アリス②
俺はしばらく動けなかった。
目の前には、正座したアリス。
その膝がぽんぽんと軽く叩かれる。
「神谷さま」
「どうぞ」
「膝枕。空いております」
「いや、その」
恥ずかしい。
いや、普通に考えて恥ずかしいだろ。
未来から来た美少女ロボットに、膝枕されるとか。
「神谷さま」
「遠慮は不要です」
「堕落プログラム第一条」
すっと、人差し指を立てるアリス。
「神谷さまの“我慢”は禁止されています」
「え?」
「これまで神谷さまは」
ぴぴぴ…
アリスの瞳が、淡く光る。
「我慢、忍耐、遠慮」
「それらを過剰に行い続けてきました」
「……」
図星だった。
会社でもそうだ。
仕事は押し付けられる。
文句は言えない。
頼みごとは断れない。
気づけば残業。
帰れば一人。
誰もいない部屋。
「だから」
アリスは静かに言った。
「神谷さまは」
「もう甘えていいのです」
その声。
それは、機械のはずなのに、なぜかやたら優しかった。
「……」
俺はゆっくりと、アリスの膝へ頭を乗せる。
柔らかい。
そして。
ぽうっ……
背中から見た、あの光。
それが今度は膝のあたりから、ふわりと広がる。
「あ」
なんだこれ。
懐かしい。
すごく。
懐かしい。
子供の頃。
熱を出したとき、母さんがこうしてくれた気がする。
「神谷さま」
アリスの手が、そっと俺の頭に触れる。
なでなで。
なでなで。
一定のリズム。
「本日の神谷さまのストレス量」
ぴぴ。
「危険域」
「えっ」
「ブラック企業レベルです」
「そ、そんなに?」
「はい」
さらっと言うアリス。
「ですので」
「本日の堕落メニューを提案します」
「だ、堕落メニュー?」
アリスは、空中に手をかざした。
ぱっ。
ホログラムが展開する。
そこに表示されたのは。
⸻
本日の堕落プログラム
①膝枕30分
②頭なでなで強化モード
③耳元ささやき
④手作りご飯(超高栄養)
⑤ゲーム三昧
⑥全肯定タイム
⸻
「ちょっと待って」
「⑥なに?」
「全肯定タイムです」
「神谷さまのすべてを肯定します」
「神谷さまはすごい」
「神谷さまはえらい」
「神谷さまは頑張ってる」
「神谷さまは世界一」
「いや最後おかしい」
「問題ありません」
アリスはきっぱり言った。
「神谷さまは」
「未来で」
少しだけ、声を落とす。
「人類を救う英雄です」
「え」
「ですので」
また、優しく笑うアリス。
「今は」
「たくさん堕落してください」
なでなで。
なでなで。
「未来の勝利のために」
「神谷さまを」
「甘やかします」
俺は思った。
もしかして、とんでもないものが俺の人生に来てしまったんじゃないか。
そしてその頃。
遠い未来。
機械軍の司令室。
巨大モニターに映る、ひとつの数値。
⸻
人類滅亡確率
97.2%
↓
神谷純・堕落進行度
1%
⸻
「作戦開始」
機械の女王が、静かに言った。
「人類を滅ぼすため」
「神谷純を」
「徹底的に」
「堕落させろ」




