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戦争前会議

1 開戦前会議


 主都のある平野北部を全て領土にした希望の国、必然的に恐怖の帝国と国境が出来る事になる。

 その国境の街で今会議が行われている。

 それも国王同士を交えた戦略会議が行われている。

 長いテーブルには両陣営の首脳達が左右に分かれて着席する。

 右側が暗黒の帝国側で左側が希望の王国側である。

 この会議を持ちかけてきたのは暗黒の帝国側、その真意はまだ明かされていない、

「皆様方に御集り頂き恐縮いたします。本日ここに御足労して頂いたのは戦争における協定の為です。まず勘違しないで頂きたいのはこの会議は共闘の申し入れでは無いという事です。ただし同盟に関する会議でも無いのです。皆様方も御存じのように現在既に悪魔側との開戦は時間の問題です。しかしそれは私達の方ではないと貴方様方に承知して頂きたい、それは勝手に大陸に侵攻した呪われた軍団が引き起こそうとしているのです。彼らは新帝国を名乗りこの国の呪われた存在達を率いて昔のこの国の軍隊のような行為を行っているのです。占領地の人民を奴隷か兵士に変えてその勢力を拡大しているのです。その勢力があの炎の帝国に接触するのは時間の問題なのです。それが戦端になるでしょう、ここで私達のやるべき事が2つの選択に別れるのです。貴方方は新帝国に対して実力でその行為を止めようと考えておられるでしょうが私達の王はそうとは考えておられないのです。このまま新帝国の侵略行為を放置する意向なのです。つまりこの事態に対する双方の見解が違うのです。だからこの会議はその見解の違いを話し合う場と心得て頂きたいのです」

 群青の悪魔が会議の主催の趣旨をそう告げる。

 どよめく希望の国側、恐怖の帝国側は戦争が始まるのを放任しろと告げて来たのだ。

「戦争が起きるのはどちら側にも有益でないはずだ。全世界をこの国が相手に戦争する事になるんだよ、それを放置しておいていいはずがない、世界の勢力達は新帝国も恐怖の帝国も希望の国も関係なく全てこの国の勢力だと思っているのだからここは共同でも単独でもいい、とにかくあの勢力がこれ以上拡大しない事が重要なのだ。そっちにその気がないなら僕達が単独でそれをやるだけだ」

 そう語る宇藤に無表情だった石崎が笑みを作ると、

「お前は馬鹿か宇藤よ、それをさせない為の会議だぜ、お前らが単独でそんな事が出来ないようにするのが俺の目的だ。俺は独自にその新帝国と同盟を結んだんだぜ、それに敵対するとどうなるか?考えなくてもわかるよな、つまりお前らは俺の敵になるわけだ。そのリスクを負ってまであれの邪魔をする価値があるかよく考えな、俺は愛国心に溢れているんだぜ、たとえ呪われた連中でもこの国の民である事には変りわらないぜ、だからその国民同士が戦い合うのを出来るだけ止めたいと考えているのさ、それはお前達も同じだぜ、だからこんな会議までわざわざ開いて同志討ちを止めたいと考えているのさ、だからこの国を守る為だけにしか軍隊は動かさない、そう決めてあるぜ、そのための協定だ。侵略行為以外での軍事力は行使しないと言う協定だ。あの新帝国が勝手に広げたエリア、それはそれから除外してな、それが守れないのなら残念だがこの国の民同士で戦いが始まるだけだぜ、俺は別に恐怖とか希望とか新帝国とかでこの国が線引きされているとは考えていないからな、主張が違うただの党派だとしか思っていないのさ、野党と与党の考えだ。だから政権を取るのは多勢力の与党の務めだと考えているのさ、しかし極小の野党であるお前達の意見も聞いてやらないといけないと思いこんな会議まで開いてやっているんだぜ、新帝国にも会議の出席を求めたが辞退されたぜ、大多数の与党になる邪魔はするなとさ、その意見はもっともだ。その政治活動の邪魔をする権利はどの政党にも無いからな、それを武力で抑え込むのはテロ行為と同じだぜ、お前達は過激派か?だから何を唱えてもその行為は正当化出来ないだろう、違うか?そんなに世界が怖いのか?俺は別に怖くないぜ、降りかかる火の粉ぐらい自分で払える自信はあるぜ、お前らの手を借りなくても簡単にな、その自信がないなら黙って見ているんだな、さて、その返答をしてもらおうじゃないか」

 その作り笑いの言葉に何も答えられない希望の国側、それに反論出来るだけの材料も力もまだ無いのだ。

「そんなに戦争がしたいのか?」

 率直さだけが取り柄の希一郎が全ての内容を飛ばして石崎にそう質問する。

「さっき言っただろ?戦うのはあくまでも防衛の為だと、ただ宣戦を布告して来た連中には容赦はしないぜ、その連中が降伏するまでが脅威だからな、だから徹底抗戦は当たり前だぜ、その時にはお前らの自衛権も認めてやるよ、戦争が始まれば好きにしな、ただし俺達同士は戦い合わない、それが協定だ。お前らの勢力は世界のどの勢力とも手を結べない、いわゆる保険だ。この国の乱れた政治を直すのはその戦争が終わった後で充分だ。まあその時には世界の情勢も変わっているがな、だからそれを変える為の権利は残しておいてやるよ、まあせいぜい少数派にならない事を祈っておいてやるよ、頑張って同志を増やしなよ、喧嘩は売られるまで買うもんじゃないんだぜ、戦争もそれと同じだ。大抵は売った方が負けるからよ、悪魔の大統領はその辺はよく心得ているみたいだがな、なんせ元ギャングの親玉だからな、抗争はあいつの得意分野の1つだからな、まあ、お前達、おぼっちゃま集団には理解出来ないか?とにかくまあそう言う事だ。時間がいるんなら2時間だけ待ってやる。それまでに答えを用意しておけ」

 石崎はそう言い終わると自分達の幹部を引き連れて別室に移動する。

「どうするのよ?」

 絵里が希一郎をこづいて問いただす。

「石崎の軍団とは戦えない、そうなってしまったら悪魔達の思う壺になってしまう、悔しいけどあいつの言っている事を否定する事は出来ない、あいつが一番厄介な敵なんだからね、それをまだ敵に回すのは得策ではない、だからと言って大陸で起きている事は放置できないし、現状では残念だけど何もいい案が思いつかないよ」

 そう言って頭を抱える希一郎に宇藤が進言する。

「対抗策が1つだけある。それは極めて危険な選択肢だけどね、しかしそれをすれば戦争が起きるのを待たずに自由に行動が起こせるよ、僕達にも防衛権は認められているからね、その主張に石崎も反論出来ないはずだ」

 参謀はハンカチで眼鏡を磨きながらそこで一旦言葉を切る。

「その対抗策とは?」

 もったいぶらずに教えろとばかりに羅冶雄が宇藤を睨んで尋ねる。

「僕達自身が戦争を起こすのさ、つまりどこかの勢力に宣戦を布告するんだよ、自ら進んで戦争の火種になる。その理由は防衛の為の先制攻撃だと言えばいいだけさ、宣戦布告の相手は動こうとしない黄昏の魔女辺りが妥当かな?それとも炎の帝国か?石崎の言葉とは逆にこっちから喧嘩をしかけるのさ、それが交渉の材料になるよ、一方的に条件を突きつけられただけでは黙ってはいられないからね、僕達はおぼっちゃま集団じゃ無いと言う事をあいつに教えてやりたいよ、おぼっちゃまなのはあいつの方なのに酷い暴言だ。みんなそれぞれ不幸な過去を持っているのにあんな酷い事を言われたら頭に来るよ、なんせ王様はホームレスや奴隷になったりして酷い目にばかり遭っているのに、あの言葉を謝罪させてやる!」

 そう言っていきりたつ宇藤を希一郎がたしなめる。

「俺は何を言われても平気だからもう怒るなよ、それよりその発想は俺にも思いつかなかった。さすがは参謀だね、臆病者の俺が自ら戦いを開始するなんてあいつは考えていなかっただろうね、希望戦は別に起きるまで待つ必要なんてないんだ。それを一刻でも早く始めた方が苦しむ者が減る事になる。そして俺の腹はもう決まっているから躊躇う必要なんてない、だからあの無表情に言ってもいいよ、俺が世界を相手に喧嘩を始めると」

 磨き終えた眼鏡をかけると宇藤は笑みを浮かべて、

「じゃあ方針は決まったね、奴らの問いに対して別の答えを返してやろう、みんなはこの方針に異存はないかな?王様はまだ選択権を残しているけど」

 全員がその方針に賛同する。

「じゃあ決まりだね、でもこの決定に対する罪は重いから覚悟してくれよ、なんせ全国民の命運がかかっているからね、その一番重い罪を犯そうと王様が言っているんだ。自分が立てた憲法まで改定してね、追加憲法は希望の国の国民はこの思想を世界に拡大させる為に尽力するだよ、だからそれをしに行こう、そしてその方法は自由なのさ、だから戦いも認められる自由の1つなのだよ、それで発生する憎しみはみんな自分が引き受けると王様は宣言したのさ、だから自由に振舞える。殺すのも死ぬのもみんなの自由さ、もちろん殺さないのもね、その選択は状況に応じて各自が決めればいい、それも自由だ。そしてそれを世界に教えに行こう」

 罪を背負う者達は拍手で宇藤の言葉に賛同する。

「では会議の続きを要求しようかな」

 1時間足らずで意見がまとまったと暗黒の帝国側に使者が送られてそして会議が再開される。



「最初に聞いておきたいんだけどね、同国民同士では戦わないと言う協定は新帝国にも通用するのかな?僕達は彼らと同盟なんて結んでいないから安心させて襲われる危険がある。それをはっきりさせないとさっきの問いに対する答えが出せないのさ」

 その宇藤の問いに石崎は小声で隣に座る群青の悪魔と話し始める。

 どうやらこの質問に対する答えは用意されて無かったらしい、キラリと宇藤の眼鏡が光る。

「新帝国に対して攻撃行為を行わぬ限りその安全は保障されます。こちらが仲介してその様に手配致します。協定の書類にその項目も追加致します」

 群青の悪魔のその返答に頷くと宇藤は、

「さっきの石崎の話だけでは協定の仔細が確認出来ないんだ。それをもう一度聞かせてくれないかな?」

 群青の悪魔は頷くと協定を書面化した用紙を淡々と読み始める。

「1、この協定は戦争終了後までは有効とする。2、この協定においてこの国の民は互いに戦争時に戦わないと制約する。3、軍事力の行使は防衛又は勢力の拡大以外にその使用を認めない、ただし勢力の拡大はこの国外でのみ可能とする。4、この協定に反する行為をしたと認められた場合は1の項目は無効となる。これで以上ですな、それとこの協定に賛同するのなら識別にこの国の旧国旗を使用して頂きたい、それを協定関係の証と新帝国に伝えておきましょう」

 宇藤は眼鏡を磨き始めると、

「1の戦争の終了とはどんな状況なのかが納得出来ないのと、3番目の項目は新帝国に対する配慮かな?つまり彼らの行動を容認しろと言う事だね、悔しいけれどそれを容認するしかないね、それを止めると4の項目に抵触するからね、しようがないな…僕らは無力だから言う事を聞くよ、この王様は世界で一番憶病なのだから」

 それを聞いた石崎が笑いを作る。

 群青の悪魔が合図して書類が2枚用意される。

「戦争の終了とは勝つか負けるかした時だ。そんな事言わないでもわかるだろ、そしてこれは強制力のある願字の協定書だがお前にならこんな物は簡単に破れるな、まあ、しかし今回はそんな事はしないだろう、そんな度胸も無いだろうからな」

 そう言って作り笑う石崎の前で希一郎は書類に署名して石崎に差し出す。

 そして石崎が署名した書類を逆に受け取る。

 しかしその協定が結ばれた証の握手は無い、一方的に突き付けられた脅迫に手を握り合う必要など無いのだから、

 そして希一郎は宣言する。

「この協定に従って俺達は占守防衛の為に炎の帝国に宣戦を布告し、そして勢力を拡大する!」

 その意外な宣言に恐怖の帝国側は唖然とする。

 皆はそんな馬鹿な、と言う表情で希一郎の顔を凝視する。

 1人無表情な石崎だけが笑みを作ると、

「そう言う魂胆だったのか、上等だ。お前が勝手に戦争を始めるのはもうこの協定で止められなくなったからな、だから好きにしな、そして歴史に名を残す大悪党になれよ、あの超悪魔の代わりによ、とりあえずお前のやろうとしている世界侵略ゲームにはつき合ってやるよ、どちらが多くぶん盗るかの競争だぜ、出来れば半分ぐらいはぶん盗れよ、そうじゃないと張り合いがないぜ、なら最後に口約束だがもう1つ協定だ。俺は悪魔の帝国に宣戦を布告する。そのゲームの開始は明後日だ。8月の15日、因縁の日だから丁度いい、そして今の内に血も涙も失くしておけよ、そんな朱羅の地獄を始めるのはお前だからな」

 そう言い終わると石崎は幹部達を引き連れて会議室を後にする。

「あいつらとは違う戦争をすればいいだけだ……」

 石崎が去った後を睨んで立つ希一郎に羅冶雄がそう声をかける。

「戦争と言う巨大な怪物を退治してやる」

 決心した王者は虹の大剣を創り出してそれを天に振り上げる。

 そして気を取り直すと突然しゃがみ込み頭を抱えて震え出す。

 勢いだけで何でもするが、しかしやってしまった後に必ず後悔する。

 それはこの王様の悪い癖の1つなのだ。

 それを知るみんなは1人を残して黙って会議室を後にする。

「あなたが間違っていたかを決めるのはあなたじゃ無いのよ」

 絵里にそう告げられて希一郎はやっと立ち上がる。

 本当の敵は悪魔達では無く今別れたばかりの存在なのだ。

 そう自分に言い聞かせて歩き出す。

 そしてその存在との別の意味の戦いが明後日には始まるのだ。

 それは世界を巻き込んで明後日には始ってしまうのだ。

 こうして真の敵との宣戦布告を済ました王は妃と共に浮遊艦に乗る。

 そして聖都目指して飛んで行く、

 光の許に舞い戻る為に。



 開戦の準備に忙しい羅冶雄は妻になった多舞に構っている暇がない、

 それに拗ねた多舞は姿を消して浮遊艦の上で寝そべって空を見ている。

 誰にもその姿は見えないが羅冶雄にだけはその姿が見える。

 しかしあんな所にいられたんじゃ慰めに行く事も何も出来ない、

 仕方がなく溜息を吐くそんな羅冶雄に合う為に一人の女性が尋ねて来る。

 その小太りの中年女性は羅冶雄に多舞の所在を尋ねると優しく微笑んで多舞に降りて来るように話しかける。

 天使は宙を飛んで舞い降りて姿を現して優しく微笑む、

「預かり物なの、貴女が持っていなさい」

 そう告げて香奈枝が多舞に託した物は純白の白銀の石、

 どう言う事だと尋ねる羅冶雄に香奈枝は優しく微笑むと、

「そのうちわかるわ」

 そう言い残して左足を引きずりながら杖を突いて歩き出す。

 多舞は純白の石を大切そうに握ると舞い上がって消えて見えなくなる。

 しかし羅冶雄にはその姿が見える。

 天使は女王の許に祝福される為に飛んだのだ。

 羅冶雄は多舞を戦争には連れて行かないと決心する。

 それは前から決めていたがそれを説得出来るだけの理由が出来たとさとる。

 その知らせは長くなれば戦場で知る事になるだろう、

 しかしその理由が出来たため自分は決して死なないと改めてその心に誓う。

 携帯で作戦会議が始まると知らされた羅冶雄は浮遊艦の基地を後にする。

 夏なのに雲一つない、そんな快晴の日の午後の出来事である。



「宣戦布告後に直ちに海峡を越えて進撃する」

 浮遊艦隊の艦長達を集めたミーティングが会議室で開かれる。

「ラッキーストーンズは別動隊として行動するから俺の指揮下には入らない、彼女達には勝手に暴れてもらおう、その方がなぜかせいせいするよ」

 羅冶雄の言葉に笑いが起きるが直ぐに皆は真剣な目に戻る。

「国王は王妃と女王と共に浮遊城塞で後方待機だ。国から出てくるなと言ったのに言う事を聞かないんだ。それを守る身にもなって考えてほしいよ、とにかく制空権を奪ったら直ちに陸上部隊を侵攻させて軍港都市の解放戦に切り替わる。陸上部隊との連携が重要だ。とにかく艦隊による爆撃は行わない、無差別に人を殺す事になるからね、存在を否定される行為にのみそれが許される。矛盾しているが俺達は軍隊であるが人殺しの集団ではないからね、敵はなるべく捕虜にする。それからもし異様な力を感じたら直ちに旗艦に報告する事、専門の対処部隊がその対応に当たるから速やかに撤退してくれ、敵の戦力も規模も武装も何もわからない中での奇襲作戦だ。だからどんな事態が起きるかがわからい、それに臨機応変に対応するなら逃げるのが一番手っ取り早い、誰にも勇者になれなんて命令はされて無い、なんせ一番の臆病者は王様だ。だから逃げる事は恥ではない、自分の存在を全てにおいて優先しろ、そうして出来るなら仲間の存在と敵の存在も優先させてくれ、もし戦いを楽しいと思っても殺すのが楽しいと思ってもそれはみんなの心の自由だ。しかし出来るならそんな感情に誰も支配はされないでほしい、怖いという感情がそれを引き起こすのだ。だから怖くなったら逃げればいい、臆病であって当然なんだ。そうでないと困るんだ。たぶん王様が一番困るんだ」

 それから2、3の質問の後にミーティングは終わり、艦長達は戦支度のために散会して行く、

 それを見送りながら羅冶雄は溜息を洩らす。

 艦隊司令官の罪から逃れる為に再選挙をしたのにみんなはなぜか自分をその罪人にしたがる。

 そんな人望も無いはずなのになぜこうなるのかと溜息を吐く、

 艦長達には大人もいる。それがなぜ十九歳の自分が司令官なのだろう、

 国王の親友と言われているのが原因なのか、それともまだ他に理由があるのだろうか?

 孤独だったこの青年にはその理由が思いつかない、

 こんな気持ちではとても戦争など出来ないと思い王宮に向い歩き出す。

 そこにいる最愛に話がしたくて訪れる。

 しかしそこで待っていた話に激高しいきなり希一郎を殴りつける。

「多舞を戦争に同行させるだと!何を考えているんだ。お前は!」

 怒る羅冶雄に殴られ続けながら、しかし希一郎は何も答えない、

 もうそれを見ていられなくなった絵里が2人の間に割って入る。

「多舞ちゃんは同行する事を自分の意思で決めたのよ、その自由は奪えないわ、私も彼も説得したわ、でも消えてでもついて行くと言い張るのよ、だから彼にこれ以上もう八つ当たりするのはやめて、彼は平気かもしれないけど私がもうこれ以上耐えきれないわ」

 羅冶雄はただ茫然と立ち尽くす。

 まだ完治していない心の病を持つ多舞が悲惨な戦場なんて見たら……

 そう考えて茫然と立ち尽くす。

「あの子はあんたが考えているような弱い子ではないわ、自分でそれに打ち勝つ決心をしたのよ、この2年ぐらいの年月で変わったのはあんただけじゃないのよ、彼女は守る者が出来たから更に強くなると決めたのよ、この臆病だった王様よりその方が立派に見えるわ、そしてあんたは守る者がもう1つ出来た。それも心配無しに近くで守れる。それは王様が戦争に同行すると言った理由と同じなのよ、それに何の不満があるのよ」

 羅冶雄は頭を抱えて座り込む、そして思わずつぶやく、

「どうしてなんだ?なんでこんな事になるんだ?俺はまだ成人もしていないガキなのに、どうしてみんなはついて来たがるんだ。こんなくそガキにその命を預ける気になれるんだ?」

 絵里は溜息を吐くと、

「残念だけどみんなはあんたがただのくそガキには見えていないわ、あんた自分が頼り強さを発散させている事に気付いてないのね、狂ってでも愛する者を守ると言う信念がそんな力をあんたに与えているのよ、あんたの事だからそれが納得出来なくてどうせ1人でうじうじ悩んでいたんでしょうね、王様には成れなくても将軍になら成れる資格があんたにはあるのよ、あの絶望に少しでも耐えられたんだから当然なのよ」

 希一郎は蹲る羅冶雄の肩に手を置くと、

「魔神が創った絶望の障壁の中に俺を押し込んだのはお前だぞ、そして今度は戦争と言う怪物の中に俺を押し込めたのもお前だぞ、守りたい者がいるからこそそんな事が出来るのだろう?だからみんなはお前についていきたがるんだ。それはお前にとって迷惑なだけかもしれない、しかしミラクルストーンズが出来たいきさつを考えてみろよ、最初はお前を中心に仲間達が集まり始めたんだ。だからこそお前は自分の父親の企みまで打ち壊す事が出来たんだ。もしそうじゃなかったら世界は今頃破滅していただろう、お前の小さな希望がさらに希望を呼んで今の俺達がここにいるんだ。さらに大きくなった希望を抱いている。それは奇跡と言えるだろう?だから立ち上がってくれ友よ、希望はいつもその手に握られているんだろ?」

 羅冶雄は顔を上げて希一郎の顔を見つめる。

 そして泣く事も笑う事も出来ないのを不自由に感じる。

 その時突然多舞が現れて羅冶雄の代わりに微笑んで見せる。

「わたしは守られなくても平気なの、いつでも姿が消せるの、飛んで逃げられるの、反対にラジオを守る事も出来るの、だから2人で1つなの、何も心配しなくていいの、ラジオを頼っている人がたくさんいるの、だから2人で力を合わせてみんなを守るの、そうしないといけないと女王さんもいっているの、だからもう絶対離れたりしないの」

 羅冶雄は無言で多舞を抱き寄せる。そして表情を引き締めると、

「2人で1つじゃないぞ多舞、3人で1つだ。赤石のおばさんはその事を知って来たんだろ?どうして黙っていたんだ?」

「こうのとりが運んでくると思っていたの」

「こんな時にボケるなよ……」

 そして抱き合う2人を見つめると希一郎と絵里は静かに部屋から出て行く、

「殴られ役御苦労さん」

 絵里が微笑んで希一郎を見つめる。

「あいつ怒ったら本当に怖いね、鬼の親父さんも顔負けだよ、とにかくこれで懸案の1つは解決出来たね、将軍様の誕生に乾杯しようか、でもその子供が冬将軍になるとは思いもしなかったよ、残りはあと6つだね、希未来の為に集めないといけない石は…」

「血色の魔女さんの言う聖石ね、たぶん大人の希願者はそれを手にしていないわ、でも探さ無くとも必ず向こうから来るわ、私達はあの子の為に頑張るだけでいいのよ、せめて世界の半分だけでも希望の王国に変えておかないといけないわ、娘に苦労させたいなら話は別だけどね、でもそんな事は望まないわね、お父さん?だったらあの無表情の言ったように血も涙も捨てる事ね、そして自分で絶望を創り出すのよ、それを希望に変える為に、だから自ら進んで殺しなさい、それが前の女王があなたに与えた最後の試練、あなたが先陣になって戦うのよ、そして大悪魔も大魔女も、超悪魔も全て討ち滅ぼしなさい、その全てをあなたの手で、それが出来るのはあなただけだからよ、浮遊城塞に引きこもって観戦なんて楽はさせないからね、少しでも存在を救いたいのなら躊躇わずに殺しなさい、希未来がその力をあなたに授けたのだから遠慮ぜずに殺戮王になりなさい、そして少しでも将軍様の罪を軽くしてあげなさい、あいつは戦争が始まったらなるべく殺さずに逃げろなんて奇麗事が通用しない事に気づくでしょうからね、戦争の中でどれだけ人間が残酷な存在になるか知らないからあんな綺麗事を言えるのよ、そう、まるで昔のあなたみたいにね、鬼の血が半分でも混ざっているからすぐにそれに気づくでしょうけどね、存在が存在を賭けて戦い合う事がどんな事か身を持って知るでしょうね、石崎が呼ぶあのおぼっちゃま達は、兵器も武器も関係ない、最後に物を言うのは自分の力だけ、阿修羅の世界の始まりよ、鬼が笑えばそれが来る。どうかそれを楽しみに、それでは乾杯でもしましょうか、殺戮王様、少しでも平和があった地獄の世界とお別れの乾杯よ、そしてもちろん希望にも乾杯、そしてこれから存在が終わる者とまた始まる者達にも乾杯ね」

 そう語り終わると絵里は2つグラス取り出してそれに水を注ぐ、

 そのグラスを受け取りながら希一郎は静かに語る。

「みんなは俺が狂ったと思うかもしれないな……」

 そして絵里のグラスと軽く音を立ててぶつけると、

『乾杯』

 そう二人で唱和して一気に水を飲み干す。

「能力者同士が殺し合う事がどれだけ壮絶な事になるか、明美さんから聞いて知っているわね、そして真の石のランクの事も、白が混ざるほど弱いんじゃないって事も、問題はその力をどれだけ引き出せるかだけよ、あの組織の作ったランクなんか関係ないのよ、あれはあの組織が支配を容易にする為に作った力のランクに過ぎないのよ、真に極悪はどす黒き色、そして真に聖なるは純粋な色、その魔石と聖石の2つにしか分類されない、そして真にどす黒き色と暗黒以外は希未来ちゃんが全て支配出来るのよ、この戦いは石狩合戦でもあるのよ、でもあなたは今の希願者を支配しようなんて考えずに敵なら全て殺しなさい、だからわざわざ希願者の多い方を敵に選んだのよ、早い者勝ちなのよ、殺せば殺すほど希未来ちゃんの仲間が増えるのよ、暗黒に砕かれぬ内になるべく早くにね、これが私の因果であなたの最初の因果、その希望を託せる未来は自分達で創るのよ、もう一度乾杯しましょうか?今度はお酒でパパには内緒で、あなたは酔えないからいらないか?じゃあ私だけで飲みましょう、今日はそんな気分だから」

 絵里はワインの瓶を取り出すとコルクも抜かず手等で瓶の口を切断してグラスに注ぐ、

「鬼の血って言うのは戦いを前にするとそんなに昂ぶるのか?」

 そう言うと希一郎は呆れてその様子を見つめる。

「当然よ、私だけじゃないわ、パパなんてもっと興奮しているわ、集まって来た鬼の残党達を束ねて軍までこしらえているわ、知らなかったでしょ?でも狙いは超悪魔の討伐だって、一条のなんとか言う公家の一族の男よ、権力欲の悪魔なんですって、私達を奴隷にしようとした男みたいね、そいつが新帝国の首領よ、そして昔からその一族は悪い事ばかりしていたんですって、鬼の怨敵みたいな存在ね、鬼が下級の貴族に武力を与えたからその陰謀が食い止められたんだって言っていたわ、よくわからない話だけど、私は歴史って好きじゃなかったから、家が道場でお母さんが古風すぎるから昔なんてどうでもいいって感じだったの、だから最新のファッションなんかに興味を持つたりしてお稽古をさぼって2時間正座よ、この鬼婆って何度も思ったわ、まさか本当に鬼だったとは知らぬが仏とはこの事ね、でも私達は家族ごと戦えるからいい方よ、この戦争で死別する家族も出るわ、その無念と恨みはあなたが全部引き受けるのよ、そしてあの無表情と最後に戦って私達の決着をつけるのよ、何年かかってもそこまでは絶対に辿り着きなさい、それが全てを肯定する者の最後の仕事よ、大丈夫よ、私だけは最後まで付き合ってあげるから、この存在を消滅させるのは2人同時だと決めたんだから約束よ……」

 いつの間にか話しながらワインを一瓶全部飲んでしまった絵里は酔いつぶれてそこで眠りに落ちる。

 どうやら鬼娘は父親ほど酒豪ではないようだ。

 希一郎はその体を抱き上げると寝室まで運んでベツトに寝かせる。

 夫婦の寝室に赤子の姿は無い、ベビーベツトがあるだけだ。

 しかし希一郎は知っている。

 その存在が今は姿を消しているだけだと、

 安心出来る環境にならない限り希未来は姿を現さないのだ。

 今は両親と一緒の時に限定される。

 多舞と羅冶雄だけが消失時にも希未来が見られる存在となる。

 悔しいが希一郎にも存在なき者は見る事が出来ない、

 それはまやかしでは無いからだ。

 しかし両親が揃った事に安心して希未来は姿を現せる。

 その特徴ある髪と目の色は誰でもない存在の証なのだ。

 しかし今は言葉も話せぬただの赤子、何も出来ぬ無力な存在として生まれている。

 希一郎は傍まで行くと優しく赤子の頭を撫ぜる。

 そして話かける。

「お父さんはこれからたくさん罪を犯すけどお前は許してくれるか?」

 しかし笑顔の赤子ははしゃぐだけで何も答えない、

 しかし希一郎はその笑顔になぜか許されたような気分になる。

 だからあやすだけでは物足りずに抱き上げてその頬に口付ける。

 いつの間にか目を覚ました母がその様子を優しく微笑んで見つめる。

 それは開戦の前日の小さな出来事である。












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