探偵少女と雨の森 /1-1
探偵少女と雨の森 /1
少女はぐっしょり濡れた髪を絞りながら、ため息をついていた。彼女の傍らにいた男は、何度目のため息ですか、と呆れ笑う。
ため息をつきたいのは、どちらかといえば男のほうであった。少女はすっかり雨にやられてくたくたになった地図を広げ、あたりを指差し確認する。しかし、すぐに妙な唸り声を上げて、地図を乱暴に鞄へと放り込む。ここはあまり人の立ち入らない場所だ。地図に書いてあるような分かりやすい目印なんてそうそう無い。探偵さんにも苦手なものはあるんですね、と男が皮肉を込めて言うと少女は頬を赤らめながらうっさいわ、と悪態つきつつしゃがみこむ。
「誰よ。雨の森にドライブに行きましょうなんて言ったのは」
「あんたですよ。探偵さん」
探偵さんと呼ばれた少女はおだまり、と男を一蹴し、雨宿りしている木陰から空を見上げ、すぐに頭を引っ込めた。また濡れた、と手ぐしで髪から水を払っている。
「それにしても、ほんとに雨は止まないのね」
「あの意地の悪そうな雲を見れば分かるでしょう、そんなこと」
男の言葉の通り、分厚い灰色の雲が空を覆っていた。一年のほとんどがこんな土砂降りであるというこの雨の森は、よほどの物好きでもなければ寄り付かない未開の森。そして、そんな物好きこそ、今、男の隣にいる探偵少女だ。
彼女は男が勤めている探偵事務所の所長で、男の上司に当たる女の子である。しかし探偵と言っても名ばかりで、男が働き出してからは未だまともな仕事といえば行方不明になったペット探しくらい。当然経営は赤字で、勤めて半年にもなる男であったが未だに給料すらもらったことが無い。
気まぐれな性格の彼女は、時折こんな厄介な思い付きをすることがある。先日も海が見たいという彼女の思いつきに巻き込まれ、二十四時間不眠不休で車を運転させられたのだ。挙句、今回の雨の森へのドライブ・・・車だって探偵少女の親から譲り受けた二十年前のオンボロなのだ。それだけ酷使すれば動かなくもなるだろう。
雨は止まないと判断したのか、少女は少し移動しましょうかと立ち上がる。今度はどこをさまようつもりですかと男は呟いた。探偵少女は機嫌悪そうに眉間にしわを寄せている。
「雨風しのげる場所に行けばいいんでしょ。だったら、心当たりくらいあるわよ」
少女は不機嫌そうに再び雨の森を歩き出す。男もそれに続き、ゆっくりと歩き出した。