うのだ。

 その半島国家は現在、昔の制度に立ち返っている。

 細分化された身分制度が復活して、そして分裂して互いに争い合っているのだ。

 統一された国家としての体裁を保てていない、だから必ず勝つだろう、

 ムハンマドは不敵に笑う、征服者としての栄光に笑う、

 組織から離反して黄昏の魔女に与した事を正解だったとそう思う、

 悪魔と呼ばれる存在にはそれぞれが鴈望を持っている。

 この悪魔の願望は人間達を自在に操りたいという願望、

 そして魔女はそれを自分に与えてくれたのだ。

 黄昏の魔女は彼にとって女神となる。

 そしてその子は神となる。

 富の象徴であるこの国の1人の首長だった男はそのおかげで巨大な権力を手に入れたのだ。

 Bランク並の力しかないのに大抜擢されたのだ。

 その光栄に満足する。

 そして戦争の計画を立てる為に軍事会議を開く準備に取り掛かる。



 大陸の大国は権力欲の超悪魔にそのほとんどを支配される。

 いや厳密にはその支配は陰に隠されている。

 傀儡を立ててそれを陰で操るのがこの悪魔の常套手段なのだ。

 貧富の格差が激しかったこの国は、富みを憎む者が新たな指導者となり前の政権を打ち倒す。

 炎上する富の象徴の湾岸都市、富裕層と呼ばれた者達は捕えられ暴行され私刑される。

 それは過去にこの国で何度も起こった光景なのだ。

 その内乱は東から西に拡大して行く、

 この地域を全て支配する。

 権力欲の超悪魔は微笑んでその光景を見つめる。

「俺を本当に皇帝にしてくれるのだな?」

 隣でその光景を見つめる男がそう尋ねる。

「元々お主はこの国の支配者の子孫ではないか、皇帝の許にこの国は支配されるのが当然であろう、忌々しい社会主義は崩壊したのだ。貧富の差がその思想を覆す憎しみに変えたのだ。後はお主が皇帝となりこの国を全て支配すればいい、いや、いっその事、近隣の国も支配すればよい、それにわしは助力を惜しまんと申しておこう」

 この超悪魔の企みには気づいている。

 自分は傀儡で過ぎないと承知している。

 それはこの男の軍門に下った時から承知している。

 紫苑色の悪魔は殺し合う同国民達を見つめて溜息を吐く、

「劉王石、そう嘆くな、お主のおかげで周恩石の伝により暗黒から武器が供与されておる。その力は全て主の為に使われるのだ。社会主義の傀儡共をその力で駆除すればいいだけだ。既に首都は解放して奴らは公開にて処刑したではないか、皇帝なら支配者らしく堂々としていればよい、後は無法を力で支配すればよいだけだ」

 暗黒から供与された浮遊船はこの超悪魔の国の旗と自分の先祖がかつて使用した旗を掲げてこの国の各所を攻略しているのだ。表向きは同盟関係と言う形になっている。

 しかしこの男は半島の民族を皆殺しにしたのだ。

 1人残らず皆殺しにして回ったのだ。

「古からの私怨を果たす為だ」

 涼しい顔でそんな事を言う男など信用出来ないのだ。

「お主の息子とわしの娘と婚姻させればよいだけだ。そうすればお主の疑念も晴らせるであろうが、我が皇家同士は親族となり世界を全て支配するのだ。暗黒は世界の支配などに興味を持っておらん、それを邪魔するのは炎の悪魔と黄昏の魔女、そして悪魔の大統領だけだ。しかし幸いなことに悪魔の大統領は暗黒の遊び相手にされておる。そして虹は炎と戦うと決めておる。残るのは黄昏の魔女が率いる狂信者共の一団だ。それはあの半島国家を奪おうと画策しておる。なら力で支配し憎しみの矛先を向ける場所は決まっておるではないか、国土を統一した暁にはあの魔女の企みを打ち壊すのだ。お主はこの国の皇帝となり主とわしの子の子供がこの世界の帝王になる。それは素晴らしい事なのだ」

 権力欲の超悪魔はそう言うと扇を開いてふふふと笑う、

 この国の民は強い者には反発しながらも従うという風習が古くから残る。

 だから力だけでは決して従えられないのだ。

 しかし敵を得れば一丸と成る事も出来る。

 この超悪魔は巧みにそれを利用しようと企んでいるのだ。

 自分は決して表舞台に登場せず。巧みに人にそれをさせるのだ。

 そして陰でそれを支配するのだ。

 この男は名声など決して欲していないのだ。

 悪声でも権力だけをただ欲するのだ。

 その能力はその欲望の伝染の能力、

 権力を欲する者を創り出しそれを仲間にして一族を増やすのだ。

 その力の前にこの国の平定は更に容易になるだろう、

 その国の皇帝に選ばれた男は自分の石を握りしめて溜息を洩らす。

 自分の得た能力ではこの超悪魔には勝てないのだ。

 他人を超人化させるだけの能力しかないのだから、

 自分の力で豪傑と化した12人の者達が権力を抱いて各地を制圧する為に働いている。

 こうして力と権力の支配は確実に進んでいるのだ。

 悪魔と超悪魔は戦火を見つめる2人の男女を優しく見つめる。

 自分達の息子と娘、2人は仲つむまじく、あの焼ける街を寄り添い合い見つめている。

「綺麗だね」

「いい眺めだわ」

 対岸の火事を見物して互いにその感想を語り合う、

 燃える炎に焼かれる命を意にも解せずただそう語る。

 悪魔達の子供もまた悪魔なのである。

 だから気が合い好き合っているのだ。

 そこからどんな悪魔が産まれてくるか、それが楽しみになり一条実石は、香の匂いのする扇を振って得顔を浮かべる。



 魔女の女王は躊躇いもなくその力を振るい続ける。

 都市を丸ごと消し去ってその力の恐ろしさを見せつける。

 人工物を全て砂塵に変えて魔女の軍団は生き残った者達のうち男や女を殺して回る。

 そして男を知らない若い女だけを仲間にする。

 妬みの魔女がそう望んだから好きにさせているのだ。

 魔女の女王の前にはどんな兵器も武器も通用しない、全て鉄屑と化して砂塵となって消えて無くなる。

 南半球の大陸の人々は恐怖の目で空を見上げる。

 誰でも知っているそのマークを恐怖の目でただ見つめる。

 50隻ぐらいの浮遊艦隊、その黒い艦体に大きく描かれたあのマークを、

 そこから降りて来る軍団は男達には容赦なく、女達を選別して、そして躊躇いもなく殺して回るのだ。

 しかし魔女の女王は機嫌が悪い、かわいい我が子と引き離されているからだ。

 この大陸を全て制圧しないとその許には帰れない、

 信用出来ない悪霊がそれの守をしているのだ。

 一刻も早くその許に帰りたい、だから容赦なく力を振るう、

 自分をこんな目に遭わせている兄を憎み、そして人を苦しめる機会を与えてくれた兄を愛する。

 その矛盾する心に苛められて、だから機嫌が最悪に悪い、

 その憂さを晴らす為に人々が犠牲になる。

 降服する者達がいたらその中から少女を選び、そしてすぐに契約させて自分達の父や母や兄や弟を殺させるのだ。

 その地獄の光景を見つめてそして微笑む、自分の娘に命を乞う父親、その姿を見つめて涙を流しながら撃ち殺す娘、その地獄を見てそしてなぜか満足する。

 その光景を見つめる1人の魔女が思わず呟く、

「チョー最低……」

 そう、自分は最凶であり最狂であり最低なのだ。

 だからその呟きを賛辞として受け止める。

 その大惨事を見かねた兄の艦隊が現れて。そして男の子供達だけを救い出して去って行く、

「お前は狂っている…」

 そう言い残して兄は無表情に立ち去って行く、

 しかし魔女の女王はそれも賛辞と受け止める。

 自分がなぜ狂っているのか、その理由を知っている癖にと微笑んで、その無責任な兄を憎んで愛する。

 その兄は悪魔の帝国の支配地の南半球の大陸から攻略を始めている。

 2つの大きな島をその拠点に変えて世界に恐怖をばら撒き始める。

「狂っているのは貴方の方よ…」

 飛びさる大艦隊を見つめて希久恵は呟く、

 しかし一番狂っているのはこの世界だと、それに気付く者は少ししかいない、

 虹の許に集う者達、その一部しか正気でない、

 いや、はたして正気と呼べるのか?

 戦争の中で正気でいられる者などいる筈がない。



 消し炭色の超悪魔は戦争の中で唯一つを除いては好き放題を満喫する。

 恐怖の王から命じられた任務は大洋に展開する悪魔の帝国の基地の殲滅だが、しかしその方法も手段も自由にしていいと言われている。

 だから軍隊を殲滅し、民間人を弄び虐待する。

 綺麗な女がいれば全て捕えて凌辱する。

 黒すぎる白い石は全ての欲望を持っている。

 それに影響された彼の軍団はその欲望のまま行動する極悪の集団と化している。

 全ての悪魔の帝国の軍事基地を壊滅させてもその暴走は止まらない、2つの大洋を挟む島々はその欲望の捌け口となる。

 しかし恐怖の王はその行為を黙認する。

 単純にこの男が嫌いだから関与しないと決めたのだ。

 自分の望みである恐怖を勝手に振り撒いているのだから止める理由もない、そう判断して好き放題を黙認する。

 そんな王を気取る江崎の前に1人の少女が引き立てられて来る。

 一目見て同国人とわかるその姿、黒い長髪の黒い瞳は江崎を睨んで見つめる。

 美しいと呼べるほどのその顔立ちに惹かれて江崎は問いかける。

「お前が変な力で俺の仲間を殺した女か?」

 しかし少女は返事をせずに笑みを浮かべると突然その力を振るい自分を拘束する兵士達を突然殺す。

 2人の少年兵、2人は血液が沸騰して、1人は血液が凍結して声も上げずに死んで行く、

 しかし江崎はその突然の出来事にも何も動揺せずにニヤリと笑う、

 その笑いに触発されて少女が叫ぶ、

「今度はあんたを殺してやる!」

 しかい江崎は平然としたままその叫びに答える。

「その力は相手に触れないと発揮出来ないんだろ?お前に俺が触れるか?いや、触ってもそれは無駄だ。俺は欲望を力に出来る。お前を組み伏して犯したいと欲望している。その欲望の前には全ての力は無力となる。あの気違いの力以外は…しかしお前は狂っていない、だから黙って俺に犯されろ!」

 そう言って歩み寄る全ての欲望の超悪魔、しかし気丈な少女は石を取り出してそれを握りしめる。

 少女が握り締めるのは真に青い純色の石、超悪魔に凌辱されるのを絶望し希願しようと試みる。

 しかしその行為に気付いた江崎は見えない速度で移動して怪力で少女の手から石をもぎ取る。

 そしてその青い石を投げ捨てると、

「絶望する暇なんか与えてやるものか!」

 そう叫んで少女を当て身で気絶させる。

 そして目を開いたまま気絶する少女を欲望のまま凌辱し始める。

 その苦痛に意識を取り戻して状況を理解した少女、もう絶望しても無駄だとそうさとる。

 いくら純色の石を持っていてもこの男には勝てないとそうさとる。

 だから方針を変更して自分から江崎に抱きつく、それで超悪魔の欲望は満たされる。

「どうして抵抗しない?」

 物足りなそうに江崎がそう問いかける。

「あんたの欲望の捌け口になってやろうと決めたからよ」

 苦痛を堪えて微笑む少女はそう答える。

 欲望を満たし終えた江崎は少女から離れると、

「俺が欲情する度に犯されると言うのか?しかし俺は1人の女では満足出来ないぜ、そんな行為で俺を手懐けようとしても無駄だぜ」

 少女は起き上がると床に転がる青い石を掴むと絶望する。

 その絶望と代償は願いとなり1つの奇跡を起こす。

 江崎は気付く、自分の1つの欲望が1つの存在に限定されてしまった事に、

「お、お前何をした!」

 驚嘆してそう叫ぶ。

「あんたは私にしか欲情出来ない、そうしてあげたのよ、この石の力で、その代りに私が支払った代償はあんたを愛する事、誰にも嫌われる存在を唯一愛する事は立派な代償になるわ、さあ、私がした事が許せないのなら私を殺しなさい、その代りにあんたは二度と女を抱けなくなる。これが私を慰み者にしたあんたの罰よ、私は石崎希洋子、家族旅行中に異変に襲われ気づいたらこの石を握っていたの、両親はこの石の事を知っていたわ、なんせ魔神の親戚なんだから当然ね、その両親も私の目の前で殺されたその時に絶望して液体の温度を変える力を得たのよ、でも絶望はそれだけじゃない、何度も殺されかけて絶望して、そして新たな力をその度に得たわ、その為に多くの物を代償にしてきたけど……私は決して目を閉じられない、甘いものを甘いと感じられない、左手で何を触っても何かあると認識出来ない、左目は色彩を失くして白黒の画像にしか認識出来ない、そんな小さな代償でもこの石は大きな力を私に与えてくれた。そうじゃなきゃ今迄生きていられなかったでしょうね、この石は大きな力を秘めている。だからこんな事も可能になるわ」

 江崎は蒸し暑さに襲われる。

 じめじめして汗が流れる。

 そして次に寒さを感じ始める。

 滴る汗が凍りつく、

「空気中にも水分はあるわ、それは常に私に触れている。まあ、この部屋の水分は大した量じゃないからこれぐらいの影響しか与えられないけど、でも人間は水分の塊よ、その気になれば手を触れずにいつでもあんたをこの男達のようにする事は出来たわ、しかしあんたに私の能力が通用しないからそれに絶望しようとしたのよ、でもどんな絶望でもあんたを打ち負かす力は得られなかったでしょうね、欲望の権化と化した時にあんたは正に無敵になる。なんて恐ろしい力なのでしょう、だからその欲望の1つを封じ込めてやったのよ、この石の力でもそれだけがやっとの力、石崎の姓はけっして何者にも支配されるな、そう言い残してパパは死んだわ、誇り高き秘石の長の一族を甘く見ないでほしいわね、高ランクの魔石を握ったからと言って調子に乗ってはいけないわ」

 江崎は黙る。

 黙り込む、そして希洋子に近づくと強引にその体を抱きしめる。

「私を殺す気?」

 その行為を理解出来ずに希洋子はそう尋ねる。

「いいや殺しはしない、その逆に俺もお前を愛する事にする。気付いたからだ。お前とならあの無表情を酷い目に遭わせる事もあの気違いをやっつける事もできるだろう、あの契約書を灰にして俺が世界の王になる。全ての欲望が行きつく先はそれだからだ。なら俺を愛するお前は俺の妃になれ、そして少しずつこの世界を支配していくのだ」

 目を閉じられない希洋子は江崎の顔を呆れたように見つめる。

 欲望の1つを封じたぐらいではこの超悪魔の野望は止める事など出来ないのだ。

「今の世界の情勢を教えて」

 不本意ながら愛する事になった男の野望の手助けをするために希洋子はそう尋ねる。

「それはもう一度してからだ」

 江崎の目は再び欲望にぎらつき始める。



 極秘に地下都市に舞い戻った江崎は司令部の要員を脅しつけて、そして自分の署名した契約書のありかを聞き出そうとする。

 知らないと答えた者は皆殺す。

 自由になりたいと言う欲望の前に既に契約は半分以上効力を失くしている。

 一番目の契約だけがこの超悪魔を縛り付けているだけだ。

 石崎が強い、その事実だけが全ての契約違反を犯せない理由になっているからだ。

 全ての欲望の権化はそれが許せないのだ。

 しかし契約書のありかは誰も知らない、焦る江崎は強攻策に打って出る。

 石崎の子供を人質にして直接本人から聞き出すのだ。

 女王宮に潜入してその子供の所在を探す。

 風のように駆けて影に身を隠し、やっと目的の場所まで辿りつく、

 しかしその部屋の前には初老の執事が立塞がる。

「そこをどけ!じじい」

 欲望にぎらつく目で江崎はそう叫ぶ、

 しかし初老の執事は笑みを浮かべると、

「少々狼藉が過ぎますな、我が帝王にまで手を出そうとするとはいただけませんな、まあ超悪党であるあなたならいつかこんな事もしでかすと存じておりました。狂犬の野良犬は決して鎖に繋がれたりしないものですからな、あの下賤もそれを心配しておったでしょうからな、しかし下賤はあなたも同じ、その存在は帝王の武器を作る為の道具と心得られたい、それを承知すれば望みを叶えてあげるのはやぶさかでは無いのですが……」

 訳のわからない事を告げる初老の執事、しかし最後の言葉には興味がある。

「願いを叶えるだと?」

 江崎はぎらつく目でそう質問する。

「左様です。これが御所望なのでしょう」

 初老の執事内ポケットからが取り出したのは一枚の紙切れ、筒状に巻かれたそれを開いて江崎に見せる。

 それはあの群青の悪魔に無理やり署名させられた自分の契約書、

「!?、それを寄こせ!」

 それを見て興奮した江崎はさらに目をぎらつかせて執事ににじり寄る。

「お待ち下さい、これはかなりの上位契約文です故、契約者と同等か若しくはそれ以上の力がないと干渉する事は出来ません、あなたが手に入れても破る事も燃やす事も出来ませぬ、しかし私にならこんな物は簡単に紙切れに変えられます。嘘だとお思いならお試しを」

 笑う執事は書類を江崎に手渡す。

 それを受け取ると江崎は紙を破ろうとするが出来ない、ただの紙切れなのに鉄よりも硬く江崎の怪力にもびくともしない、業を煮やしてライターを取り出して火を点けても燃え上がらない、

「8番目の項目がある限り何をしても無駄なのですぞ、それを自ら破棄できるのは契約者と同等かそれ以上の力を持つ存在だけですぞ、残念ながらいくら欲望の権化でも暗黒にはその力は及ばないのです」

 江崎は怒る。怒るがどうする事も出来ない、

「私ならその契約を白紙に出来るのです。しかしその前に約束して頂きたい事がございますが……」

 本当にこの執事にそんな事が出来ると思わないが、しかしその取引をするだけの価値はある。

 そう判断した江崎は執事に書類を突き返して、

「出来るならやって見ろよ」 

 ぎらついた目のままそう告げる。

「その前に約束をしていただければなりませんな、簡単な事です。このまま恐怖の軍団の大幹部のふりをして頂くだけで結構です。その方があなたも得だと思いませんかな?もし謀反がばれたら恐怖の王に粛清されますぞ、なにぶん彼はあなたが嫌いなのですから喜んで殺しに行くでしょうな、しかもあなたの周りはあの恐怖の王の手先ばかりなのですぞ、王の為に命を投げ打つ連中に囲まれていては逃げられませんぞ、しかし私ならこの謀反を闇に葬る事が出来るのです。あなたの部下もそれに気がつかない、あの軍団の力を利用して好きなように出来るのですぞ、それは悪くない取引だと思いませんかな?」

 初老の執事の取引は悪くないどころか自分の保身の為に必要な事なのだ。

「わかったぜ、その取引に応じてやる」

 ニヤリと笑うと江崎はそう返答する。

「よろしいでしょう、しかしくれぐれも忘れぬように、口約束でも立派な契約だという事を、それでよいならほらこの通り」

 初老の執事の手にする書類の文字は全て消え去る。

 江崎は心地よい解放感に包まれる。

「この後始末は全て私が致しますから早々に御立ち去りを、まだ幼き帝王にはあなたの毒気は強すぎるのです。この契約書は偽造して元に戻しておきますゆえ御安心を、ならばもう用なしです」

 そう言い残すと初老の執事は部屋の中に入って行く、

 江崎は浮遊艦に乗るために女王宮を後にする。

 満足の笑みを浮かべて堂々と基地の中を歩く、あの石崎の子分で無くなった事が嬉しくて堪らないのだ。

 しかしそれと引き換えにもっと恐ろしい存在と契約を交わした事には気づいていない、

 江崎が訪れた痕跡を消して回る悪霊は笑いを浮かべ1人呟く、

「黒すぎる白い石はあんな者には出来過ぎた宝ですな、早く正当な持ち主の手に渡るべきですな……」

 しかしその呟きを聞く者は誰もいない、そしてその意味を知る者もいない、

 江崎を乗せた浮遊艦が軍港から飛び立つ、

 南洋に楽園を創る為に飛んで行く、

 しかしそれはディープグレーの超悪魔だけの楽園なのだ。

 欲望の権化は自分だけの王国を作るための計画に没頭する。









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