女子失格令嬢の逆襲〜元婚約者をボコボコにしたら、隣国の皇帝に求婚されました〜
久々の投稿です。短編です。
よろしくお願いします!
「ザビーネ・フォン・コーゼル。僕は君との婚約を破棄させてもらう!」
今日は国王の誕生パーティーの日だ。
だが、そのようなおめでたい場で、ザビーネは婚約破棄を告げられていた。
——この馬鹿王子は、またしょうもないわがままを。
なぜか得意気な婚約者に、ザビーネは冷めた視線を向ける。
ザビーネは今日、遊びでこの場にいるわけではない。公爵令嬢でありながら国王の近衛隊長を務めている彼女は、会場警備に駆り出されて忙しいのだ。お気に入りの女性たちを侍らせている道楽王子とは違って。
「……顔色一つ変えないだなんて、相変わらず可愛げのかけらもないね」
「仕事中ですので」
「ああ嫌だ。君ときたら、口を開けばそればかり。仕事仕事仕事! 息が詰まらないのかい?」
期待していた反応が得られなかったのか、王子はつまらなさそうに肩をすくめる。
(見た目だけは良いのだがな)
彼の名前はディートリヒ。輝く金色の長髪と空色の瞳が印象的な、中性的で美しい青年だ。
儚げで繊細な容姿に違わず、詩作や絵を描くことを愛する芸術家肌。しかし、長らく隣国と緊張関係が続いているこの国では、彼のような脳内お花畑はかなり浮いていた。
今日だって、国王の誕生パーティーだというのに、女神と呼ぶ取り巻きたちとたわむれるばかりで、両親や来賓への挨拶回りを怠っていた。
そのため、いつものようにザビーネが嗜めに行ったところ、突然婚約破棄を言い渡されたのだ。
「念のため理由を伺っても?」
こめかみを押さえつつザビーネは問いかける。ディートリヒが自分を疎ましく思っていることには気づいていた。
何しろ、顔を合わせるたびに「君は美しくない」だとか、「女として見れない」などと失礼な発言を聞かされてきたのだ。それでも、家や仕事のために耐えてきた。この国の未来のため、彼への諫言をやめなかった。
その結果がこれである。
「なぜ、って? それはもちろん、君に女の子としての魅力がないからだよ!」
ディートリヒはザビーネの頭のてっぺんからつま先まで視線でなぞると、鼻で笑う。特に胸元をジロジロ見ていたのは、気のせいだろうか。
「前から君にはうんざりしていたんだ。君ときたら、暇さえあれば鍛錬ばかりで暑苦しいし、未婚の令嬢だと言うのに、男と寝食を共にすることに何の恥じらいもない。おまけに、僕が『息抜き』をしているとすぐに告げ口をする。何よりも、君は僕の芸術にちっとも理解を示してくれない!」
「殿下……」
子どもじみたディートリヒの言い分に、ため息が出そうになる。国が大変な時期に遊び呆けている者がいたら、誰だって小言を言わずにはいられないだろう。それが王子であればなおさらである。
……まあ、前半部分は反論できないのだが。自分が一般的な令嬢とはずれている自覚はある。
「お言葉ですが、殿下。あなただって、いつかは戦場で指揮を取ることもあるでしょう」
「うるさいうるさいうるさい! 君はまるで小姑みたいだ!」
「なっ…!」
ザビーネは密かに傷ついた。嫁入り前のうら若き乙女に小姑、とは。ひどい暴言だ。
ディートリヒは、当てつけるかのように取り巻きの一人を抱き寄せた。軍服姿のザビーネとは対照的に、フリルやレースたっぷりのドレスで着飾った、豊満な体型の美女である。
——つまるところ、彼はこの女と結婚したくなったのだ。
「コリンナは素晴らしい女性だ。彼女はいつも美しく着飾っているし、君のように口うるさくない。それに、僕の芸術の、一番の理解者なんだ。君と違って抱擁力があるしね」
やはり彼の視線は、ザビーネの胸元に向けられている。
(おい)
確かに自分の胸は絶壁だが……。
「そんなに褒められると照れますわ」
「だって、全部本当のことじゃないか。ああ、コリンナ! 僕の天使よ!」
「ディー君……!」
ディー君ってなんだ、とは思ったが、突っ込めるような空気ではない。二人はうっとりとしたまなざしで見つめ合う。
「……」
このクソ忙しい時に、自分はいったい何を見せられているのだろうか。ザビーネの額にピキピキと青筋が浮かぶ。
「我々の縁談は陛下が決めたことです。殿下の独断で婚約を破棄するおつもりですか」
これ以上二人の世界に入る前に、慌てて確認を行う。頼むから考え直してほしい、と一縷の望みをかけて。
しかし、淡い期待は無情にも打ち砕かれた。
「これはもう決めたことだ——君のような、愛想なし色気なし恥じらいなしの女子失格令嬢、この僕にはふさわしくない!!」
ディートリヒは、もう用は済んだ、とばかりにザビーネをシッシッと追い払おうとする。彼の取り巻きたちが、クスクスと品のない笑い声を立てた。
「……そう、ですか」
ザビーネは物憂げに目を伏せる。
いつの間にか、かなりの注目を浴びてしまっていたようだ。
一連の修羅場を遠くから見守っていた貴族たちは皆、気の毒そうな目をザビーネに向けている。その中には彼女の両親もいた。二人の顔色は、今にも倒れてしまいそうなほどに悪い。
彼女は今、この場で一番惨めで可哀想な存在だった。
「まあでも、僕も鬼じゃない。泣いて縋ると言うのなら、許してあげないことも——ぶへぇ」
どこか嬉しそうなディートリヒの顔面に、手袋が投げつけられる。ザビーネが身につけていたものだ。
「……ザビーネ? これはなんのつもりかな」
「見てわかりませんか——決闘です」
「け、決闘!?」
ザビーネが静かに顔を上げる。彼女は全く絶望などしていなかった。むしろそのまっすぐな瞳は、強い使命感に燃えている。
「私は数日前、国王陛下より、あなたの教育係になることを命じられました。そして、次に問題を起こした時には、その腐った根性を叩き直してよい、とも」
「はあ? 教育係ぃ? な、何それ。そんなの聞いていない……」
ディートリヒの美しい顔が、海よりも青ざめていく。彼は縋るようなまなざしを主催者席の両親に向けるが、国王夫妻は無慈悲にも視線をそらしてしまう。
「あ、あの……父上? 母上?」
どこからともなく現れた兵士たちが、ザビーネとディートリヒの周囲を取り囲む。もはや彼に逃げ場はない。
「とはいえ、私に弱い者いじめの趣味はありません。ですから、はい」
ザビーネはディートリヒの腕に、訓練用の剣を押し付ける。自身もまた、よく使い込まれた木剣を構えた。
「覚悟はよろしいですね?」
「ちょ、待——」
ザビーネが地面を蹴り、跳躍する。
次の瞬間、ディートリヒの剣が宙を舞った。
「え……?」
床に落ちた剣が、カラカラと派手な音を立てて転がる。
勝負は一瞬でついた。
「……っ」
「ディー君!?」
遅れて、ディートリヒが顔を歪める。絵筆よりも重いものを握ってこなかった細腕は、剣撃の重さに耐えられなかったのだ。
けれども、「教育」はこれで終わりではなかった。
ザビーネはディートリヒの足を払って引き倒すと、そのまま馬乗りになり、彼の無駄に端正な顔を躊躇なく殴りつける。
まずは右頬に一発——これは、初めてドレス姿を見せた時に鼻で笑われた分。
お次は左頬——これは、絶壁を馬鹿にする詩を作られた分。
これまでに溜まった鬱憤を晴らすかのように、ザビーネは次々と拳を叩きつけていく。目を血走らせ、口の端を吊り上げて一心不乱に人を殴り続ける彼女の姿は、まるで鬼神のようだった。
——実はザビーネ、一度戦闘態勢に入ると性格が豹変してしまうのだ。
悲鳴を上げる貴族たちとは対照的に、普段から訓練でしごかれている兵士たちは、また始まった、と呆れ顔を浮かべていた。
「ち、父上! 母上ぇ! 早く止めてください! このままでは、あなたの息子が死んでしまいます……!」
ディートリヒは泣き叫びながら両親に助けを求める。しかし、今まで散々息子を付け上がらせてきた負目があるのか、国王も王妃も、気まずそうに耳を塞いでいた。
結局ザビーネは、国王から「もうよい」と制止されるまでディートリヒを殴り続けていた。
本当はもう少しボコボコにしてやりたかったが、さすがに己の拳も痛みを訴えている。それに、涙と鼻水と血でぐちゃぐちゃになった彼の顔を見ていると、多少は溜飲も下がった。
「殿下。最後に一つだけお伝えしておきます」
ザビーネは肩で息をしつつ、ディートリヒの耳元で囁いた。
「あの女は偽乳ですよ」
赤黒く腫れ上がった瞼がぴくりと動く。口をパクパクさせているのは、反論のつもりだろうか。それからディートリヒは、同意を求めるかのように、愛する女へと目を向ける——そこには、胸の詰め物がずり落ちている、コリンナの間抜けな姿があった。
「そんな馬鹿な!」
今日一番の悲鳴を上げ、ディートリヒはガクリと崩れ落ちた。
——ざまあみろ。
◇◇◇
気絶したディートリヒが担架で運ばれていく。その光景を見守りつつ、これからは今までのようなわがまま三昧は許すまい、とザビーネは固く決意した。
貴族たちは皆、ザビーネに恐怖を覚えているようで、パーティー会場はシンと静まり返っている。
——パチパチパチ。
突然、静寂を打ち破るかのように、場違いな拍手の音が響き渡った。
ザビーネは音のした方へ首を回す。
一人の男が、こちらへ向かって悠々と歩いてくるところだった。
美しさと勇ましさを併せ持った偉丈夫である。
雪原を思わせる白銀の髪に、血を吸ったような真紅の瞳。軍服をピシッと着こなしているが、その肩には動物の毛皮がかかっている。
理知的に見えて、その裏に荒々しい本性を隠し持っている——それが、ザビーネが彼に対して抱いた印象だった。
アレクサンドル・ヴォルコフだ、と誰かが囁く。
その名は、この国と長らく緊張関係にある、隣国の皇帝のもの。現在は停戦中のため、来賓として招待されたのだろう。
『帝位を巡って争った兄弟たちを皆殺しにした、と聞いたわ』
『自分に逆らった臣下を、極寒の中放り出して氷漬けにした、というのは本当か?』
『毎晩若い娘の生き血を啜っているらしいぞ……ああ恐ろしい』
(そんな馬鹿な)
貴族たちの間に流れるおぞましき噂に、ザビーネは首をひねる。
なぜなら、彼は今、ニコニコと満面の笑みを浮かべているからだ。とてもではないが、冷酷非道な悪逆皇帝には見えない。
アレクはザビーネの前で立ち止まると、うやうやしく跪く。
「初めまして、素敵なお嬢さん」
耳を疑うような台詞に、ザビーネは目をむく。
「おっ、お、お、お、お嬢さん〜!?」
思いっきり声が裏返ってしまった。
——この私を、お嬢さん呼びする男がいただと……!?
ザビーネとて、自分に女子力がないことは、ディートリヒに言われるまでもなくわかっていた。
刺繍や編み物といった令嬢らしい趣味よりも剣を握ることの方が好きだし、国や主君を守るためには鍛錬が欠かせない。そうなるとドレスや化粧といったものは邪魔になる。職業柄、異性との距離だって気にしていられない。
ザビーネには、男性に眉を顰められるような要素ばかりだ。
「俺の名はアレクサンドル・ヴォルコフ。どうかアレクと呼んでくれ」
「は、はあ」
だからアレクには、珍獣でも見るような目を向けてしまった。
それを咎めることなく、アレクはそっとザビーネの手を取る。
「いきなりですまないが、俺と結婚していただけないだろうか」
「結婚!?」
さらに耳を疑うような台詞が飛び出してきた。
「わ、わわわ私と!?」
アレクは頬を染めて頷く。
「此度の和平の証として、互いの王族同士を結婚させてはどうか、という話があったんだ。俺には、この国の王女を娶ってほしい、と。だが、俺は真に愛する者と結ばれたい。俺は貴女がいいんだ」
「そ、そんな……突然そのようなことを言われても」
言葉とは裏腹に、ザビーネの頬は真っ赤に茹で上がっていた。もじもじと、落ち着きなく視線をさまよわせている。面と向かって愛の告白をされたことは、これが初めてだった。
「貴女のような強く勇ましい女性は、我が国でもお目にかかれない——どうか俺のことも殴ってくれないか」
「……は?」
浮かれていたザビーネの心が、一気に冷静さを取り戻す。
一体この男は何を言っているのだろうか。
ザビーネはまじまじとアレクの顔を凝視してしまう。期待のこもったまっすぐなまなざしを見て、ようやく理解した。
(この男、変態だ!!)
いつの間にか立ち上がっていたアレクは、どんどんザビーネの方へにじり寄ってくる。荒い鼻息が顔にかかり、彼女は生まれて初めて本気の恐怖を感じた。
「く、来るな!!」
無茶苦茶に両手を振り回すと、拳がアレクの顔面にクリーンヒットする。彼はそのまま床に倒れ込んだ。
「あ……」
ざわつく貴族たちの声でザビーネは我に返る。
いくら本人の希望とはいえ、やりすぎたかもしれない。ようやく停戦協定が結ばれたというのに、国際問題に発展したらどうすればよいのだろう。
顔面蒼白となったザビーネだが、アレクはフフフと不気味な笑い声を漏らすと、満足そうな表情で起き上がった。
「これだ、これを求めていたんだ……! すまない、もっと強くお願いできるだろうか?」
「ひぃ……っ!」
美しい顔を鼻血で染めながら恍惚の笑みで頬を差し出すアレクの姿は、ザビーネの理解を超えていた。
「ほら、遠慮することはない。さあ! さあ!」
アレクは再びグイグイと迫ってくる。ザビーネは助けを求めて周囲を見渡した。
国王夫妻は困ったように微笑み、同僚たちはうまくやれ、とばかりに親指を立てている。両親に至っては、ようやく娘に春が来た、と涙ぐんで喜んでいた。
今度は、ザビーネが孤立無援状態になっていた。
(か、勘弁してくれ——!!)
ザビーネの受難はまだまだ続く。
最後までお読みいただきありがとうございます!




