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ダンジョン美容クリニック  作者: 伊藤ほほほ


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8/12

第8話 私、変わったよね?

 スマホのアラームが鳴り響く。


「んーーーっ、ふぎいぃ……」


 私のモーニングルーティンは、この情けない声から始まる。

 生活リズムを崩すのはよくない。休日であっても、出社に間に合う時間に起きるようにしている。

 狭いベッドの上で胡坐(あぐら)をかく。体を伸ばし、背骨をゴキバキいわせた。


「おはようシャマル」


 お香を焚いて、気持ちを整える人もいるだろう。だが、私にはシャマルがいる。背中に顔を埋めて擦りつけると、柔らかい毛が頬を撫でた。

 クンカクンカ。犬の匂いって、なんでこんなに落ち着くのかな。うん、これはトべる。


 ベッドから下りて、朝食を作っていく。

 サラダにヨーグルト、フルーツが基本。この献立は、全てテーブルの上で完結するからオススメだ。稀にスライムを食べることもあるけどね。

 やっぱりカット野菜が便利。冷蔵庫から袋を取り出して、皿に盛りつけるだけでいい。ごまドレッシングが一番好き。

 お茶碗にヨーグルトを取り分けて、ブルーベリーのジャムをかける。

 今日のフルーツは、種なしカダルナザフスにした。チョコミントカラーの巨大な果実をくし切りにすると、中まで同じ配色。南国の香りが漂う。こいつにテーブルのほとんどを占領されてしまった。


「いっただっきまーす!」


 両手を合わせて、まずは野菜から食べていく。急な血糖値上昇を抑えられるらしい。ヨーグルトを始末して、いよいよ……。


「きたわね」


 スイカより一回り大きい謎の果実を手に取る。皮ごといってもいいやつだろうか。一口食べてみる。歯触りはシャクッとして軽い。


「甘(あま)ぁ……」


 まず感じたのは、強い果糖の主張。その後、舌の上に余韻を残しながら、ゆっくりと甘さが薄れていく。それがとても心地いい。

 トロピカルな風味の中に、少し洋梨を感じる。カスタードクリームっぽさもあるか。好みが分かれそうな味だが、私は美味しいと思う。スーパーで売っていれば、たまにだったら買ってもいいかなってくらい。まあそれも、この大きさじゃなかったらの話だけど。


「このままじゃ無理ね」


 甘いものは別腹で押し通してやろうと考えていたが、噛むという行為が邪魔をする。あいつは、満腹中枢を刺激してしまう。

 そうだ、スムージーを作るために購入したミキサーがあった。あれに協力してもらおう。


 キッチンの棚から取り出したるは、黒い土台に一リットル容量のプラスチック製容器。カットしたカダルナザフスを皮ごと入れてスイッチオン。


 ――ブイイイン!


 すごいパワーだ。あっという間に、毒を持つカエルの皮膚みたいな色をした液体が完成した。

 ここで、あのローブが役に立つ。魔女の姿に変身だ。容器を取り外して右手に持ち、左手を腰に当てる。


「私はダム。これより、貯水を開始する!」


 爆増したステータスを活かして、喉の筋肉をコントロール。これでもかとかっぴらいた。

 大口を開け、勢いよくカダルナザフスジュースを注ぎ込む。幅が広く、カーブがなだらかであれば、上流から流れた川の水(毒ガエル水)は無事に胃袋(ダム)に溜まる。これがミヤビダムの仕組みだ。

 これを三回繰り返せば――


「うぷっ、吐きそう」


 ――いくら果物が三リットルの液体に変わろうとも、簡単に消滅してしまうというわけだ。

 さて、ステータスはどうなっているだろうか。


――――――――――――――

【ミヤビ・キムラ】

レベル7


【ステータス】

体 46

魔 36

感 11

美 40/962

BP 6


【職業】

魔物使い

従魔枠 1/1


【スキル】

・テイム

・自動翻訳

・ストレス発散

・基礎魔術


【貯金】

354,475円

――――――――――――――


 おーっと、これは……色々と確認することが多いぞ。上から見ていくとしよう。


 最初にステータス。鬼のように強くなっているが、これは装備のおかげである。特筆すべきは美の項目。なんと四十にまで増えていた。

 食材によって上昇値が違うらしい。種なしカダルナザフスがもう一つ残っている。胃袋に余裕があれば、またダムになってもよかったのだが、今はちょっと貯水量的に厳しい。お昼にでも調べてみよう。

 BPは振り分けずに取っておくことにした。


 そして、今日試してみたいのが魔法。

 基礎魔術――想像を魔法という形で具現化させる技術。魔法を使用する際には、頭の中で思い描いた事象及び、明確な意思が必要となる。

 ふむふむ、実戦の前に練習しとくのが良さそう。


 最後に貯金。なんか五万円くらい増えている、魔石を売ったからかな。クエストで貰った分もあるんだけど、どうやって確定申告すればいいのだろうか。税理士を頼るわけにもいかない。


「私の顔、どうなってるかな」


 四十ポイント分の変化がどれほどのものか楽しみだ。シャマルにエサをあげて、浴室に向かった。


「どれどれ……?」


 鏡を覗き込むと、明らかに違う。

 あの腫れぼったくて重たかった瞼(まぶた)が、少し薄くなって持ち上がっている。一重(ひとえ)なのは変わらない。でも、目が……目が大きくなっている。

 ――凄い、凄すぎる!

 よく見れば、二重(ふたえ)のラインもあるような。ちょっと押してみると、一瞬だけ可愛らしく重なって、すぐに元に戻った。


「瞼(マブ田)くぅん。ちょいと頑張ってぇ、二重になっちゃあくれないかなぁ?」


 お願いしてみたものの、結果は同じ。だが間違いなく、理想の私に近づいてる。


「よっしゃー!」


 私は雄叫びを上げ、万歳して喜んだのであった。


*****


 諸々の準備を終わらせて、ローブの上に革鎧というヘンテコな装備で異世界に転移。地球とは違い、夜空に星が瞬いていた。辺りは暗闇に包まれており、人気(ひとけ)がない。

 スマホのライトで視界を確保しつつ、ダンジョンの第二階層までやってきた。青い空、広大な草原という景色は昨日と変わらない。外の情報を反映しているわけではなさそうだ。

 まずは思い通りに魔法が発動するかを試してみよう。


「えーっと、想像と意思だったよね」


 杖代わりにロングメイスを起点とし、金属球を前方に構える。想像しやすいのは火の玉だろうか。色々とゲームを遊んできたが、最初に覚えるのはそれであることが多い。

 瞳を閉じて集中。頭の中――黒く塗りつぶしたキャンバスに、小さな炎を描く。やがて燃え盛り、渦を巻いて中心へと向かう。ほら、見事な球体になった。これを飛ばせばいい。

 短く息を吐く。大事なのは、魔法を放つという強い意思……。


「ファイヤーボールッ!」


 カッと目を開いた。

 ロングメイスの先端に生み出された拳大の火球が、金属の表面を赤く照らしている。ゴォと激しく回転しながら、前方へと一直線に飛翔していく。熱と気流で、私の髪が空(そら)に泳いだ。


「で、できちゃった……」


 思い描いた魔法そのまま。ファイヤーボールは遠くの地面に着弾した。草花を巻き込み、火柱を上げている。抉れながら禿げてしまった大地は、すぐに穏やかな様相を取り戻した。何食わぬ顔をした草原が、吹き抜ける風に身を委(ゆだ)ねていた。

 興奮が収まらない。


「どう、シャマル。あなたの飼い主って強いんじゃない?」

「ワンッ!」

「そうだよね、わかってくれるよね?」

「ワン、ワンッ!」


 うちのイケメンが全肯定ボットになっている。優しい眼差しを向けられて、喜びが加速する。

 シャギールさんに改めて感謝しよう。コルバスのローブは、ただのコスプレ衣装なんかじゃない。私を早く次の段階へと押し上げてくれるアイテムだ。

 戦闘の幅が広がった。今のステータスなら、ゴブリンなんてスキルなしでもコテンパンにのしてやれるだろう。だがしかし、単体狩りより範囲狩りってわけよ。

 これより、プランB――ゴブリン殲滅作戦に移行する。


「行くわよシャマル!」

「アオンッ!」


 鳴き声のバリエーションを増やしてきたシャマルを引き連れて、村へと向かう。私、とてつもなく速い。

 門の前で停止して作戦会議だ。BPを魔に全振りして、シャマルのステータスも調整しておいた。


「さてシャマルくん、よく聞いておくれよ。キミが村中のゴブリンを引き連れて、大通りまで誘導する。私がそこに魔法をぶっ放すって寸法だ。分かったかな?」

「ワンッ!」


 よしよし、理解が早くて助かる。

 私たちは村の中に足を踏み入れた。


「きゃあああああああ!」

「ゴブリンが出たぞー!」


 前回と一言一句変わらぬセリフ。やはりダンジョンにより作り出されたイベントだったか。ゴブリンどもが村を襲い始めた。


「私はここにいるから、ちょっと離れたところにお願いね。期待してて、すんごいの撃っちゃうから!」

「ワンッ!」


 シャマルは風の如く駆け出す。揺れる銀色の毛並みが美しい。

 大通りにいるゴブリンから狙うようだ。すれ違いざまに引っ掻いて小さなダメージを与え、次の獲物を目指して走っていく。

 上手いやり方だ。ちょっかいを出されたゴブリンは怒り、喧(やかま)しい声で文句を言いながらシャマルを追いかけている。


「ウォオオオオオンッ!」


 まとめ上げたゴブリンに、威嚇を使ってダメ押し。これでもう逃げられない。シャマルは物陰へと消えた。

 しばらくして、遠吠えが聞こえる。村の左側に潜むゴブリンを集め終えたシャマルが、ぞろぞろとお供を従え、再び大通りに現れた。

 反対側でも同様に。村中のモンスターが私の前に来るまで、それほど時間はかからなかった。うちの子、優秀すぎ。輝かしい牧羊犬の未来が待っていることだろう。


「ワン、ワンッ!」


 右奥から顔を出したシャマル。準備オッケー的なことを言いながら、大通りを広く使って絶妙な距離を保ちつつ、ゴブリンと鬼ごっこを始めた。

 いつでも打てるよう、すでにイメージは固めてある。ロングメイスを構え、私が考えた最強の魔法を放つ。


「いっけえええええ! ミヤビーーームッ!」


 右から左へ薙ぎ払われた青白い直線。

 光――その速さは、光速と謳われる。認識したときにはすでに遅い。ゴブリンどもの思考が追いつくよりも遥か前に、熱線は奴らの首を鮮烈に焼き切ってしまう。糸が切れたように崩れ落ち、大量のグロウへと変わっていく。


「早撃ちのミヤビと、そう呼びな」


 西部劇のガンマンさながら、金属球の先から立ち昇る白煙の幻影に、ふっと息を吹きかける。

 すると、前回と同じように魔石が現れた。これで五万円……ダンジョン美容クリニックに借金を作らなくても大丈夫かもしれない。

 前回は掃討に三十分近くかかったのに、今回は四分ほど。さすがプランB、効率が段違いだ。遠くに別の村が見える。このペースでどんどん稼いでいこう。

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