希望戦
予告にひと月遅れですが「ミラクルストーンⅤ」の連載を開始致します。
世界各地で開始される戦争、戦争を知らない世代の私にも戦争は全て妄想でしかありません、そんな妄想の変人の与太話、読んで頂ければ幸いです。
序章
その長い石段を小太りな中年女性が汗を流しながら杖を突いてゆっくりと昇って行く、
暑い夏の昼下がり、蝉達が短い生涯を謳う為にその声を奏でている。
石段を昇りきった先には神を祀る社が見えて来る。
しかし女性はそこには向かわずに社務所と書かれた建物の扉を開ける。
そして履物を脱ぐと廊下を進み奥の襖を開いて中の様子を見つめる。
そこには布団に横たわる老人が女性を認めて静かに笑顔を作る。
「臨終が近いと見てて訪れたか、そうじゃ、わしはもう間もなく新たな因果に戻るのじゃ」
左目に眼帯をする白髪に白鬚の老人はそう言って身を起こそうとする。
「どうかそのまま寝ていて下さいな、何か飲みたい物があれば持って来ますから」
しかし老人は無理に身を起こすと、
「面倒は新たな巫女に看させておるからの、だから気遣いは無用じゃ」
そう言って呼び鈴を掴んで横に振って音を鳴らす。
暫くして巫女装束姿の幼女が現れる。
「永遠美よ、冷たい茶でも持って来てくれんか、お主の妹の訪問じゃ、それぐらいは気を利かすのじゃ」
永遠美は不貞腐れた顔をすると、
「関係ないのに……」
そう愚痴を言いながら台所に向って姿を消す。
「さて、もはや祀る神のいなくなった社じゃが、わしが死ねばあの娘がここの社を守ると決めさせておる。訪れる者ももうあまりいない社じゃ、人間関係を嫌うあの娘には最適な場所だと思うからの、さて石の母よ、いや鏡の石の希願者よ、それで世界を見てもう嘆かんでもよい、全ては因果の報いなのじゃ、それを招いた責任はわしにもあるが、しかしそれは全ての者にもあるのじゃ、ただの一人を除いてわな、そしてその因果の罪が深き程その罰も長いのじゃ、しかしわしの罰は間もなく終わる……」
赤石銀二はそう言い終わると懐から石を取り出して香奈枝に手渡す。
「白銀の石は純白の白じゃ、我が目から抉り出してこの時が来るのを待っていたのじゃ、そなたがこれを握る新たな主に手渡せばよい、この純白はあの女王の大きな武器になるだろう、真紅と真っ青と深緑と若葉と真紫と真黄と橙がそれと共に武器となる。この8つの聖石を全て集めれば全ての欲望を抑え込む事が出来るじゃ、さて、蝉達が全て鳴きやむ頃にはもうわしはおらん、その前に一つだけ伝えておかねばならぬ事がある。茶でも飲んでじっくり話すかの」
銀二がそう言い終わった時に丁度永遠美がグラスに入れた麦茶を運んで来て、そして無愛想なまま部屋から出て行く、
「あんな態度でもわしを心使っておる。素直になれん小娘のままなのじゃ、永遠にそれを望んでおるからの、その理由はお主も存じているはずじゃ、あれでもその時が来ればその因果からは解放されてしまいおる。今の存在に永遠という事は無いのじゃからな、しかし存在無き者にはそれがある。我が神と崇めていた存在もその一つなのじゃからな、虚無の神もそんな存在の一つなのじゃ、しかしその神はこの地を去りて、そして悪神と化してその猛威を振るっておるのじゃ、お主にはその様子は見えたであろう、もう一つの暗黒の誕生が、わしは我が孫娘が寄こした便りでその事を知っておる。光と対なす存在はもうこの世に産まれておる。悪神の力がその存在をこの世界に産み出したのじゃ、しかし知っておっても誰にも話しておらぬ、お主も出来ればこの事を誰にも語らんでいてくれ、因果の流れ行く先はまだ誰も知らぬ方がいいのじゃ、じゃから見た事は全てその心の中にだけにしまうのじゃ、それが魔人の石を握ったお主の罪と罰と心得よ、そして今の世代がどんな因果を未来に残すのかを見て嘆け、大悪魔の妻になったそれがお主の罰なのじゃ、そして罪深き者を多く作ってきた罰でもある。そしてその罪と罰はまだ終わっておらんのじゃ、そしてもうすぐ戦が始まるじゃろう、それは罪を清算する為に必然に起きるのじゃ、平和という時代は罪の時代であったのじゃ、そして戦争がその罪をより多く犯してきた者達への法廷の場所になる。その罪が軽いほどその罰の苦しみは少なくなるのじゃ、わしはこの片目でも昔にそれを目にして来たのじゃ、そして今度も争いはあの一族が起こそうとしておる。権力にしがみつきこの国を蝕んで来た一族じゃ、秘石を都から追いやった超悪魔の一族じゃ、鬼でも払う事の出きぬ凶悪な祟り神じゃ、そんな祟り神達を虚無の悪神は集めて行くじゃろう、最後に言えるのはこれだけじゃ、勝った方が正しいと、戦争と言う裁判は勝った方が無罪を主張出来るのじゃ、しかし逆にその罪をさらに大きくもする。そして存在達は光か闇かどちらを最後に選ぶのじゃろうか、それとも次の世代にその答えを残すのか、あの虹の王に伝えおけ、全ては真に正しくなく全ては真に正しいと、全てを公平に見る事が出来る者だけがそこに答えを見い出せるはずじゃ、枯れ果てた老人の戯言はこれで終いじゃ、わしの希望を持って立ち去れ、破滅の先を望んだ預言者の娘よ……」
そう言い残すと銀二は横になり向こうを向いて眠り出す。
香奈枝は託された物を握り締めて、そして溜息の後その部屋を後にする。
外は相変わらずの蝉しぐれ、そして夏空に白い雲が浮かんで流れる。
香奈枝は石段を降りて希望の国のかっての聖地を後にする。
そこには聖域と呼ばれる場所が眼前に広がって見える。
この場所がいつまでもそう呼ばれたいと考える。
白い雲に交るように飛行する白い浮遊船、それを見つめながらそう考える。
それは戦争が間もなく始まる事を告げているからだ。
全ての人間がその罪を裁かれる場所を求めているように。